暁を乱す契約と朽ちし王冠 4
信じられないけど、あれほどの大騒ぎを経たっていうのに、大広間にはまだ嫌~な余韻が残っている。正直、「嘘でしょ、これもうエンディングでいいんじゃないの?」って言いたくなるのだが、そうは問屋が下ろさないらしい。まるで後味の悪い映画のラストシーンを見ている気分だ。
フィリスを中心に広がっていた赤い痕は、さっき確かに収束しかけたように見えた。ところが、わたしたちが一息つく暇もなく、空間のあちこちがバチバチと怪しげな火花を散らし始めたのだ。いやもう、勘弁してくれって感じ。祭壇前の絨毯が突如ひとりでに焦げだし、隅に転がっていた壺が内側から粉々に割れていく。あれはたぶん、先ほどの暴走魔力の残滓がまだ暴れている証拠だろう。
「あと少しで完全に収まると思ったのになあ…」
わたしは歯ぎしりしながら、フィリスの様子を横目でうかがう。さっきまであんなにがんばって力を抑え込んでいたのに、まるで最後の悪あがきみたいに、魔力の後始末が彼女を追い回している。まるで呪いの二段構えだ。こういうの、マジで嫌らしいと思わない?
「フィリス、大丈夫?」
声をかければ、彼女は肩で息をしながら小さく頷く。けれど瞳は乱れっぱなしだ。汗で濡れた頬は相変わらず青ざめているし、意地で立っているようにしか見えない。そう簡単に“はい終了”とはいかないか。痛感するわ。
そこへ、エドワードとエランが割り込んできた。まずはエドワードが、わたしを軽く睨むようにして口を開く。
「なんとかならないのか? このままでは、婚礼どころの話じゃない」
「だから、すでに“どころの話”じゃないってば」
あえて皮肉めいた口調で返すと、エドワードの眉間に皺が寄る。気持ちはわかるが、追い詰められているのはみんな同じだ。
エランは何も言わず、腕輪にうっすら手を当てながら周囲を見回している。さっきは素直にすごい結界を張ってくれたけど、“試金石”の力は無尽蔵じゃないはずだ。疲れ切った顔で、いまにもしゃがみこみたいのをこらえているように見える。しかも彼、なぜか横目でわたしを見やがったあと、ぷいっとそっぽを向く。なにその拗ね方。絶妙に面倒くさい。
「んもう、二人とも落ち着いてってば。わたしがアレを黙らせればいいんでしょう?」
わざと軽っ口を叩いてから、焦げ臭い床を慎重に踏みしめつつ、フィリスに近づく。彼女も一巻の終わりとあきらめているわけじゃない。けれど、また少し赤い痕が活性化してきているのがわかる。まるで、魔力が半ば自律した生き物みたいにむき出しの牙を見せて、最後の突撃をしている感じだ。
「ゼオン、こっちに来て!」
大声で呼ぶと、軍服姿の騎士たちに雑用を指示していたはずのゼオンが、ひょいとこちらに戻ってきた。その表情がいつになく険しい。
「参ったね、まだ隙間から侵入してる羽虫の群れまでいる。あんな影虫、何年も見たことないよ」
「ああ、もう最悪。ちょっと強引に仕掛けるしかないか」
「なら手伝おう。せめて外部への拡散を防がないと、王宮全体が蝕まれかねない」
彼の言葉にガッツリ同意する。今回は気軽に遊んでいられないものね。フィリス一人が危険、なんてレベルを超えちゃってる。
ふと視線をちらつかせると、あのスペイラらしき黒ローブの影が、柱の裏でこちらを窺っているのが見えた。しかし、わたしが動きを見せると同時に、相手はスッと消え去る。あの手際の良さ、まさに忍者級。いっそ捕まえて説教したいのに。
「まあいい。こっちはこっちでやるわよ」
わたしが声を張り上げると、フィリスはまだ震えながらも一瞬こちらを見た。その瞳に宿るのは、もうさっきまでの悲壮感とは違う、どこか覚悟めいた色だ。彼女は大きく息を吸い、脹脛をわずかに震わせながら自力で立ち上がる。
「まだ終わらせないわ。私……王家の血に支配されるままなんて、嫌だから」
その決意表明のときに、衣擦れの音すら鮮明に聞こえた。貴族たちの悲鳴や喧騒がまだ遠くで聞こえるけど、多くの者がその宣言にハッと息を飲んだのがわかる。もはや祝宴ムードなど欠片もない。だが、この惨状にしてようやく、フィリスが自分の本音をぶちまけ始めている。
わたしはにやりと笑って手を掲げ、ゼオンと視線を交わす。彼もうなずき、同時に魔術式を描き始める。花嫁衣装が焼けこげたフィリスに対して、わたしたちが全力でサポート。いいじゃない、組んだら最強感あるじゃない。理屈と情熱と意地の三拍子、ちゃんと揃ってる。
「エラン、結界をもう一度だけ狭めて。外へ飛び散る魔力を、ここで封じ込めてちょうだい」
「ああ、わかった」
短く応じたエランの障壁が、バチンと音を立てた。その途端、ぱらぱらと床に落ちていた破片が浮き上がり、渦を巻くように宙を舞う。でも外に漏れないだけマシ。貴族たちへの二次被害を抑えるために、こうするしかない。
「フィリス、あんたはもう後戻りしないつもりなんでしょ? じゃあ、ドカンとやりなさいな!」
背中を押すように言うと、フィリスは息を詰めて、まぶたを一瞬きつく閉じる。そして、まるで体中に絡みついていた鎖をちぎるように、彼女の声が大広間にこだました。
「お願いだから、わたしの命令を聞いて――!」
その時、赤い痕が限界まで拡張しかけたかと思うと、次の瞬間パァンと弾けるように細かな霧状に砕けはじめる。わたしとゼオンが連携して魔力の方向を誘導すると、ピリピリした破壊力を伴う霧がぐるりと渦を巻き、壁際へと収束していった。まるでリングのように形成されたその魔力の塊が、最後の抵抗とばかりに稲光を散らす。
「くうっ…!」
フィリスが声を詰まらせた瞬間、わたしは彼女の手をとり、ぐっと力を込める。最後の最後、やり遂げてみせろって合図だ。すると、彼女は苦しげながらも浅く息を吐き──鏡面のように光ったその霧の輪が、バリリとひび割れて消えていく。
やーっと、終わった気がする。沈黙が落ちてから数秒、わたしはひどく脱力して膝に手をついた。フィリスはその場にへたり込むが、さっきよりずっと穏やかな顔をしている。
「ふう、飛び散らずに済んだね」
ゼオンが苦笑いし、エランはゆっくりと結界を解く。直後に重傷を負った兵士のうめき声が戻ってくるが、さすがに先ほどの阿鼻叫喚に比べればだいぶマシだ。傍らでグレゴリーが手際よく負傷者を運び出し、混乱の鎮静を図っている。さまになってるじゃない、騎士団長。
「王家の婚礼がこんな背徳的キャンペーンになるなんて、前代未聞だけど、それがどうしたってのよね」
思わずわたしが呟くと、エドワードがくぐもった小声で言う。
「……式は事実上、中断だな。破談どころか、国に恥をさらす形に……」
「そりゃしかたないわ。誰かが生け贄になるよりは、ずっと健全な選択よ。誰も死んでないんだし。そもそも華々しい政略結婚がそんなに大事? こっちは命がかかってるんだけど」
辛辣な物言いに、彼は一瞬目を伏せたが、すぐに短く息をつく。わたしなりのフォローのつもりだけど、きっと皮肉たっぷりに聞こえたはず。でも、ここであえて優しい言葉をかける余裕とかないのだ。
「フィリス、しっかり」
膝を折りかけた彼女の肩を支えて、わたしは改めて見下ろす。その目に涙が浮かんでいるけど、さっきまでの絶望感とは違う色を帯びているのがわかる。何もかもが焼け跡状態の大広間だけど、あんたの心だけはぐちゃぐちゃじゃなさそうで何よりだ。
「ごめんね、迷惑ばかりかけて……」
「そんなの気にしない。あんた、もう迷う暇なんてないんだから。ま、今後もバタバタするだろうけど、そこらじゅう引っ掻き回しながらでも生き抜きなよ」
わたしが肩をすくめてみせると、フィリスは弱々しく微笑んだ。切り刻まれたウェディングドレスも、真っ赤に染まった大広間も、まるで悪夢の舞台装置かってほどどぎついけど、今はそれすら乗り越えた証みたいに見えるから不思議だ。
決着したと思いきや、スペイラは依然として行方知れず。闇なら闇で引きこもってくれたらいいのに、きっと彼女はまた仕掛けてくるに違いない。しかも外部との外交関係もメチャクチャ。破談確定というド派手な爆弾が、どこまで波紋を広げるか予測もつかない。ま、頭を抱えるのはわたしじゃなくてエドワードやグレゴリーの仕事よね。
「ちょっとは落ち着いたら? あたしたち、ちゃんと生きてるしさ」
わたしの言葉に、エランは青ざめた顔のままふっと息を吐いた。相変わらずわたしを見ようとはしないけど、その手が震えているあたり察してあげよう。命削る徹夜作業、お疲れ様。次回はもうちょっと素直にやってね。こっちも面倒見る余裕が減るから。
こうして、わたしとフィリス、ゼオン、そしてちょい拗ねモードのエランたちの一行は、崩壊寸前だった婚礼をなんとか跳ね飛ばした。もちろん被害や後始末は山積み。今日のこの顛末が王宮の闇とどう絡んでいくのか、まだ誰にもわからない。一体どんな試練が待っているんだか。
「まあいいわ。バタバタしてるうちが花って言うものよ。次を楽しみにしておこうじゃない」
わたしは焦げ臭い空気の中、冗談めかしてそう呟く。先ほどの修羅場が嘘みたいに、大広間にはどこか凪いだ空気が流れる。いつもこんな静寂って、逆に不気味。どうせすぐ、また何かが爆発するに決まってるもの。わたしはこのえげつない刺激からは逃げるつもりなんてさらさらない。むしろ次回に期待しちゃってる。
だから、みんなも最後までしがみついて読んでくれなきゃ困るわ。だってわたしたち、まだまだ道半ばなんだし──今度はどんな絶望を見せてもらえるのか、少しワクワクしながら待っている。生き延びるためには多少の皮肉ぐらい言い合ってもいいよね。強くなるには痛みも必要。そうやって成長するんだから。
そうしてわたしは、フィリスの手をもう一度ぎゅっと握る。彼女は涙を拭い、笑顔というにはあまりに弱々しい表情を浮かべる。それでもきっと、以前のただ震えていただけの彼女じゃない。あの赤い痕ごと受け止める覚悟を固めたのだから。
「ここから、もっと面白いことが待ってそうね。行こうか、フィリス。泣くのも笑うのも、自分の意思でどうぞってわけよ」
わたしは大広間に満ちる災厄の残り香を鼻先で払いのけながら、未来の混沌に向けて一歩を踏み出す。ここで終わるわけないじゃん。まだまだ、これからよ。誰が笑って泣いて絶叫するのか、観客も存分に味わってちょうだいな。次の幕が上がるのは、もうすぐだ。




