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閉ざされた離宮に潜む狂気と魔術師たちの対峙 1

あの混乱の夜からそう日は経っていないのに、わたしたちはもう次なる“騒ぎ”の予感に巻き込まれつつあった。誰も寄りつかないような古びた離宮に足を踏み入れた瞬間、肌にまとわりつく湿気と重苦しい空気に、「またろくでもないことが起こるんじゃないの?」と脳が警鐘を鳴らす。だけど、いまさら引き返せるわけもなく、わたし(ミオ)は覚悟を決めて長い石造りの廊下を進んだ。


「夜中に肝試し大会でも始まりそうな雰囲気だな」

エランがそう言って、わたしの隣を肩をすくめて歩いてくる。彼が持っている松明の明かりが、凸凹の壁に奇妙な影を落とし、いっそう不気味さを増幅させている。実際、ライトアップされたお化け屋敷ってこんな感じかも。冗談じゃないけど、すでにハラハラドキドキする成分は十二分に仕込まれていそう。


「廊下の向こうの部屋で、焼死体と首吊り自殺が同時に見つかったんだって?」

声を抑えながら問いかけると、エランも神妙な面持ちでうなずく。背後からはフィリスとゼオンが淡々と続いてきたけれど、二人とも言葉少なだ。こういう無人の離宮で発見された死者なんて、呪術絡みか陰謀か、それとももっとややこしい“闇”の仕業か。いずれにせよ普通の感性じゃ理解できない種類の事件が、そこかしこに潜んでいるようにしか思えない。


「しかし、同時に焼死と首吊りってどういう神経なんだろうな。どっちかひとつでも十分ホラーなのに、欲張りすぎでしょ」

皮肉たっぷりに囁くエランに、わたしは思わず苦笑した。たしかに、まったく笑えない現場だが、不自然さ満載という点には同意する。報せによれば、火で焼かれている割に縄はまるで水濡れの形跡すらないとか、なにやら説明がつじつま合わない証拠も見つかったらしい。黒い石の破片がパラパラ散乱していたとの話も聞いた。どうせ“何者か”が意図的に仕組んだに決まっている。


そして、その“何者か”の候補として真っ先に思い浮かぶのは、以前からわたしたちにちょっかいをかけている闇組織の連中だ。スペイラという女官の動きが怪しいと情報が入っているが、あの女がこれほど早く再登場してくるとは思わなかった。グレゴリー率いる騎士たちが入口を固めているが、それでも壁の向こうで怪しい人影がうごめいていそうな気配は消えない。


「行きますか?」

フィリスが少し震えた声でそう言うものだから、わたしは前を向き直して軽く息をつく。彼女は王家の血のせいか、周囲の結界に反応して妙な耳鳴りを感じているらしい。ここには長らく放置されてきた古い魔術仕掛けが内蔵されており、それが完全には眠っていないところが厄介極まりない。まるで“あんたたちの出番ですよ”とばかりに、わたしたちを誘い込んでいるみたいだ。


「ええ、進みましょう。イヤな予感ばかりしてるけど、戻っても結局また来なきゃいけないんだし」

軽口を叩いてみせても、胸の鼓動はどんどん速くなる。完全な暗闇よりも、こうしてちらちら揺れる弱い明かりがあるほうが不安をかき立てられるなんて、世のデザイナーはよく考えてると思う。石柱に映る影がゆらりと動くたびに心臓が跳ね、それを必死で抑え込むこのスリル。少しだけ“わくわく”している自分もいるから困るんだけど。


「おーい、そろそろ問題の部屋が見えてくるぞ」

先行した騎士が合図を送った。視線を向けると、瓦礫の山と化した扉の隙間から、何やら嫌な焦げ臭いにおいが鼻をつく。そりゃそうだ、焼死体があったんだから仕方ない。グレゴリーの部下たちが手早く灯りを設置し、部屋の中を探索しはじめる。エランやゼオンも様子を見守りながら、すぐに魔力の流れを探っているようだ。わたしもそっと意識を研ぎ澄ましてみたが、この場所にはどこか人を拒むような圧迫感が漂っていた。


「なんだかまるで、結界が“残り香”を放ってるみたい。魔術の残骸を無理やり押し込めてる感じ」

口に出すと同時に、エランが腕輪を押さえて吐息を漏らす。彼の呪印がうずいている証拠だ。フィリスもまた、額に汗がにじんでいた。ゼオンは微妙に眉を寄せて、「やはり古い魔術陣が半端に機能してるんだろうな。終わりかけのロウソクみたいにしつこく燃えてるわけだ」と呟く。その言い回し、どうにも背筋が寒い。


部屋の奥では、なんとも言えない嫌悪感を抱かせる痕跡がいくつも見つかっていた。天井に吊るされたまま焼け落ちたみたいな形跡、焦げついた床、あちこちに散らばる黒い欠片。「これが黒い石なのか、それともただの煤か…」

エドワードが悩ましげに呟き、指先で軽く触れてみる。わたしがちらりと視線をやると、彼は「まだ断定できないが、思い出すのは前回の一件だな」と真剣な眼差しを寄越してきた。スペイラを追いかけた時に見た、あの怪しい石の光景が脳裏をよぎる。


「首吊りのほうはどうなんだ?」

エランが部下に声をかけると、「縄自体には焼けた痕跡がなく、雨水の染み込みもゼロです。事故で自殺がセットになるわけがない」と冷静な答えが返ってくる。そりゃそうだろう、誰が考えても仕込み臭がプンプンする。しかも縄の結び目のところが切り裂かれたようにも見えるし。何が起こったのか想像するだけで胸糞が悪いけど、この離宮にいる誰かがやらかしたのは間違いなさそうだ。


「けっこう手間のかかる演出だな。見栄っ張りな連中だこと」

わたしがあえて皮肉めかして言うと、ゼオンが苦笑混じりに相槌を打つ。「死体を見世物のように配置し、しかも魔術で場を荒らす。乱暴な手法だが、注目を集めるには十分すぎるだろうね」

不謹慎だけど確かにそう。グレゴリーたちが現場を厳重に調べあげる間、わたしとエランは結界の“痕跡”を少しでもつかもうと耳を澄ます。ねっとりとした圧迫感と嫌な冷気。それが合わさって、とてもじゃないが普通の殺人や事故には思えない。


「スペイラがここで何をしようとしてるのか、少し探ってみる必要があるわね」

フィリスが唇を噛みながら呟く。王家の血が関係する儀式を、この離宮でこっそり施すつもりじゃないかと勘繰りたくもなる。古めかしい紋様がうっすら床板に刻まれてるのが見えるし、踏み込むのすらガチで気味が悪い。ただ、いつまでも外で震えてる訳にもいかない。


「よし、ちょっと下見しちゃおうか。ここの仕掛けをぶっ壊せるかも知れないし」

あえて気軽な口調を装って、わたしはそう宣言する。張り詰めた空気を少しでもほぐしたいのだ。震えていてもストレスが増すだけだし、どうせここまで嫌な事件に巻き込まれてきたんだから、いまさら怖がるのは馬鹿らしい。やるなら徹底的に踏み込んで、さっさとケリをつけたいところだ。


「助かるよ。何しろ君は毎度、あちこち踏破してくれるからね」

エランが皮肉交じりに笑みを浮かべる。まったく、こういう状況でいちいち軽口を叩ける自分たちの感性が、もはやまともじゃないのかもしれない。でも、それがないとやってられない。王子だの血筋だの呪印だの、面倒ごとばかり押し込まれた世界。せめて笑わなきゃやってられないし、ハラハラドキドキを楽しめない。


ふと部屋の隅に視線をやると、血のようにも見える赤黒い染みが光を反射していた。思わずぞくりとするが、わたしは深呼吸して気を取り直す。こんな現場に長居していたら精神に悪い。さっさと調べて引き上げるか、もしくはスペイラを見つけて一網打尽にするか、どちらかだ。


ナイトメアのような焼死体と首吊り縄。結界の残骸。そして黒い石の破片。すべてが混ざり合ってできた“狂気の現場”を目の当たりにして、心臓は激しく脈打つ。それでも目が離せない。怖いのに、次の瞬間には何が起こるか知りたくてたまらなくなる。この感覚はまるで毒。そのカタルシスが、わたしをここに留まらせる。


「さて、ショータイムは始まったばかりよ。全員、覚悟してついてきなさい」

似合わない挑発的な台詞を吐き捨てて、わたしは床の上に視線を落とす。あの黒い破片が、どんな力を宿しているのか気になって仕方ないのだ。エランもフィリスも、わたしに続いてじりじりと足を踏み入れる。ゼオンとグレゴリーが後ろから護衛を固めてくれているのが心強い。どんな地獄絵図でも、こうやって仲間がいれば案外踏みとどまれるんだと、ほんの少しだけ実感してしまった。


それにしても、この離宮はただの入り口。闇組織やスペイラの計画は、もっと深い場所に潜んでいるはず。そんな予感がありありとする。死の臭いと結界の悪意、この二つをうんざりするほど感じながらも、わたしは前を向く。ここで進まなきゃ、何も変わらない。どうせ怖いなら、とびきり壮絶に楽しんでやる。


「行きますよ。お化け屋敷の奥へね」

自分でも性格が悪いと思うくらいの皮肉を混ぜながら、わたしは一歩を踏み出した。闇に覆われた狭い先へ続く通路が、じっとこちらを待ち構えている。わたしの中の好奇心と恐怖、それらをひっくるめた“悪役令嬢崩れ”の血がしてやろうじゃないかと騒ぎ立てている。さあ、続きはどんな地獄か天国か。わたしはわたしのやり方で、思う存分アドレナリンを味わわせてもらう。死体と謎と陰謀の歓迎パーティなんて、上等すぎて笑えるじゃない。――まだまだこの狂宴、幕が開いたばかりなのだから。

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