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深紅の幻影と錬金の迷宮 3

まるで申し合わせたかのように、展示会の開始を告げる鐘がカーンと響いた瞬間、工房の大広間がざわめきに包まれた。クリスタル製の照明が煌々と光を放ち、錬金装置の数々が誇らしげに披露されるはずの舞台なのに、どうにも空気がおかしい。立ちこめる赤い靄と、客たちの落ち着かない視線。胸騒ぎがせり上がる。


「皆さま、本日は遠路はるばるお越しいただきありがとうございます」

工房代表のオスカーが簡単な挨拶を始める。が、その声はどこか上ずっていて、私の耳にはほとんど入ってこない。広間の奥、先ほど私たちが地下で見た鏡面装置が据えられ、その周囲に薄赤い光がちらついているからだ。タイミング悪く、ここに持ち込んだのね。


「ミオ、あの鏡面、妙に光が増してない?」

ゼオンが小声で囁く。いくらなんでも濃すぎるオーラ。あのカラダに悪そうな赤が、ほんの数分でここまで膨れ上がるなんて、連携プレーで何とかしようにも歯ごたえがありすぎる。とにかく手を打たなきゃ、大変なことになる。


「わかってる。ああもう、どうして皆はあんなに呑気に見物してるのよ!」

周囲の貴族たちはいまだ宴のつもりか、煌びやかな衣装を揺らしながら歓談を続けている。フィリスも開場の挨拶の場に立っているが、先ほどから顔色が悪い。額を押さえていて、あの“赤い紋様”がうずいているんじゃないかと嫌な予感がしてならない。


「注意喚起するにも、さすがにもう手遅れだろうな」

どこか投げやりなゼオンの声が聞こえた直後。会場の真ん中をぶち抜くように、鮮血じみた閃光が走った。ぐらりと視界が歪む。周囲の人々が悲鳴をあげながらひしめき合う。嗅ぎ慣れない焦げ臭い匂いと、遠くから聞こえるガラスの割れる音。何かが起きている、じゃなくて既に“起きてしまった”のだ。


「ひっ、うそ、何これ……!?」

「誰か助けて!」

ごった返す人の波をかき分けて、グレゴリーが懸命に騎士団員へ指示を出している。床に崩れ落ちた来賓たちのうめき声が上がるたび、鋭い赤の閃光がさらに大きくうねる。どう見ても、あの鏡面装置が原因だ。


「やっぱり居るね、黒幕さん」

私は吐き捨てるように言い、強烈な耳鳴りを振り払った。そのとき、会場の隅に黒衣の人影が立っているのに気づく。全身を深い布で覆い、顔の下半分さえも隠している。スペイラ。本当に来ていたわけね、変態糸目モンスターめ。手には、まるで心臓のように脈打つ“ルビスパーク”が握られている。私たちが必死で捜していた元凶が、こんなにもはっきりと目の前にぶら下がっているなんて皮肉。


「皆さま、恐れることはありません。すぐに、もっと素敵な景色をお見せしますわ」

スペイラが柔らかい声で囁いた瞬間、彼女の周囲を取り巻く赤い光が渦を巻いた。ぞわっとする嫌悪感が肌に貼りつくようだ。パニックを起こしていた周りの人々が、一斉に痙攣したみたいに動きを止める。え、まさか全員、幻覚に取り込まれたの?


「試したいなら勝手にどうぞ、でもそれを観客全員に強要するのはやめてくんない?」

私が思わず毒づくと、スペイラは薄く笑った。そちらへ飛びかかろうとした矢先、まるで私の動きを読みでもしたかのように、鏡面装置が爆発的に赤い光を発生させる。膜をぶち破るような轟音が響き、真っ赤な雷が舞台上を駆け抜けた。


「あぐっ……!」

胸にガツンと衝撃が走り、息ができないほどの痛みが走る。膝をつきそうになるのを必死で堪えながら、頭を振って視界を取り戻すと、フィリスが額を押さえこんでしゃがみ込んでいた。彼女の額あたりにぼんやりと血の模様が浮かんでいて、闇色の光の筋が身体を包むようにのたうっている。爪を立てられたみたいに痛ましい光景だ。


「フィリス、だめ、そこで意識手放したら絶対帰ってこれない!」

慌てて駆け寄ろうとすると、横からエランが飛び出した。顔面蒼白で、ふだん余裕ぶっている彼とは思えないほど必死。けれど、フィリスの周囲には見えない壁があるかのように、半歩も近寄れない。エランが腕輪を押さえて力を込め、何か封印術らしきものを試みている様子。でも、スペイラが既に術式を上書きしたのか、黒い光が弾けるように拒む。


「エラン、退いて! むちゃするなら、ちゃんと協力なさいよ!」

私が叫ぶと、彼はその子供っぽい拗ね顔をする余裕もなく、辛うじて視線だけ合わせてきた。まったく、嫉妬して頬を膨らませてるのも可愛いかもしれないけど、今はそれどころじゃない。


ゼオンが鏡面装置を指さして合図を送ってくる。なるほど、フィリスを直接助けるより、まずは“発信器”を止める方が早いってわけね。こっちはこっちで、スペイラが構築中の呪文をどうにかしなきゃ。案外シンプルに見えて、仕組みを理解すれば崩せるかも。赤い光が暴れ狂うたびに、背筋は凍りそうだけど。


「ルビスパークは、鏡の内部装置と共鳴してる。この変な周波数を逆転させればいいんじゃないの?」

ゼオンと即席で言葉を交わし、練習どおりの補助魔術を展開する。魔力をあちこち引っ張って、強制的に位相をずらすのだ。短時間勝負だから失敗したら大爆発するかもだけど、ここで腰が引けてたら話が進まない。


「ミオ、いくぞ!」

「わかってる!」

私たちは同時に呪文を唱える。頭の中で公式を組み立て、一か八かの計算を叩き込むと、バチン!という音がはっきり聞こえた。鏡面装置が一瞬、うねりを上げ……次の瞬間、赤い光の奔流が怪しく揺れる。よし、あと少しで制御できる!


「そこまで邪魔をしてくださるなんて、許しません!」

スペイラは烈火のごとく叫び、ルビスパークをさらに高く掲げる。その刹那、空気がゴリゴリと押し潰されるような圧迫感。まるで工房全体がひしゃげるんじゃないかと錯覚するほどの力が襲ってきた。体内をかき回されるような不快感に歯を食いしばる。


「うっざい! 消えてよ!」

私も負けじと、もう一段魔力を解放する。頬を引きつらせながらゼオンが苦笑しているのが見えた。どうやら余計なパワーが乗ったらしい。でも関係ない。こっちも命懸けでやってんだから!


「フィリス、目を開けて! お姫様役を降りるなら今しかない!」

叫ぶと、フィリスの瞳がかすかに開く。同時に、エランが腕輪を押し当ててぐいと力を込めた。派手な閃光が走り、周囲の赤い魔力がビリビリと弾け散る。スペイラが嫌そうに身を引いた瞬間、ようやくフィリスを拘束していた残響がスッと溶けるように消えた。


「くっ、これ以上の干渉は得策ではないわね」

スペイラは殺気をにじませる瞳で睨みつけ、それでも形勢が悪いと判断したのか、走り書きのような呪文を呟くと一気に後退した。彼女の背後に漆黒の穴みたいな隠れ通路が開き、煙とともに姿を消す。何よ、やりたい放題やっておいて逃げるの?


とはいえ、鏡面装置は制御不能な状態で暴走を続け、もう見たくもないほどやかましい爆音が響いている。床も壁もめちゃくちゃだ。柄にもなく胸がドキドキして、このまま飲み込まれるかもって思ったけど——。


「もう少し、あとワンステップだけ!」

ゼオンが仕上げの呪文を唱え始める。私も集中を切らさない。計算は合ってる、出力に誤差はない。そう確信した瞬間、鏡面装置の中心部がひび割れを起こし、最後の赤い光がバラバラに砕け散った。衝撃で小さな破片がパリンと音を立てて落ちる。その破片に映っていた血のような輝きも、嘘みたいに消えていく。


一瞬の静寂。やっと、終わったんだ。


顔を上げると、足元に膝をついているエランがいて、私をじっと見つめていた。整いすぎた顔が憔悴していて、何となく色気さえ漂っているのが腹立たしい。まあ、そのおかげで助かったのは確かだから感謝はしておこう。でも、あとで「ゼオンと協力すんじゃねえ」みたいな拗ね方をされそうで嫌だな。


フィリスはまだ呼吸が乱れているが、意識はあるみたい。グレゴリーはすぐ駆け寄って彼女を助け起こした。ほっとしたのも束の間、周囲を見渡せば、崩れた床や横たわる来賓たちの姿が目につく。これが錬金工房の“研究成果の披露”だなんて、悪夢にも程がある。


「今度こそ、本当にトドメを刺しに来るわね、あの女」

スペイラを取り逃したのは痛いし、ルビスパークも完全には消滅していないかもしれない。まだまだ終わりじゃない。だけど、このまま引き下がるなんて性に合わない。


「そろそろ王宮の深い闇とやらを見に行こうか」

山積みの瓦礫の中でゼオンがそう呟き、脇で倒れこんでいたエランが苦い表情を浮かべる。フィリスは小さく頷き、私に視線を送ってくる。私も黙って頷き返した。今度は逃げない。徹底的にやる。そして、もしこの先に私の自由を脅かすものがあるなら、喜んで壊してやるんだから。


血と赤い光が支配していた悪趣味な“錬金ショー”は、ようやく幕を閉じた。でも、胸の奥をざわつかせるこの予感からすると、ここから先こそが本当の地獄かもしれない。もっと派手で、もっと危険で、もっと面白い闘いが待ち受けてる。そう思ったら、少しはワクワクしてもいいでしょ? さあ、やるべきことは山ほどある。あの黒い影に、二度とこんな真似はさせないために。私は歪んだ空気の残滓を吹き払うように、大きく息をついて、次の一歩を踏み出した。

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