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闇に蝕まれし王宮での秘術 3

夜の静寂が離宮を包み込む頃、私は廊下の奥で最後の準備を進めていた。正直、胸がドキドキしすぎて息が苦しい。でもやるしかない。

ゴタゴタ加減は日に日に増して、王族の部屋も卫兵の詰め所も完全にピリピリ状態だ。速い足音が行き交い、誰もが眉間にしわを寄せている。まるで今にも何かとんでもないことが起こりそうな、嫌な空気。


「ミオ、準備は?」

エランが現れた。いつもの調子で淡々と話してるつもりらしいけど、その声は明らかに震えてる。

「準備万端とは言いたいけど、本当は半端かも。古代魔術の大規模術式なんて、ここで完璧に組み上げるのはリスクばかり」

そう言い返す私に、彼は苦笑いして片眉を上げる。

「リスクは承知の上でしょ。君は逃げない人だと思ってる」

「まあね。あのリュシア王女を見捨てるほど冷たくはないわ」


衝突の予感がじわじわ迫ってくる。この夜を逃せば、彼女の命はほぼ終わりだ。気づけば廊下には私とエランの足音しか響かない。任務に駆られて動き回る人はいるけど、ここから先の展開に強く関わるのは私たちだけ。そう思うと、背筋がゾクゾクする。


奥の部屋では、王女のうめき声が聞こえる。枯れたような、そのくせ不気味に耳に残る。医師たちは絶望の色を隠せないまま、ただ横で見守るしかないという。まったく最悪だ。


「どうする? やるの?」

エランの声は低く沈んでいるけど、どこか焦りも混ざってる。私は大げさに肩をすくめて見せた。

「『今しかない』って自分で言ったじゃない。決断するしかないでしょ? ろくなサポートもない中で突っ走るのはゴメンだけど」

「わかった。僕ができる限りサポートする。だから、無茶だけはしないで…」

その言葉に若干イラッとする。私の“無茶”がなければ、誰も彼女を救えないかもしれないってだけじゃないの。今さらなに言ってんのよ。とは言え、それを口に出すほど余裕はない。


いざ儀式を始めようと大部屋に向かう途中、看護役のスペイラがさりげなく立ちはだかった。あの温和そうな顔が、一瞬ひきつったように見える。

「夜分にどちらへ? 王女様は安静が必要ですよ」

いかにも看護師らしい言い方だが、何かがおかしい。瞳の奥に奇妙な光が宿っている。私もエランもさっと警戒レベルを上げた。ここでそんな目つき、する?

「あなたに用はないの。そこをどいて」

やや刺々しく言い放つと、スペイラは苦笑とも嘲笑ともつかない微妙な笑みを浮かべた。

「冷たいですね。でも仕方ありません。私もこの役目があるので」


次の瞬間、空気がビリリと震えた。まるで薄い膜が破れるような感触。スペイラの姿がジワリとあやふやになり、違う何かの形に歪んでいく。この“変化の魔力”、まさかこんなあからさまに使うなんて。


「やっぱり黒幕か、あるいは駒にされてるのか…」

声に出す余裕もないまま、相手は一足飛びで私を狙ってきた。エランがバッと身を翻し、刃を抜く。剣の閃きが廊下の魔石灯に反射して目を痛めそうになる。


金属音。高く響く衝撃。スペイラが豹のような動きでエランを弾き飛ばしにかかる。その速さは人間離れしている。

「ちょっと待って、そりゃ反則でしょ…」

わずかに声が震えた。心臓が暴れ馬みたいに胸を叩く。やめて、こんなところで戦闘とか勘弁してほしい。こっちは“終末を招く魔法陣”を準備しなきゃいけない大事な夜なんだから。


でも、向こうは当然待ってくれない。私は懐から小さな魔石を取り出して構える。空間を歪めるほどの魔力を感じるが、ひるんでる暇はない。

「エラン、少し時間を稼いで!」

「もちろん! 君こそ気をつけて」

彼の剣が一瞬スペイラの視線を惹きつける。その隙をついて、私は部屋の扉を蹴飛ばすように開けた。中に飛び込み、床に大急ぎで魔法陣のアウトラインを描いていく。


廊下からは怒声と衝撃音が鳴り続けている。いつ敵が飛び込んでくるか分からない。それでも私はアイテムを手早く並べ、呪文の準備を進める。思考を無理やり集中させて、頭の中で分割しておいた術式を組み合わせる。


「よし…いける」

図形が一つにつながる。文字が意味をまとい始める。その瞬間、ビリビリとした異様な波動が部屋全体を覆った。こんなに反応が強いのは初めてだ。私の魔力だけじゃない。外の空気も震えている。まるで“世界”が干渉してきたような感覚が押し寄せる。


そこへ、エランが転がり込むように部屋に飛び込んできた。後ろにはスペイラが不気味に追いすがる。血走った瞳がこっちを狙っていた。

「ミオ、やっちゃえ!」

彼の声は切羽詰まっている。私も死に物狂いで魔力を注ぎ込む。床がまるで氷のように冷たく響き渡り、魔法陣が眩い光を放ち始める。


「リュシア王女の呪詛を断ち切る! どきなさい!」

私が叫ぶと同時、周囲の結界がバチバチと火花を散らす。スペイラが苦しげに身をよじり、エランの剣がその一瞬の隙を狙って振り下ろされる。鋭い音。視界がチカチカして、何がどうなったのか一瞬わからない。


しかし、儀式の光だけは消えなかった。私は踏ん張って、残りの魔力を出し惜しみせず解放する。まるで天空から雷が降り注いだみたいに、強烈な閃光が炸裂した。壁や天井がびりびり震えて、脳まで揺さぶられる。


「ぐっ…!」

思わず変な声が漏れた。意識が飛びそうになる。でも踏みとどまる。あと少し、あとほんの少し。リュシア王女の命を死の淵から引き戻すんだ。


外で悲鳴が上がり、何か崩れるような音がした。目の端に、スペイラの姿がぐしゃりと崩れ落ちる影を捉える。彼女は魔力の暴走に耐えきれなかったみたいだ。でも、まだ油断できない。


一方、魔法陣の中央に浮かび上がる模様がきらりと輝く。歪みの奥から、かすかな鼓動が聞こえた気がする。リュシア王女はいま別の部屋で昏睡状態のはず。でもこの鼓動は、まるで彼女の心臓が再び動き出す合図みたい。


「生死の狭間にある扉、こじ開けてやるわ!」

自分で言ってゾクッとするほどの大技。だけど失敗は許されない。最後の詠唱を終え、私は魔法陣に手をかざした。一際眩しい光が部屋中を満たす。


呼吸が止まる。感覚が真空に閉ざされたような一瞬。次に感じたのは、手のひらに残る微かなあたたかさ。そこに確かに生の痕跡が宿っていた。眠りから呼び起こされるような、あどけない鼓動。


私は大きく息をついた。床に片膝をついたエランが、緩やかに私を見上げる。その顔にうっすら笑みが混じっている。

「成功…したの、かな」

自分の声がかすれて力が入らない。でも、全身に鳥肌が立つほどの達成感。ここまで大掛かりな魔術、よくやったな、と思う。


扉の向こうでは、王女の部屋に詰めていた医師たちが騒然としているはず。きっと急に脈が戻って驚いただろう。でもそれこそが私たちの狙い。古代魔術の禁忌と仮死術式を重ね合わせ、どちらもギリギリで成立させた。


「あぶなっかしいやり方だよ、本当に…」

エランが嘆くけれど、お前も助けてくれたじゃない。私がそのことを指摘したら、彼は拗ねた子供みたいに頬を膨らませる。なんなの、この妙な感情。


スペイラの姿はよれよれに崩れ、もう動かない。正体は不明だけど、少なくとも事態を混乱させる一端を担っていたのは間違いない。奴の背後に誰がいるのか、まだわからない。だけど今はまず、リュシア王女が生き延びたことが最優先。


全身が熱い。疲労と達成感がどっと押し寄せ、膝がカクンと折れそうになる。それでも私は笑う。心の底から、これこそが“カタルシス”ってやつだ。危険な賭けを制した瞬間の、高揚感、幸福感。こんなギリギリを渡り歩くのはまっぴらだけど、達成するとやけにクセになる。やばい、私、ほんとに性格悪いのかも。


「ほら、立って。無様な寝転がり方は君らしくない」

エランが意外と優しい顔をして手を差し伸べる。ずっと含み笑いばかりしてたくせに、今だけは少し素直で、悪くない。


廊下では誰かが大声でリュシア王女の回復を叫んでいる。いろんな声が入り混じった歓喜の波。混乱の先にある微かな未来。まだ終わりじゃない。これからもっと、王宮の奥で暗躍する何かと戦わなきゃいけないはず。でも今はこの一瞬の安堵に浸りたい。


「ふう、やってやったわね」

私がつぶやくと、エランは小さく笑って頷いた。仙女みたいな光はすでに消え、ただ舞い上がった埃がかすかに残るだけ。新たな一歩の予感を感じながら、私は震える足で立ち上がる。


ハラハラ、ドキドキ。けれどその先に救いがあるなら、恐れるものなんて何もないわ。たとえ次にどんな陰謀が待ち受けていようと、私は二度と大切なものを奪われないために、戦う。それを改めて腹の底で決意しながら、エランの手を軽く払いのけた。


「さあ、続きはまだこれから。次こそは誰にも邪魔させない。そのためにも――一緒に来てよ、エラン」

彼は苦笑いしつつ、しっかりと頷く。こうして私たちは、生死の淵から救い出した王女を背に、次なる戦いを予感する。謎は片付いていない。でもいい。先へ進む意志がある限り、私たちは負けない。


世界が静かに息をつくような夜。私は急激に空腹を感じた。緊張が少し解けた証拠だと思う。

「とりあえず、夜食でも探してから祝杯をあげたいな」

渦巻く闇を振り切るように軽口を叩いて、私は部屋を後にした。残る痛みと、胸に宿った興奮を抱えながら。

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