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光の祝宴に忍び寄る闇と決意の血脈 3

わたしは今、床を踏みしめながら明確に実感している。さっきまでただの「危険な香り」程度だった空気が、一気に最終決戦モードに切り替わったと。


まず耳をつんざく衝撃音。会場の入口付近から突き上げるような振動が走り、グラスを手にしていた貴族たちが一斉に歓声というか悲鳴というか、混乱極まりない声を上げる。こぼれたワインが床を赤黒く染めて、その上をきらびやかなドレスの裾が滑っていく。けれど、わたしの頭は逆に妙に冷静だ。いよいよ“招かれざる客”が一斉に動き出したのね、と。


瞬時に視界を走査する。黒い衣装の人影—スペイラの手下どもが、あちこちで騎士団に捕捉されかけている。でももう一方で、祝宴の入口に広がるモヤのような結界が、じわりと会場を包もうとしているのが見える。あれ、妙に生臭い感じの呪法の臭いがするんだけど、なんか嫌な予感しかしない。ゼオンが張ってた幻術の結界に干渉されているのか、輝いてた蝶や花びらのイリュージョンがかすれがちになってきた。


「クッ…まじで痛い…」

低い声に振り向くと、エランが壁際で肩をついて、腕輪のところを押さえている。やはり呪印の影響が本格的に出始めたみたいね。痛みで額が汗ばんでて、いつもは無駄に完璧な美貌が崩れかけてるじゃない。わたしは思わず駆け寄ると、彼がうっすら笑いながら口を開く。

「このくらい、わたしの皮肉より可愛いもんじゃなかったの?」

「余裕があるのかないのかわかんない返し、やめてもらえる?」

わたしが不機嫌な目で見下ろすと、エランは苦しげな息を漏らしつつも「まだ倒れたりはしないさ」とか強がってる。まったく、見てるこっちがハラハラするんだから。


そこへ、さらに別方向から悲鳴。ああ、嫌な方の予兆が来たわ。案の定、フィリスがうずくまり、エドワードが彼女を必死に支えている。何だか二人とも顔色が真っ青。とりあえず王家のトラブルを大衆に見せるわけにはいかないから、グレゴリーの騎士団たちが周りを囲むようにして警戒している。ちょっと、よろめいてる場合じゃないんだけど、あの子の呼吸を見るに相当キツそうじゃない?


「スペイラ、やっぱり狙ってるわね」

息を呑みながら、わたしは再び周囲をにらむ。柱の影に、あの黒い髪の女官—スペイラらしき姿を見た。それも、どこか邪悪な石を手のひらに抱えているように見える。わざわざこんな大舞台で黒い石なんか取り出すとか、どこまでホラー演出が好きなのよ。頭に血が上りそうだけど、ともかくフィリスが落ちるわけにはいかない。一歩でも間違えば、彼女が王家の力ごと飲み込まれちゃう。不安を振り払うように、わたしは小声でエランに言い捨てる。

「あとでちゃんとフォローしてよ。盾になるなり、邪魔な結界を壊すなり」

「任せろ。腕輪の疼きごと使い潰してやる」

冗談なのか本気なのか、わからないけど、気迫だけは伝わる。彼が本気出せば空間ごとぶっ壊しかねない危なさがあるから、その点は心強い…かな。


侍女たちが悲鳴を上げ、貴族男性たちが酔いつぶれたような顔で倒れ込む。どうやらスペイラ側が香りの魔術か何かで要人たちを半ば麻痺させているようだ。わかりやすい手だけど、野次馬が邪魔しなくなったのは逆に好都合かも。わたしはフィリスを案じて、周囲をうかがいつつゆっくり近づく。彼女の肌には確かに青白い光が浮かんでいる。今にも暴走しそうで、王家の血が悲鳴を上げてるのが見てわかる。


「ここで血が暴走したら、こんなゴージャスな会場が一瞬で更地になるわよ…。わかってる?」

かろうじて意識のあるフィリスに耳打ちすると、彼女は弱々しく頷いて苦笑した。

「そんな派手なショー、したくない…私、まだ…」

うん、言わなくてもわかる。ブチ切れて何もかも破壊するよりは、少しでも自分の力をコントロールしたい。ああ、はがゆい、なんでこんなとこで命をすり減らす羽目になってるんだろうね。わたしが唇を噛んでいると、スペイラの不気味な声が響いてきた。


「痛みに耐えてるようね、王女様。もっと楽しませて」

そこには確かに黒い石が握りしめられていて、禍々しい波動が空中を震わせている。やった、こっちもしっかり“悪の根源”感を出してくれてる。あまりに王道すぎて逆に拍手したくなるわ。


「誰があんたなんかの見世物になるか」

わたしはフィリスを覆うように立ちふさがり、一気に魔力を巡らせてスペイラの怪しい術式を断つ準備をする。そこへ、ゼオンの幻術も加わって、場内を巻く暗いオーラとぶつかり合う。蝶々や光の花びらは色を失いかけているけど、まだ完全には沈んでない。その綻びからスペイラの結界をこじ開ける隙をうかがうのが、ゼオンの狙いだと思う。


「邪魔をするな、公爵令嬢め」

「それはこっちの台詞。闇だか何だか知らないけど、趣味が悪すぎるのよ。ほんと勘弁して」

舌打ちしたくなるほど漂う負のエネルギーにむせ返りそう。だけどここで退いたら、フィリスを守れないし、あちこちで暴れまわる手下たちも止められない。すると、わたしの隣をすり抜けるようにエランが突っ込んだ。腕輪から赤黒い光がバチバチと迸ってる。大丈夫なの、これ?


「うああっ…けど、まだ――」

なんて叫びながらもスペイラに肉薄し、黒い石を掲げた彼女の右腕をがっちりつかんだ。ふと見れば、エランの呪印はもう限界突破ぎりぎりな感じがする。一歩間違えば、彼自身も暴走しかねないだろうに。


「もしかして無茶してるんじゃない?」

「言うな。今はこれしか手がない」

エランがギリギリの笑みを浮かべる。ああ、ほんと無茶な奴。でも、その突撃で術式の流れが一瞬乱れたのを感じる。なら、わたしもやるしかない。迷う暇なんてないから、全力で魔力を込めてゼオンの幻術ごとスペイラの闇にぶつける。鮮やかな光の束がドレスの裾を巻き上げ、ダンサーのステップより激しい勢いで場内を震わせていく。


「フィリス、ここで踏ん張って!」

あちらではフィリスが苦しげに目を閉じながらも、なんとか意識を保っている。空気中に広がっていた黒い気配がかすかに薄れはじめた気がする。ああ、まだ終わりじゃないけど、一筋の光は見えてる。わたしは歯を食いしばり、スペイラの力を叩き伏せようと更に力を注ぐ。ここで一気に勝負を決めなくちゃ。


「なっ…あなたたち、ちょっとやりすぎ…!」

スペイラがひしゃげた声を上げる。視界の端には、彼女の手下がグレゴリー率いる騎士団に次々潰されている姿が映る。相手の計画は明らかに失敗の様相を見せ始めてる。思わず笑いそうになるけど、まだ油断は早い。最後の悪あがきがいちばん怖いって相場が決まってるんだから。


「闇の影に消えろ!」

スペイラがわずかにねじり上げた腕から、黒く光る刃のような術が放たれる。その狙いはフィリスだ。こんなの当たったら確実にアウト。わたしは即座に圧力の壁を作るように幻術と魔力を巧みに融合させ、ギリギリのところでその呪いの奔流を弾き飛ばす。


「…やるじゃん」

吐き捨てるように言うスペイラ。その唇には苦々しい笑み。そして次の瞬間、エランが最後の力を振り絞って突き出した腕輪の光が、黒い石を削るように燃え上がった。結界が破られたと同時に、スペイラの姿は黒い霧に溶けるように消え失せる。残ったのは、不吉に砕け散った石の欠片と、あの女の艶めかしい嘲笑の残響だった。


「ああん?…え、消えた?」

わたしは息を荒らげながら、辺りを見回す。スペイラ本人は撤退したらしい。代わりに薄い煙が漂い、辛うじて意識を保ってた登場人物たちが困惑顔を浮かべてる。フィリスは呼吸が苦しそうだが、意識はある。エドワードは彼女を抱え込みながらこくりとわたしに小さく頷いた。どうやら一命は取り留めたみたいね。


「勝った…のかな?」

安堵と疲労で膝が笑いそうになる。次の瞬間、バタリと音を立てたのはエラン。限界まで腕輪を酷使したせいか、床に手をついてぐったりしている。わたしが慌てて駆け寄ると、「ふん…まだ、生きてる」と気弱に笑った。ああ、ほんとにギリギリまで頑張りすぎ。


会場のあちこちも無事かどうか分からない。倒れた人もいれば、テーブルはひっくり返り、あの豪華絢爛な飾りもズタズタになったりしてる。でも、なんとか大崩壊は免れた。それだけでも上等だと思っておこう。


不気味なのは、床に転がる黒い石の欠片がかすかに揺らめいていること。スペイラの「これで終わりだと思うな」って声が耳から離れない。皇帝がどうこう言ってたっけ…嫌な空気しか漂わないわよ、まったく。正直気は重いけど、この夜会が大惨事にならなかっただけマシね。


フィリスはまだ震えが止まらないでいるし、グレゴリーたちは戦利品のように捕虜を確保してる。エドワードは深々と息をついて、騎士団に指示を出している。ゼオンは幻術維持の代償で疲労困憊って顔してるし、わたしは足が震えてる。でも、認めてあげるわ—全員、よく踏ん張った。特に、エランには文句言いながらも感謝してる。まあ今は気絶してるっぽいけど。


「派手に騒いだわね。これでしばらくは余計な人が近寄らないかも」

スカートの裾を汚れた床で引きずりながら、わたしは苦笑する。華やかな祝宴は跡形もなくボロボロ、だけど妙なカタルシスが込み上げてきた。みんな目いっぱい闘って、辛うじて勝ち取った小さな平穏。戦場の残り香とともに、わたしは肩の力をどっと抜く。


でも、残った石の欠片がじっとり光るのを見てると、完全な終焉には程遠い気がする。スペイラが言い残した言葉も、どうしても胸にこびりついて離れない。皇帝の闇とか、血の宿命がどうとか…いや、この国にはまだ奥の手が隠されてるんだろう。


「そっちは、これからゆっくり暴いていくしかないね」

誰に言うでもなく呟くわたし。そしたら、意識朦朧ながらエランが微かに目を開いて、笑った気がした。彼に関しても色々聞きたいこと山積みだけど、まずはこの激闘の後始末をして、フィリスを休ませないと。そうして夜が明けたとき、わたしはまた新しい策略や謎と正面から向き合うんだろう。


やれやれ。悪役令嬢だか自由人だか知らないけど、とりあえず魔術師としてやるべきことは山盛り。確かに疲れたけど—なんか、この爆発的な達成感は嫌いじゃない。どうせなら、もっと盛大に暴いてやろうじゃないの。皇帝の闇が深いなら、その底まで覗いてやってもいい。スペイラめ、次は絶対に返り討ちにしてあげるんだから。


そう思いながら、わたしは息を整えてからドレスの裾を持ち上げた。まだ終わってない。今夜はただの序章、これからが本番。わたしの胸の奥には、不敵な火種が燃え続けている。恐怖? 疲労? そんなの全部、わたしの魔力と毒舌で蹴散らしてやるわよ。さあ、次にくるどんな闇も光も、どんと来い。全力でひっくり返してやるんだから。

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