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光の祝宴に忍び寄る闇と決意の血脈 2

わたしがちらりとフィリスをうかがった瞬間、まさにあの子の顔色が一段と悪くなった。見れば、唇がわずかに震えている。大きなシャンデリアの下では彼女の頬が白く際立って見えるし、むき出しの背中に汗がにじんでいるようだった。まったく、こんなに眩しくて騒がしい会場で倒れこまれたら、それこそ大混乱よ。隣に立つエドワードは懸命に支え込んでるものの、「優雅な王子ちゃん」ががっちり受け止める姿は、余計に周囲の目を引いてしまう。


「フィリス、平気? このまま踊りに加わろうだなんて無理しないで」

声量を落として耳元に囁いたら、フィリスはぎこちなくプルプル笑ってみせた。

「大丈夫。そんなにひどくはないの。少し胸が苦しいだけだから」

いやいや、“少し”で済むわけない。王家の血が鎌首をもたげてるとしか思えない。痛々しい姿に胸の奥がざわつくけど、周りを油断させるわけにはいかないのも事実。わたしは軽くため息をつきつつ、その手をそっと握った。


「大丈夫じゃなさそうな兆候が山盛りだけど、今はあなたを裏から立てるしかない。騒ぎにならない程度に協力するわよ」

そんな生意気な言葉と同時に、わずかに体温をこめてあげると、フィリスは情けないくらい素直に頷いた。ああ、ほんとはこういう場に出てこないで静養しろって何度も言ったのにね。王女としての務めも大切なのかもしれないけど、無茶するにも限度があるわよ。


さて、会場の端にはグレゴリーの騎士たちがかっちりした姿で固まっていて、一斉に鋭い目を走らせている。どうやら国境近くから預かった使節団に、怪しげな動きが見られたらしい。もちろん「普通の外交使節です」ってフリをされるより、いっそ角を出してくれたほうがこちらも対応しやすい。でも彼らを焚きつけて、場を荒らしているのがどこかの闇組織だとすれば対処は一筋縄じゃいかないわ。とはいえグレゴリーが指示する騎士団は、いつでも突入コールがかかったら動ける姿勢。うーん、今回ばかりは頼りになるのかもしれない。


そこへ、場の中央でゼオンの壮大な幻術がさらに盛り上がりを見せる。きらきらした蝶や光の粒が天井から舞い降り、「うわあ、すごーい!」と手を叩く客の声が上がった。こっちとしては、この美麗な魔術の裏でどんな腹黒い連中が蠢いているのか気が気じゃないんだけど。いや、実際もう蠢いてるのは間違いない。ゼオンが余興を引き伸ばしているのも、あえてみんなの意識を散らすためなんでしょう? さらに不穏なのは、エランが結構限界ギリギリな顔をして戻ってきたところ。


「空気がすっかりピリついてるな。スペイラの手下らしき連中を数人見かけた」

わたしの隣へ滑り込んだエランは、夭折の詩人ばりの蒼白さ。頬には微かな苦痛の色が浮かんでいる。

「やっぱりか。予想通りね。っていうか腕輪の痛み、今どのくらいヤバイの?」

まるでいまにも倒れそうなのを笑顔でごまかしているところが、ほんと器用というか大概というか。彼はスッと目を細めて、「こんな痛み、君の皮肉よりは軽い程度だ」とか言うじゃない。自分でからかっといてなんだけど、その返しはいちいち腹が立つ。もうちょっと素直になりなさいっての。


そのエランがすぐに人混みをかきわけて、黒い衣装の女官に近づいていく。あれはスペイラの手下? 確証はないけど、このごった返す人々の流れの中で足早に移動するあたり、断然怪しい。グラスをやたらと勧めたり、来賓の近くで囁いたり。絶対ろくなこと企んでないわ。


「そっちが勝手に小出しで毒なり呪いなりをばらまくなら、わたしだって派手に仕返しするからね」

思わず独りごとが口を突いて出た。付け加えると、もちろんバレないようにスマートにいくつもり。これ以上大混乱になったら、王家の面目も丸つぶれだもん。心の中で舌打ちしながら、フィリスとエドワードの動向も気にしつつ、わたしはゼオンが張り巡らせている幻術に自分の魔力を少しだけ紛れ込ませ始めた。こっそり、静かに、でも確実に。仕掛けるなら、最初の一撃でダメージを与えておきたいから。


そんなわたしの小細工を尻目に、フィリスがさらにふらりとよろめいた。これは見過ごせない。ほんの数歩隣にいるエドワードが彼女を抱きとめるが、王子さまの演技が真に迫る感じになってきた。真っ青な顔で、彼女の耳元に「大丈夫か」と囁く声はほんのかすかに震えている。ふうん、エドワードってそのへん実はかなり必死だったりするのね。いつもの余裕ぶった仮面が崩れかけている。


同時に、わたしの足元がかすかな振動を感じた気がする。何かの衝撃が床下からじわっと広がってるような。これって地下でまた怪しい術式でも動き出したのかしら? さすがに頭が痛いわ。ゼオンも同じものを感じ取ったとみえて、演奏を一気に派手に転調させて客の意識を引きつけた。テーブルクロスや装飾品の上に、ふわりふわりと虹色の蝶々が降り注ぐ。その一方で、空気全体がざわつき始めているのがわかる。騎士団が一か所に集まりかけてるし、スペイラが隠れたルートを塞ぐように動いてる連中もいる。うわあ、絶対もうすぐ一発くる。


「そろそろクライマックスかしら」

思わず自分への戒めとしてぼそっと呟いたら、エランがいつの間にか戻ってきて、苦笑いを浮かべた。

「どうやらそのようだ。あちらさんから先に仕掛けてくるなら、遠慮なく迎撃させてもらおう」


そして――まるでそういう合図を聞いたかのように、フィリスが小さく悲鳴を上げた。その手の甲にはうっすら青白い筋のような光が浮かんでいて、黒い影がそこをめがけてじわりと絡みつこうとしている。王家の血を狙った呪いか毒か、それとも両方? 視界の端でスペイラ風のシルエットを見つけたときには、もう次の行動なんて決まってた。“これ”以上広がったら、確実にフィリスの身体が危ない。


「出し惜しみなんて言葉、嫌いなんだよね」

わたしはフィリスを庇うように一歩踏み出し、鬱陶しいドレスの裾をひるがえした。目立つのも嫌いだけど、ここまでやられちゃ黙ってられない。すでに仕込んでおいた魔術の一端を放出する。ゼオンの幻術の花びらが微かに光彩をはらみ、薄闇を漂う黒い気配を弾くように弾き散らした。


一瞬だけ、会場の喧騒が途切れた気がする。みんな「あれ、今何か起きた?」って感じで辺りを見回してる。だけど、わたしも悠長に“ほらね、やってやりました”なんて胸を張る余裕はない。目はまだスペイラを追ってるから。何としてでもこの場から追い払い、フィリスにまとわりつく悪意を断たなくちゃ。いずれにせよ、こんなの一時しのぎしかならない。でも、その“一時”があるかないかで生死の分かれ目になりかねないし。


「ミオ、助かった…」

フィリスのかすれた声を聞くと、わたしは小さく頷いた。まだ終わっていない。振り返れば、エドワードがこっそり怒りを噛み殺しているのが見える。騎士団はグレゴリーの号令で一斉に動き出し、黒い装束をまとった不審者たちを取り押さえにかかろうとしてる。最悪のシナリオからは一歩手前で踏みとどまってるけど、問題はスペイラ本人がどこにいるかよ。


腹の底でぐつぐつ煮え立つような焦りを感じる中、ふっとエランと視線が合った。彼の瞳はいつになく熱を帯びていて、腕輪の呪印もまた疼いてるはずなのに、不敵な余裕みたいなものが浮かんでいる。どうやら、「まだやれる」って顔だ。いいわ、わたしもその覚悟に乗ってやる。


「さて、勝負はこれから。全員そろそろ『宴の終わり』に備えて立ち回るべきね。いいわね?」

口元に挑発的な笑みを忍ばせ、わたしはフィリスをエドワードに預け、ドレスの裾をひきずりながら会場の中央へ向かう。視界の端にちらつく黒い影――スペイラの残滓を追って。この場で散々好き勝手してくれた代償はきっちり払ってもらう。魔術師として、悪役令嬢…違う違う、自由人としてね。逃げられると思うなってのよ。


湧き上がった闇の勢力に光の乱舞で応じるように、わたしの胸にも、不思議なほど昂揚が広がっていった。地獄の底でもお茶を煎れてやるくらいの意気込みで、張り切ってやろうじゃない。危ないほどワクワクするのって、やっぱりわたしは性格悪いのかしら。まあいいわ、どうせこういう性分なんだから、とことん楽しませてもらう。


そして、誰のものとも知らない不吉な笛の音が刻むように響き渡るや、客たちの悲鳴がかすかに混じった。いよいよこの夜が大きくうごめき始めた。――上等よ。華麗でゴージャスな場所ほど、崩れかける時は一瞬で、陰謀も激情もあっという間に火花を散らす。ならわたしだって全力で暴れまわるだけ。心臓がバクバクして、ああもうこの感覚がたまらない…。さあ、ここからが本当のハイライト、無事に帰れるかはわからないけど、まずは一歩も引かない覚悟で臨むしかないわね。王宮の闇にも、闇組織のチマチマした策略にも、たっぷりカタルシス味わわせてもらいましょうか。どうせなら簡単に終わらせないでほしいもの。もうダークフェスティバルの開幕よ。


…次の瞬間、耳をつんざくような衝撃音がして、世界が大きく揺れた。わたしは崩れかける足元を踏ん張り、白く輝く天井にぱっと手を伸ばす。だめだ、意識が大混乱してる。でも、はっきり呼び覚まされる感覚がある。――これ、相当大きな力が働いてる。ゼオンの幻術の光がかすれて、笑い声と悲鳴が入り混じり、騎士団の怒号が飛び交う。ああ、なんだかもう滅茶苦茶ね。でも悪くない。わたしたちが勝つか、彼女たちが勝つか。一体どっちになるの?


一瞬視界がぶれた向こうで、フィリスの姿が見えた。エドワードとグレゴリーが守りを固めている。エランはわたしに目配せしながら、呪印の腕輪を押さえつつ前へ進んでいた。スペイラの幻のような姿が、光の乱舞で揺らめきながらこちらを嘲笑うかのように消えていく。――受けて立つわよ。絶対に逃がしはしないんだから。


泡立つ胸の高鳴りを抑えつけるどころか、さらに煽るままに、わたしはこっそり微笑む。大丈夫、確かに危ないけど、こういう修羅場こそ最高の見せ場じゃない。今夜、わたしは華やかな公爵令嬢じゃなく、魔術師として好き放題やらせてもらう。次の波が来るなら、全力で食い止める。それがわたしとエランの、そしてここにいる人たち全員が生き残る唯一の道――さあ、どこまでも付き合ってあげるわ、闇の企みとやら。誰ひとり甘やかす気なんかないから、覚悟しなさい。


そう心に決めた瞬間、新たな衝撃が会場を揺り動かし、わたしはやっとこさ踏ん張って立ち続ける。しかし、フィリスの方からはまた小さな悲鳴が――。まずい、そっちが限界のようならすぐにフォローしなきゃ。お膳立ては十分。もう舞台の幕は上がりきった。やるなら今しかない。わたしは笑い、それから意を決して駆け出した。かかってこい、この祝宴が闇に染まるのか、それとも光のまま終わるのか。どちらにせよ、ただの脇役で終わるのはごめんだもの。

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