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狂い咲く魔術の迷宮と血の系譜 3

「まるで悪趣味な巨大迷宮の祝祭ね」


そう呟きながら、わたしは闇くさい通路を疾走する。残響する足音が自分の心臓の鼓動とシンクロして、思わず笑いたくなるほど緊張感が高い。ちょっとしたパニックホラーを体験しているみたいじゃない?


あの爆散の後処理をそこそこに済ませ、エランやゼオン、それから援護に回ってくれた騎士たちと合流。だけど休む暇なんてありゃしない。地下のさらに奥から、妙に穢れた魔力の流れが加速しているのを感じる。恐らくは連中が封印されてた古い魔術陣をこじ開けようとしているんでしょうね。


「まったく、どいつもこいつもあの赤い力をいじりたがるんだから。フィリスをおもちゃ扱いしてるんじゃないわよっての」

重たい扉をこじ開けながらぼやくと、息を切らしていたゼオンがわたしを見て小さく頷く。作戦の進捗は言わずもがな、最悪レベル。物理的にも魔術的にも、この階層が崩落しかかっている兆候があるらしい。嫌なきしみ音があちこちで鳴ってるから、そりゃ嫌でも分かるけど。


「フィリスを探すのが先決だ。彼女が陣に巻き込まれたら、今度こそ取り返しのつかないところまでいくからな」

ゼオンは額の汗を拭いながらそう告げる。頭では理解しているけど、実際の優先順位はどうなるか分からない。わたしだって、フィリスを守りたい思いは人一倍。だけど同時に、あの子の異常に反応した連中が魔術陣を発動させてしまえば、こっちは地下ごと吹っ飛ばされる可能性も大いにあるわけで。


「焦って失敗するなよ。俺も一緒に行くから」

エランが背中越しに声を投げかけてくる。そのわりには白い額に浮いた汗がずいぶんと多い。さっきの罠で空気を吸い込みすぎたせいか、息が荒いままだ。しかも腕輪に刻まれた呪印がじわじわと赤黒く光っているのが見える。うわ、嫌な予感。今後、こいつ自身が暴走するかもしれないとか、ありうるシチュエーションでテンション上がるわね。まったく、勘弁してよ。


「その呪印、痛むんじゃない? あまり無理しないで」

と、嫌味を混ぜて言ったつもりが思わず素直な問いになってしまった。もう少し辛辣なツッコミでも良かったかしら? エランは少し苦しそうに口を曲げて「大丈夫だ」と目をそらす。はいはい、その強がりはもうお決まりだから。倒れ込む前に白状してちょうだいよ。


そんなやり取りをしつつ進むうち、わたしたちは書庫の最奥部とおぼしき円形広間に到着した。ぎょっとするほど巨大な魔術陣が床全面に彫り込まれ、鈍い紫色の光が波紋みたいに広がっている。思わず息をのみそうになったけど、ここで萎縮してたまるか。


「ようこそ、お客人たち。本日はいよいよ、王家の血を使った禁断の儀式が再開となりますので」

黒いローブの魔術師かと思いきや、その声には嫌というほど聞き覚えがある。スペイラだ。姿は見当たらないが、闇のどこかに潜んでくすくす声を立てているのが分かる。その際どい演出、あんたも好きねえ。


「ふざけた茶番に付き合ってる余裕はないのよ!」

わたしが叫んだ瞬間、魔術陣の中央で仰向けに倒れている少女に気づいた。フィリスだ。赤い痕が首元から腕にかけてひどく隆起している。そっと伸ばされた彼女の指先が微かに震えて、こちらに助けを求めているように見えた。


「フィリス、今行くわ!」

わたしが駆け寄ろうとすると、床がぐらりと揺れる。ひび割れた石畳の隙間からねっとりした闇の魔力が吹き出して、何やら不気味な紋様を形作る。その中心部が脈動するように光り始め、浮き上がるようにして魔術師たちが列をなした。彼らはスペイラの手下なのか、それともただの狂信者か。どちらにしてもわたしの進路を阻むつもり満々のようね。


「くそっ、これ、足場が崩れるぞ! ミオ、足元見ろ!」

エランが叫んだ一瞬後に、大きな亀裂が生じて床ががくりと沈み込んだ。目を疑うほどあっという間に穴が開き、わたしとフィリスを飲み込みそうになる。ゼオンの警告がどこか遠くから聞こえた気がしたけれど、何がなんだか分からないくらいの衝撃で視界が反転する。


やばい、落ちる──と思ったその瞬間、強い腕が背中を引き寄せた。エランが身を呈してわたしとフィリスを抱え込むように、壁際へ飛び上がる。床がズシャリと崩れ、粉塵がまるで爆煙のように吹き荒れる中、何とか3人とも落下だけは免れたようだ。


「はぁ、はぁ……無茶するなって言ったのに」

エランの苦しげな声。視線をやると、腕輪の呪印が怒りを示すように激しく紅い光を放っている。しかも、宦官扱いされてるとか言うわりに、男の力強さ全開で抱きとめてくれるんだから、困っちゃうわね。こんなところで胸キュンしてる場合じゃないけど。


「や、やめて……頭が割れそう」

フィリスが顔をゆがめ、涙をこぼすように呻く。赤い痕から放たれる魔力と陣の共鳴が最高潮に近づいているのか、その振動が辺り一面に伝わってくる。ほら、これ以上暴走したら取り返しがつかないわ。


わたしはフィリスの手をぎゅっと握り、何とか彼女の意識を保たせるように呼びかける。「大丈夫、あなたならコントロールできる。だって、わたしがそう信じてるもの」──こんな大見得、普段は滅多に切らないけどね。割と本気で思ってるわよ、フィリス。


「封印を逆転させるしかないわ。ゼオン! あの陣、急造の代物だよね?」

わたしの問いかけに、何とかこちらへ駆け寄ってきたゼオンが目を凝らす。少ししてから、苦悶な顔で頷いた。どうやら魔術陣が未完成な分、こちらが理論を上書きすれば切り替える可能性がある。いかにもめんどくさそうだけど、やるしかないでしょうが。


「いいわ、この際、急造を利用して“上書き”する。ゼオン、詠唱の準備を頼む。エランは、闇の魔術師たちを引きつけて」

「ちょっと待て、俺は――」

言いかけたところで、さらに呪印が暴走しかけたらしく、エランが激しくうめき声を上げる。彼の目の焦点が歪んで、周囲が一瞬ぴりりと震えた。すぐに騎士たちが反応して彼に剣を向けかけるが、エランは獣じみた気迫を放ち、一喝で周囲を黙らせる。ああもう、戦力になってるのか混乱を呼んでるのか微妙じゃないの。


それでもエランは、必死にわたしの言葉どおり闇の魔術師たちの攻勢をさばきにかかる。踊るような剣戟の合間から、彼の荒い息とともに鮮やかな閃光が散りばめられる。たしかに凄まじい火力を秘めてるわね。下手に近づけばわたしまで斬られちゃいそうだけど。


「フィリス、恐怖に引き込まれないで。自分の力を自分のものとして扱うのよ」

わたしは震える彼女の肩を抱きしめ、必死に緻密な術式を脳内で組み立てる。ゼオンも隣で呪文を紡ぎ始め、魔術陣の文様が上書きされていくのを感じる。うん、いける。理屈上は完璧よ。あとはフィリスの意思と、わたしたちの瞬発力が噛み合えば何とかなる。


すると、闇の中心部で火花が広がりながら、フィリスの赤い痕がものすごい熱量を放出し始めた。吹き飛ばされそうな圧迫感の中、彼女が小さく「わたし……わたしが決める……」と呟く。声は震えているけど、そこに宿る意志は確かだった。いい子じゃない!


「……さあ、やっちゃいなさい、フィリス!」

わたしが背中を押すと、フィリスは自分の両手を魔術陣の中心へ向ける。血に似た紅い光がすさまじい勢いで放たれたかと思うと、爆音とともに黒い渦が砕け散った。あちこちで闇の匂いが弾け飛び、悲鳴に似た音が混ざり合う。


一拍おいて、空間が静寂に包まれる。あれほど暴れていた陣の力が嘘みたいに落ち着いて、代わりに王家の血を受け止めたフィリスの瞳に、安堵の涙が滲んでいた。見てるこっちまで泣きそうになるわね。やれやれ。


しかし、そのときだ。まるでタイミングを見計らったように通路の暗がりから、スペイラの酷薄な笑い声が響いてきた。彼女の姿は見えないのに、耳元で囁くような気味悪さがある。


「フィリスの力は回収こそできなかったけど、面白い土産が手に入りそうね。エラン、あなたの腕輪についてる呪印、まだ暴れてくれているはず。知ってる? それが皇帝との約定を壊すトリガーになるってこと」

言い終わるか終わらないかのうちに、ふっと闇が揺れ、スペイラの気配はするりと消えていく。わたしが飛び出そうとしたときにはもう遅かった。意地が悪いわね、あの女。


視線を戻すと、エランが倒れ込むように片膝をついて唸っている。呪印が妖しい光を宿したまま、まるで彼の心臓を締め上げるみたいに脈動してるじゃない。あれってほんとに「皇帝との契約を崩壊させる導火線」なの? 考えただけで頭が痛いわ。


「エラン、大丈夫!?」

わたしが駆け寄って彼の肩に手を置くと、幸いにも金の瞳にわずかな理性が残っていた。だけど今すぐにでも暴走しそうな危うさが漂っていて、ひりつく空気に神経を刺されるような感覚が走る。


「おいおい、トラブル山盛りすぎだろ……」

ゼオンが軽く眉間を押さえながら呟く。その通り、ここが落ち着いたと思ったら新たな問題が出てくるなんて、さすがにギャグの域を越えてるわね。でも嫌いじゃないわよ。「次から次へと」が、この物語の醍醐味なんだから。


今はとにかくフィリスが自力で力を抑えられたのは大きな収穫。だけど、スペイラという黒幕は健在で、エランの呪印はより深刻な地雷に変貌した。わたしが彼の手を掴むと、その熱さにびくりと震えた。想像以上だ。下手したらこのまま意識を手放すかもしれない。


「地上に戻れそうか? しっかりしとけよ、エラン。あんたまで壊れたら、わたしの計画が台無しなんだから」

わざときつめに言葉を叩きつける。するとエランは唇を苦しげに歪ませつつも、はっとした顔でこちらを見た。意地悪が効いたみたいじゃない。


扉の向こうからは騎士たちの呼び声が聞こえている。闇組織のほうも壊滅的ダメージを負ったようだけど、この書庫のダメージも大概だ。床は崩れかけ、天井もきしむ音が増えている。限界が近いのは明白。


「フィリス、立てる? ゼオン、補助してやって。あたしはエランを引っ張るから」

声をかけると、フィリスはまだ小刻みに震えながらも「うん」と応えてくれた。少しだけ、その瞳に決意の色が混じっている。大丈夫、あなたは強くなってるから。


わたしはエランの腕を肩に回し、どきどきする鼓動を寄せ合いながら、必死に崩れる広間を脱出しようとする。背後ではすでに魔術陣の光が底から砕け落ちるようにパチパチと弾けてるし、半壊状態の天井からは土砂混じりの瓦礫が降ってきてる。だけど足を止めるわけにはいかない。絶体絶命? 冗談じゃないわ。こんな命懸けの逃走劇も、むしろ昂る要素しかないでしょ。


「ミオ、あんた、やっぱり……変だな」

エランが弱々しく笑いながら呟く。その笑みが不本意ながらも魅力的で、こっちの心をざわざわさせるんだから腹立たしい。今は生き延びるのが先決。わたしも笑いたいのをこらえて、再び走る脚に力をこめた。


この狂騒が一段落するまで、まだまだ息が抜けそうにない。呪印の謎も王家の血もスペイラの陰謀も、どれひとつ片付いたわけじゃないんだから。だけど、わたしはこんな極限状態が大嫌いじゃないのよ。ハラハラしながら脳内が活性化するこの感覚は、なかなかクセになるものがあるもの。


それにしても次はどこで爆弾が弾けるんだろう。王宮の地下が全部崩れないうちに地上に顔出しできるといいけど。もう少しの辛抱よ。わたしとエラン、そしてフィリスとゼオン。それぞれがそれぞれの理由で、この地下空間の先に待つ明日に向かって駆け抜けるしかないんだから。


ねえ、そこのあなたも続きが気になるでしょう? この先にはさらに強烈な展開が控えてるはずだから、しっかりついて来てよね。ほら、混沌がさらに混沌を呼ぶ予感がするでしょ。言ったわよ、ここから先は覚悟して読んでちょうだい。一緒にドキドキしてくれなきゃつまんないんだから。さあ行くわよ、最悪のピンチを最高のショーに変えて見せるから。全員、命綱はちゃんと結んでおいてね──それじゃ、まだ終わらない地下書庫の死闘を、とくと味わおうじゃないの。

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