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光の祝宴に忍び寄る闇と決意の血脈 5

「あーもう、結局こうなるのよね…」


ぐったりしたエランを抱え、わたしは首を回してばきばきと鳴らした。ただでさえ腕がパンパンに疲れてるのに、この美青年は意外と重い。しばらく前まで「自分で立てる」って言い張ってたのに、いざ魔力の痛みに耐えきれなくなったら、わたしの肩に体重をかけてへたり込みやがる。お姫様抱っこされたいとか言ってなかったっけ? まったく、言うことがコロコロ変わるんだから。


「きみこそ、まだ歩けるのか?」

エランが不満げに視線を上げる。ちょっと陳腐な表現かもしれないけど、その瞳はさながら猫科の猛獣みたいにぎらりと光っていた。弱りながらもプライドだけは一人前だっていうんだから、手のかかる相手だ。


「悪いけど、寝床までは付き合ってあげる余裕ないからね」

わたしが毒舌を放つと、彼はわずかに眉をひそめてからニヤリと笑う。その表情、なんだかんだでまだ元気そうだ。こういうときは少し大袈裟なくらい弱々しく振る舞って大人しく寝ててほしいものだけど、どうにも減らず口が止まらないみたい。彼なりに“試金石”の意地でも張ってるんだろうか。お疲れさま、って感じ。


「お姫様抱っこでも騎士抱っこでも、好きなの選んでやるわよ」と冗談めかしても、返ってきたのは「カラダを預けるならもう少しロマンが欲しいかな」という、これまた小洒落た皮肉。聞いてるこっちが恥ずかしくなる返答はやめてほしい。オタク女子ならここでキャーっと騒ぎそうだけど、残念ながらわたしはそんな盛り上がり方はしない派閥なんです。早く休みたいだけ。


「だったらここで倒れてもいいけど、全員に見られるからね?」

もうちょっと笑みを保ってからかうと、エランはわずかに首を振って視線をそらした。「それはそれで目立つかもしれないが、今の俺としてはアリかもな…」と、聞こえそうで聞こえない声。いくら何でも大の男がそんな自虐的な寝言を言うもんじゃないわよ、と呆れつつ、でもまあ少しは同情が湧かないでもない。さっきまで地獄絵図みたいな乱闘だったし、腕輪の呪印まで暴走寸前だったんだから。


そんなわたしたちの横を、ゼオンがひらひらと絡繰のように歩いていく。いつもの飄々とした顔つきは変わらないけれど、手にはどうやら続々と回収した薬か壺の破片か、怪しげなモノを抱えてる。一体どうするつもりなのか知らないが、あの人はあの人で色々と忙しいらしい。


「そろそろ休んでくださいよ。こちらは後始末が山ほどあるんで、後で協力を仰ぎますけど」

ゼオンはわたしたちに言うでもなく、会場全体を見回してさらっと告げる。魔術結界の修復や闇組織の追跡など、まだ山積みってわけだ。グレゴリーの厳しい声が遠くから重なって、騎士団員が皆バタバタと室内を行き交っているのが見える。そりゃそうだ、あちこち火花が散った痕跡や血の跡もまだ残ってるんだから。


わたしは埃まみれの床に目を落とし、ふいに思い出した。フィリスのことだ。彼女は医務担当の人たちが丁重に運び出してくれたはずだけれど、意識はどうなっているのか……。何かあればダッシュで飛んでいくつもりで、こっそり耳を澄ませる。


「大丈夫、しばらく休めば回復に向かうって。あの子だって簡単にくたばる気配はないからね」

横合いからエドワードがそう声をかけてくれた。いつもは第一王子様らしく余裕ぶった態度をしてるのに、今はかなりお疲れモードらしい。顔色が悪い。妹の状態を確認するたびに肝を冷やしていたんだろう。とはいえ、それを口にするほどわたしも余力がない。


「そっちこそ平気? さっきまで騎士団員と連携して大奮闘だったから、もう足腰ガタガタなんじゃないの?」

ちょっとした皮肉交じりの問いかけに、エドワードはかすかに苦笑いを浮かべた。「まぁ、お恥ずかしいことにね。でも、まだ寝込むわけにはいかない。早めに黒い石を解析して、何がどう影響してるのか調べなくては」。真面目な言葉だったけど、その瞳にはちらりと妹を案じる色が残っている。フィリスの辛そうな姿はあまり見せたくないんだろう。王子って立場も楽じゃなさそうだ。


「黒い石か…」

わたしは小さく息を吐いて、あえて突っ込まない。その存在が今回の事件に大きく絡んでいるらしいことなんて、見ればわかる。スペイラの呪詛やら、闇の力やら、あれこれ繋がりすぎて頭がこんがらがりそうだ。ただ、今はあまり深追いしないでおこう。まずは生き残った後始末をこなしながら、一歩ずつ情報を整理しなきゃ。


「しかしまぁ、ろくでもない趣味の連中に好かれたものだよな」

エランがぼそりと呟く。その声には倦怠感もあるが、どこか挑戦的な響きも混じっていた。彼は怪しい腕輪をつけたまま、わたしの肩を借りながら徐々に足を動かしている。まさかここでまた倒れこまれたら困るけど、はたから見ればちょっとしたラブラブシーンにでもなっているのかもしれない。……いや、絶対違う、大間違い。こんな殺伐とした空気で勘違いなんてされても迷惑なのよ。


「連中の大半は騎士団に取り押さえられたけど、スペイラ本人がどうにも逃げ足速いからなぁ」

わたしが若干聞き捨てならない調子でつぶやくと、彼は「確かにな」と同意してくれた。妙なもんで、こうして並んで歩くと自然と息が合う。人生何があるかわからないものだ。以前はちょっと苦手だったはずの相手なのに、今じゃ奇妙な結束感を感じてしまう。


「次は代理人でも雇って大仕掛けをしてくるかもしれない。油断ならないね」

「そのときは、そのとき。どうせまた無茶ぶり合戦になるんだろ? お互いさまに」

「はは、君は本当に強気だな」

「あんたに言われたくないけどね」

こうやって皮肉を言い合うのも変に心地いいから不思議だ。たぶん、わたしも疲れすぎて頭がどこか麻痺してるんだろう。大怪我してはいないけれど、酷使した魔力はまだヒリヒリと疼く。とりあえず今は、いったん回復してから先を考えよう。どうせ新たな面倒が押し寄せるのは時間の問題なのだから。


「さて、わたしはこのエランをとりあえず部屋まで引きずるとして。エドワードは?」

「俺は騎士団と合流して、事後処理の指揮を執るよ。ミオ、くれぐれも無理はしないでくれ」

彼の素直な気遣いに、わたしはちょっと動揺してしまう。でも、ありがとうなんて可愛く返せる性格じゃない。照れ隠しに「了解」とだけ答え、さっさと視線をそらした。


それからしばらく、わたしはエランをなんとか人目の少ない廊下まで連れ出し、壁際に寄りかからせた。遠慮なく背をどんと叩き、わざとイジワルそうに言ってやる。

「さあ、ここで一旦休みなさい。後で医務係を呼ぶから」

「投げやりだな」

「こっちも限界なの。放置しないだけマシでしょ?」

すると彼はくつくつと笑う。どこまで偉そうなんだか、もうわたしは呆れるしかない。だけど、そういう強引なところが時々頼もしく見えるから困る。


体内にまだアドレナリンが残っていて、脳が興奮を鎮めていない。胸が高鳴っているのは疲労と安堵と、あと少しの昂揚感。ずたぼろの会場を思い出すだけで、心臓がバクバクする。戦闘シーンばりに息も絶え絶えだったのに、まだ満足していない自分が悲しいやら嬉しいやら。


「ミオ。次にスペイラが仕掛けてきたら、また力を貸してくれるか?」

不意にエランがそんなことを聞いてきたから、わたしは思わず笑ってしまった。確かに、あの女はあと一歩のところで逃げたし、どう考えても再襲撃こそ想定済みだろう。でも、助け合いなんてもともとわたしの得意ジャンルじゃないんだけどね。


「まぁ、あんたの呪印がまた変な暴走をしそうになったら、仕方なく協力してやるわ」

「冷たいんだか優しいんだか、どっちなんだか」

エランは苦笑い。わたしも複雑な気分だけど、これがわたしの唯一の誠意表現ってことで勘弁してほしい。仲間として信頼するとか、そういうドラマティックな関係はまだまだ先になりそうだけど、少なくとも足を引っ張る気はない。


「よし、決定。次はもっと強烈に騒ぎましょ。楽しみだわ」

わたしは最大級に皮肉な笑顔を作ってみせる。エランも苦しそうにうなずくだけ。わたしたちの周囲には相変わらず煙の匂いが漂ってるし、あちこち破壊されたままの廊下が続いてる。普通の令嬢なら、この状況で卒倒してるに違いない。自分でもよくわかってる。わたしはもう“普通”じゃない。


疲れた頭で、次の研究課題や対策を考え始める。フィリスの血の安定化はもちろん、黒い石の成分解析だの、スペイラと闇組織の出どころだの、あげればキリがない。でも——


「まぁ、とりあえず寝させて? それからあれこれやるから」

この一言で締めくくるのが精一杯。意識がふわりと遠のきかけて、思わず膝ががくんと折れそうになる。エランがさっと手を伸ばしてくれるけれど、今度はわたしが彼に寄りかかりそうで正直危ない。どっちがサポートしてるんだか、意味不明な図になってきた。


「ふふ、仲良く共倒れか? 悪くない」

「冗談はやめてよ!」

かすかな笑いをかみ殺して、わたしは慌てて体勢を立て直す。廊下に消えかけた人々から立ち止まって変な目で見られたりしたら厄介だ。自分の尊厳を守るためにも、ちゃんと歩けるうちに医務室へ行きたいところ。


さあ、次はいつ休めるのか。先のことを考えると、またぞろむずむずと心が落ち着かない。だけど、その高揚こそがわたしの原動力。理不尽だらけの世界を切り抜けるために必要な中毒みたいなものだ。どれほど最悪な境遇に陥ろうが、面白いじゃない。そう思ってしまう自分が、わたしはわりと好きなんだから仕方ない。


「じゃ、行くわよ。早く元気になって、次の地獄絵図に備えましょ」

「了解、変な励ましをありがとう」

また皮肉合戦をしながら、一歩、また一歩。長い夜の後始末は続くだろうけど、この先の大嵐を想像しただけで背筋がビリビリする。いい感じにハラハラさせてくれるじゃない。思わず口の端が引き上がる。


最後に廊下を曲がる瞬間、視界に入りかけた光の残滓が瞬く。あれはゼオンの幻術の名残か、それとも闇の反動か。どのみち興味の尽きない幕開けだ。――まだまだ退屈させないでね、わたしの自由と、この世界の裏側。どこまでも進んでやるわよ。まさに“悪役令嬢”の看板を捨てたつもりが、今度は“自由すぎる魔術師”として名を馳せる覚悟はできてるんだから。全員まとめて、覚悟しておいて。次の幕がほんの少し上がっただけ。まだまだ序章にすぎない。

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