光の祝宴に忍び寄る闇と決意の血脈 1
シャンデリアに乱反射する光がまぶしすぎて、思わず目を細めた。その大広間には、ため息が出るほど豪華な装飾やら男女のきらびやかな衣装が溢れかえっている。パッと見は平和そうな祝宴だけど、そんなふうに安心している人がどれだけいるのか疑わしいわ。わたしはドアの近くを陣取りながら、胸の奥でじくじく疼く予感を振り払おうとしていた。
「ふわぁ、なんだか大仰なパレードね。お菓子でも配ってくれればまだ許せるんだけど」
ぶつぶつと小声で毒づいても、隣の男は聞こえないふり。エランはいつも通りの優雅な佇まいを装ってるけど、その頬にはうっすら汗が滲んでる。わざわざ寵愛を受ける宦官のような立場だと思われているとか聞いたけど、実態はただの“華麗な苦行僧”に見えるわ。腕輪につけられた呪印が痛むらしく、肩で呼吸しているのをわたしは見逃してない。
「ねえ、ちょっとは座ったら? 倒れてからじゃ遅いわよ。そんなに視線独占したいの?」
皮肉めいた声をかけると、エランはかすかに目を伏せて苦笑を浮かべる。
「ここで崩れたら、紫煙のように広がる噂を抑え込む手間が倍増する。君だっていちいち面倒だろう?」
「面倒事なら、とっくに慣れっこよ。どうせ今回もまた大騒ぎになるんだから、先に体力温存しときなさい」
そのやり取りをよそに、華やかなファンファーレが鳴り響いた。王族や貴族の挨拶が一斉に始まって、周囲では飲み物やら皿やらが行き交っている。華麗なダンスどころじゃないわ。わたしはちらりと少し離れた円卓を見やる。そこにはフィリスとエドワードの姿があった。ドレスのレースを踏まないか必死に気を遣っているみたいだけど、フィリスの表情はやっぱり不安げで、慣れない立ち振る舞いに戸惑っているのが目に見える。まあ、人前に正式に出るのは久しぶりだし、完全に体調が戻ってるわけでもないから無理もないわね。
「でも、意外と堂々としてるじゃない。へろへろに倒れこむかと半分心配してたけど」
そんなことをつぶやいた瞬間、フィリスとエドワードの向こうで、グレゴリー騎士団長の姿が目に入った。張り詰めたまなざしで会場の隅々を見渡している。どうやら本当に警備が通常の何倍も敷かれているらしい。立派なユニフォームに身を包んだ騎士たちが要所に配置されていて、一触即発の空気をまとっているのが恐ろしい。しかもほんの少し前まで地下書庫で瓦礫撤去に大奮闘していた連中よ? よくこんな短期間で準備整えられたわね、と逆に感心してしまう。
音楽に合わせて華やかな装飾が動き出したかのような錯覚すら起こりそうなほど、ゼオンの幻術が派手に灯っている。宙に揺れる花びらや虹色の光がやたらと幻想的で、「わあ、きれい」なんてうっとりする客も多い。でもわたしはあからさまな“嫌な感じ”を敏感に感じ取った。どこかで冷ややかな視線が動いてる。しかも、きっと複数の視線が交錯してるわ。怪しい連中がチラリと踊り場をすり抜けていくのが見えて、指先がちょっと汗ばんだ。
「ここにわざわざ姿を現すなんて、ある意味度胸ある輩ね」
わたしが眉をひそめたとき、エランもまた視線を鋭くしていた。痛みをこらえている割には、あの目には隠しきれない警戒心が濃く浮かんでいる。ほんと、ああいう顔をされるとドキッとするわ。みんな見とれてるけど、本人は余裕なんか微塵もないんだから笑える。
すると、不意にフィリスのほうから小さな悲鳴が漏れた気がした。慌てて目を向けると、彼女はドレスの裾を慌てて押さえて、すぐに平気を装おうとしている。でもその額には脂汗がにじんでいて、エドワードがさりげなく支え込んでいるのが見えた。どう考えても万全じゃない。その胸元あたりには、あの“王家の血”がざわついてる感じがするのよね。まるで低く唸る獣みたいに。ああ、やっぱり嫌な予感が当たりそう。わたしまで胃が痛くなってくるわ。
「ふん、こんな堂々とした場でトラブル起こされたら迷惑極まりないんだけど」
軽口を叩きつつ、わたしはじりじりとフィリスのほうへ歩を進めた。万が一彼女に仕掛ける愚か者がいたら、まずは一撃お見舞いしてやらないと。わたしだって拳には多少自信があるし、なにより魔術の練習の成果で簡単にやられはしない。まあ、ぶっちゃけそんな実力を派手に見せびらかす場は絶対に避けたいんだけど。
「ねえ、あなたたち、ちょっと様子変よ」
低い声でエドワードに問いかけると、彼は大仰な笑みで周囲を煙に巻きつつ、小さく答えた。
「心配ないように見せるのも王室の仕事さ。彼女を休ませたいが、そうなると周りが大騒ぎになる」
ああもう、体裁優先なんて面倒な立場ね。けど、王家が弱みを見せればすぐに火種が燃え上がるのも事実でしょ。そこにどんな陰謀が渦巻いてるか、考えただけで頭が痛いわ。
少し離れたところで、黒いヴェールをかぶった女官らしき人影がちらつくのを見つけて、背筋がぞくっとした。あれ、もしかしてスペイラの手先? 似た姿の女たちが、やけに客のグラスを交換したり、そっと囁き合ったりしてるのが何より怪しい。ついさっきまで地下で危うい儀式を企んでた連中の残党だとしたら、こんな祝宴こそ格好の標的に決まってる。
「エラン、そっち回って牽制したら? あの黒っぽい集団が絶対に胡散臭いんだけど」
わたしが耳打ちすると、エランはほんのわずかに苦痛をこらえるように眉を寄せてうなずいた。腕輪を押さえつつ、従者のような立ち位置を演じながら、そのまま上品な足取りで場を横切っていく。周囲には「まあ、なんて絵になるお姿!」なんて黄色い声が飛んでるけど、当人は呪印を隠すので必死だっていうのにね。流石だわ。
よく見ると、ゼオンもまた極彩色の幻術の合間から鋭い眼光を巡らせている。何か仕掛けがあると確信してそうな面構えだし、あれはあとで一悶着あるわね。騎士団が表から牽制し、ゼオンが魔術的な裏を警戒し、エランは“試金石”としての監視と交渉を並行し……わたしはわたしで、王女の安全策を担うのかい。まったくもって、せっかくの祝宴が休まる暇なしで苛々する。
そのとき、空気がぴりっと弾けるような違和感が走った。客のざわめきの裏で、微かな金属音と、聞き覚えのある低い呪詛らしき声。思わず魔力の流れを感じ取ろうと集中してみると、フィリスがまた小さく肩を震わせていた。そこには薄暗い影が忍び寄り、かすかに黒い石のようなものを手のひらで隠し持っている人物まで見え隠れする。
「あーもう最悪。こういう派手な場でやらかす気満々じゃないの」
自分の心拍がやけにうるさい。少し背景を見極めないと迂闊に声を上げられないが、どうせ最終的にはド派手にぶちかまさないといけない展開になるに決まってる。ならばこっちも腹をくくるしかないわ。静かに腕の力を確かめて、念のために魔術の構えを頭に叩き込んでおく。
「ねえ、フィリス、下がれる? もしやばい状況になったら、ぜったい一人で突っ込まないでよ。あなたの力、まだ不安定なんだから」
「わ、わかった。でも、ミオこそ無茶しないで……」
不安げに返す彼女の声が震えてるのが分かる。けど、その瞳には自分を確かめようとする意志が宿っていて、ちょっとだけ頼もしさも感じてしまう。ほんと、あの子ってばいつの間にそんな顔ができるようになったんだろう。
もうすぐ余興も終わりのはず。華麗な舞踏がフィナーレを迎えたら、この場は一気に“次の展開”へ突入する。グレゴリーやエドワードは、なるたけ穏便に事を片付けたいと思ってるみたいだけど、こんなにも不穏要素が目白押しでスルッと終わるわけがない。有無を言わさずトラブルが噴出する予感しかしないわ。
けれど、わたしは背中越しに強い熱を感じている。絶対に邪魔はさせないと意気込む騎士たちの決意、ゼオンの幻術が張る防御網、エランの不本意な苦悶の中にある隠された力。それらがわたしの神経を鋭く刺激して、むしろカタルシスを呼び起こす。どうせやるなら派手に決着をつけてやろうよ、って。
「さあ、火種は揃った。このわたしから言わせれば、これはもはや自作の悲喜劇ね。どうせ当事者にされるなら、最後まで付き合うしかないわ」
わざと大きめに独り言をつぶやいて、銀のグラスを置く。きらきらとした祝宴の表舞台に揺れ動く闇が、今にも大きな口を開きそうだ。わたしは嫌な汗を拭いながらも、この胸の高鳴りを止められない。危ないことなんて百も承知。でも、危険と好奇心が引き裂くように混ざりあう瞬間こそ、最高にゾクゾクするじゃない。
――暗雲が垂れ込める夜に、祝宴という名のきらびやかな舞台が終末のベルを招き寄せる。ならばこちらも、徹底的に足掻いてみせるだけ。それが公爵令嬢としての責任か、魔術師としての好奇心かは分からないけど、とにかく今は一瞬でも隙を見せたら喰われるわ。誰がこの宴の司会者かって? 決まってるでしょう、“闇”ってやつよ。そして、それを蹴り飛ばすのがわたしたちの役目だっていうなら――上等じゃない。
もう引き返せないステージに足を踏み入れたと意識したとき、わたしは不思議なほど落ち着きすら感じていた。血の騒ぎと呪印の呪い、黒い石の流通と王宮の裏側。困難すぎる要素ばかりだけど、これがわたしたちの“今ここ”なんだから、精一杯あがいてみる。さあ、最高潮の幕開けだ――準備はいい? もちろん、逃げ場なんて無いに決まってるわよ。