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光の祝宴に忍び寄る闇と決意の血脈 4

気まずく散らかった会場の片隅で、わたしは思いきり深呼吸した。先ほどの衝撃で体内がぐちゃぐちゃに混ぜられたみたいだけど、まだ立っていられる。テーブルも椅子もめちゃくちゃだし、あちこちからくすぶる煙が鼻を突く。貴族たちのドレスは豪奢な布さえ台無しになりそうなほど汚れていて、さながら戦場の残骸みたいな光景。だけどこれで、ひとまずは落ち着いたのかな…と思ったのも束の間、嫌な気配がまたぞろ再浮上する。


「…やっぱり、楽に終わらせてはくれないわよね」

わたしが視線を横に走らせると、壁際で倒れ込んだフィリスが小さくうめいていた。うそ、さっきまで辛うじて踏ん張ってたのに、まるで火が消える寸前みたいに息が浅くなってる。エドワードの顔が青ざめて、騎士団員たちも動揺しているのがわかる。わたしは慌てて手元の魔力を集中させ、彼女に駆け寄った。


「フィリス、大丈夫?」

思わず声が裏返りそうになる。こんなに必死な自分、そうそうお目にかかれないわ。フィリスはかすかな瞳の揺れを見せて、かろうじて口を開く。

「ごめん…また、制御が…」

王家の血がまた騒ぎ出しそうな気配。先ほどはどうにか鎮められたはずなのに、祝宴を荒らした闇の残滓がまだフィリスの中心を食い荒らしているらしい。しかも、その波動には、スペイラの呪詛の名残りがこびりついていそうだ。わたしは彼女の胸元に手をかざし、薬学でも治せない根源を探り当てる。ちょっと待ってよ、これってかなり深刻なんじゃないの?


「あんまり手荒なことしたら逆に爆発しかねないんだけど…いま、他に手段ある?」

自問自答しながら、脳内であらゆる魔術パターンを組み立てる。こんな状況、冷静に分析してる場合じゃないけど、わたしにはこれしか方法がない。気がつけば、ゼオンやグレゴリーも焦燥を隠しきれない様子で周りを警戒している。まだスペイラの手下がうろついているかもしれないからだ。いや、彼女自身がまた戻ってくる可能性すらある。


「おい、無理はするな」

そう呼びかけてきたのは、まさかのエラン。さっきまで床にへたり込んでいたのに、よくぞ立ち上がってきたもんだ。汗ばんだ前髪が額に張りついて、その美貌が少々台無しになってるのは仕方ない。腕輪から危なっかしい赤黒い光が漏れ出してるけど、あんたほんとに動いて平気なの?


「君こそ無理してないの? 呪印が暴走するって言ってたじゃない」

わたしが眉をひそめると、彼は刹那的な笑みを浮かべてみせた。

「暴走させるんだよ、逆にね。痛みを強引に使えば、結界の歪みを一時的にこじ開けられる」

「ロクでもない案しか出ないのね…でも、こっちも見捨てるわけにいかない。フィリスをほっといたら、ドカンと会場が吹っ飛ぶかもしれないし」

毒舌まじりの会話を繰り広げている場合じゃないとはわかってる。でも皮肉を言わないと逆に不安で心が折れそうになる。エランは自嘲気味に肩をすくめ、ぎこちなくフィリスへ近づいた。


「一度しかやれない手だ。皇帝から預かった魔力を、少しだけ逆流させる」

「ということは、腕輪に負担をかけつつスペイラの残滓を振り払う作戦?」

「そう」

すこぶる危険な匂いしかしないけど、フィリスの擬似暴走と闇の干渉をどうにかするには、その方法しかない。ゼオンも苦い顔をして静かに頷いている。騎士団長たちも必死に周囲の雑魚を取り押さえてくれてるのが見える。今がチャンスなら、やるしかない。


「わかった…なら、わたしはフィリスの内側を整える。あんたはスペイラの厄介な魔力を切り離すところを担当して」

気がつけば目が合うわたしたち。正直、互いにかなりボロボロだけど、一種の共犯意識がある。もう時間がない。


「フィリス、絶対に耐えて」

わたしは彼女の額にそっと手を当て、来る激痛を超えるための術式を組み始める。王家の血が暴走しかける箇所をピンポイントで抑圧し、魔力の通り道を繊細に拡張する。少しでも過剰に力を注げば内臓を破壊しかねないが、ここで尻込みするわけにはいかない。


「うん…がんばる」

フィリスは蒼白のままで小さく頷いた。あの気弱そうな目が必死に耐える決意をしているのを感じる。わたしも喉がカラカラに渇くくらい緊張してるくせに、ここで引き返す気なんてさらさらない。どうせなら華々しく乗り越えてみせるわよ。そしてその類い稀なる“王家の血”を未来の武器に変えてやるんだから。


「いくぞ」

エランが腕輪に手をそえる。直後、ビリッと空間が裂けたみたいな振動が走り、あたりの空気が重く歪んだ。ああ、なんだか嫌な悪寒を覚える。これ、皇帝の魔力ってやつが逆流してる証拠? 背筋に鳥肌が立つほど強力なエネルギーが渦巻きだした。それでも、わたしはフィリスの魔力をひたすら制御していく。頭がジンジンして息苦しい。何考えてるの、こんなの絶対やばい——でも、やらないと。


「ここで止まって! 暴走しないで!」

愛想もへったくれもない必死の呼びかけに、フィリスは目をぎゅっとつぶる。深いところで王家の力が交錯し、今にも弾けそうな気配がした瞬間、一気に衝撃が解き放たれた。


「くっ…でも、まだいける」

エランが低く唸る。どうやら呪印を暴れさせることで、スペイラの仕掛けた鎖を断ち切ろうとしてるっぽい。そこへ追い討ちをかけるように、残党の黒装束がわたしたちに向かって毒霧の壺を投げ込んできた。いや、ほんとしつこいわね、一体何個そんな危険アイテム用意してるの?


「ゼオン、ちょっと手ぇ貸して!」

わたしは横目で呼ぶ。するとゼオンが幻影魔術の残り火みたいな輝きをバッと振りまき、毒霧を風のようにかき消してくれた。おかげで吸い込む一歩手前で助かった。あの人、飄々としてるくせに、いざ動くときは頼もしいんだから。


「これ以上邪魔させないわ」

すかさずグレゴリーの騎士団が突撃し、残っていた連中をタックルで壁に叩きつける。いいね、みんな総出で仕事してる感がある。でも問題は、この強引な魔術コンボがフィリスを殺しかねないってことだ。わたしは暴れまわる魔力の流れを、さらにテンション上げてコントロールする。闇が一気に崩れかけている今がラストチャンス。


「フィリス、聞こえる? ここで潰れたら、あんたの願いはどうなるの?」

焦燥に駆られつつ、わたしはできる限り優しく問いかけてみる。クールぶりたい自分がこんな声を出すなんて意外だけど、仕方ない。どうにかして彼女の理性を引き戻す必要がある。呼応するように、フィリスは小さく息を吸い込む。顔は汗でぐっしょりだけど、瞳の奥にわずかな意思が戻ってきた。


「やめるわけに…いかない、ここで」

そう、それでいい。思いが通じ合った瞬間、フィリスの体から噴き出していた闇のオーラが、すうっと内側へ収束していく。よし、もう一息…。


「—きゃあっ!?」

奇妙な絶叫が響いたと思ったら、スペイラらしき女の影がまた一瞬だけ揺らめいた。目の前に姿を見せたかと思うと、不快な笑みを浮かべて「いずれ、もっと深い奈落で後悔させてあげる」と言葉を残し、また闇の裂け目みたいなところへと消えていく。まったく姿を隠すのが好きみたいだけど、最終的にはこっちが勝つからね。覚悟しておきなさい。


「フィリス、大丈夫!?」

最後の波動に耐えきったフィリスは、そのままふっと力を抜いて気絶。けれど、心拍は安定している。どうやら限界ギリギリのところで制御に成功したらしい。わたしは胸をなでおろし、放心状態でその場にへたり込む。


「おいおい、こっちも忘れるな」

隣ではエランが腕輪を外しそうな勢いで疲弊していた。呪印の余韻で痺れているのか、足がよろめいているじゃない。仕方ないわね、あれだけ無茶をすればこうなるのも当然。そこにゼオンが寄ってきて、さらりと薬膏を手渡した。さすがは王宮魔術師、準備が抜かりない。


「まあ、とりあえず、お疲れ」

わたしはエランに冷ややかな視線を投げつつ、軽く笑ってみせる。もう何が何だかわからないくらいに疲れたけど、へたりながら笑えるってことは、まだ大丈夫ってこと。


会場は一瞬、しんと静まったまま。闇の残滓や毒霧は消え去り、剣戟の音や悲鳴もほとんど聞こえない。スペイラの部下たちはほぼ制圧され、被害の把握が進みつつあるようだ。相変わらず床はめちゃくちゃで、倒れ込んでいる人が散乱しているけれど、大惨事には至らなかった。フィリスも命を失わずにすんだし、エランもまだ息がある。上出来じゃない?


「でも、あの女はまだ逃げてるわね」

グレゴリーやエドワードと視線を交わしながら、わたしは呟く。おそらくスペイラはこのまま闇に潜んで、次なる機会を狙うはず。皇帝との契約とか血だとか、気になる要素は山盛りだし、やっぱり面倒な予感しかわかない。


「…さて、片付けるところから始めようか」

そう小さく言い放つと、エドワードは騎士団員に救護の手配を命じ、ゼオンも結界の後始末に入る。わたしはフィリスを丁寧に抱きかかえながら、ぐったりしたエランを見やる。あの美青年も今はすっかり弱々しく見えるというか…あれ? もしかしてちょっとお世話してあげないと、倒れたままじゃない?


「お姫様抱っこでもして欲しいの?」

皮肉半分の冗談で聞くと、彼はわずかに唇をゆがめて答えた。

「そんな面白いもの、いいかもね」

「んー、まぁ…落としちゃっても知らないよ」

いつもの余裕たっぷりな口調が戻ってきたなら、まだ大丈夫そう。コミカルに見せつつ、内心ではちょっと安堵している自分がいる。


血と呪印の凶悪コラボで死ぬかと思ったけど、わたしたちはまた生き延びた。まるで動画の最終回みたいに手に汗握る展開からの生還。体はガタガタだけど、この達成感は半端じゃない。闇の残党とやらは逃げても、次はもっと派手に叩きのめしてやる。そして、皇帝の闇だろうが、スペイラの邪魔だろうが、ひっくり返してみせる。もう止まれないし、止まりたくもない。


そんな妙な高揚感に浸りながら、わたしはフィリスを救護する場所へ急いだ。エランもフラつきながらついて来る。祝宴はすっかり廃墟寸前だけど、これがわたしたちの新しい始まりなんだろう。さあ、悪役だろうと魔術師だろうと関係ない。好き勝手に研究を進めて、思いもしない真実をさらってみせるんだから。全部まとめて、わたしの手のひらで踊らせてあげる。なにせ、わたしは“自由を手に入れた”公爵令嬢。どんな灰かぶりだろうと、立ち向かう心得はすでに身につけてる。


「本番は、まだまだこれから」

誰にともなく小声でつぶやいて、わたしは頑張って前を向く。次はもっととびきりスリリングで、酸いも甘いも詰まった舞台が待ち受けてるはずだ。今度こそ、スペイラの不気味な嘲笑ごと蹴散らせるように、心の中で手ぐすね引いている。…何が起きても、後悔はしないわよ。


ああ、最高にめんどくさくて最高に燃える。そんな幕引きこそ、わたし好みじゃない? もはや疲れと痛みさえも嬉々として抱きしめてやろう。それが今のわたしの、とびきりの決意だ。

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