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深紅の幻影と錬金の迷宮 1

工房の正門前まで来た瞬間、いきなり鼻をつんざくような薬品臭が襲いかかる。むせ返るほどなのに、これが「いつもどおり」とかどんな環境なのよ。私のすぐ横で、ゼオンが「ああ、芳しい。この刺激こそ創造の源だね」とかご満悦の様子。まったく、研究者の嗜好ってスゴいわね。普通の人が逃げそうな臭いを「名香」みたいに語るんだから。


正直言って、最近の一件できれいさっぱり懲りたはずなのに、またこうして現場に足を突っ込まなきゃならないのは運命の皮肉というか何というか。今回の悪趣味な主役は“ルビスパーク”とかいう赤い結晶と、それをメインとして披露される「錬金工房の新技術」ですって。華麗に見せて実はホラ、裏でロクでもないこと企んでるパターンじゃないの? 何か爆発とか幻惑とか起こったら、私は全力で帰りますからね。――いや、帰れるんだったら苦労しないか。


「ミオ、いよいよだな。心配なら引き返してもいいんだぞ?」

そんな白々しい冗談を飛ばしてくるのは、言わずと知れたエラン。右腕に巻かれた包帯が痛々しいのに、顔だけは涼しいフリしている。ああもう、こっちが思わずいたわってほしくなるくらいの“演技派美男”ぶり。つい先日まではノタ打ち回ってたくせに。どんな速さで回復してるのやら。


「引き返すならアンタを肩に担いで病院送りにしてからね。……ってか、その腕だって万全じゃないでしょう。大丈夫なわけないじゃない」

こっちは本気の忠告なのに、エランは唇の端をちょっと上げて、「嫌なら無理やり看病してくれればいい」とか言う。ああ、もうほんとにタチ悪いわね。病人のくせに弱味を見せないどころか、どことん意地悪してくるんだから。


工房の受付には、すでに貴族やら使節やらが豪華な衣装で列を作っていた。まるで新商品の発表会か何かみたいにキラキラしてるけど、私は違う意味で胃が痛い。無事に終わる確率、正直どれくらいよ? さっきから「倉庫で人影が」とか「赤い光が漏れた」とか不穏な噂を小耳に挟むたびに、頭の中で警報が鳴りまくりなんですけど。


「ごきげんよう、ミオ殿下――ではなく、ただのミオさん、かしら?」

背後から軽やかな声が聞こえて振り返ると、そこにいたのはフィリス。王族の衣装を人前で堂々と着ているけど、その視線には覚悟めいたものが宿ってる。前より少しだけ顔色が良くなったようで、胸をなでおろす反面、「また妙な魔術に狙われたりしないかな」とヒヤヒヤが止まらない。


「何よ、その含みのある言い方。私のほうこそあいさつは苦手って言ってるのに」

軽口を叩くと、フィリスの眉がぴくりと動いて、でも小さく息を吐いた。前みたいな険悪ムードではない…かもしれない。彼女も彼女でいろいろ乗り越えたせいか、少しだけまともな会話ができる雰囲気。ま、これも人類の進歩ってやつ?


グレゴリーが後ろから「本日はどうか穏便に」とぼそり。どれだけ私たちがトラブルメーカーに見えてるのか、言わなくても分かる。とはいえ、こっちだって好きで波乱を引き寄せてるわけじゃない。


会場に足を踏み入れると、職人らしき人たちが並んだ実験器具を調整していた。大きなガラス製の円柱には、赤い液体がぼこぼこ泡立ち、まるで生き物みたいに蠢いている。いやな予感しかしないんだけど。


「ねえ、あれってやばい代物なんじゃないの? 似たような方法で使われた毒を前に見た気がするんだけど」

私がゼオンにヒソヒソ尋ねると、彼はニヤリと唇を歪め、「さあね。何に使うんだろうね」と気楽に返す。本当は口が裂けても言えない情報でも持っているんだろうけど、確証をつかむまではしゃべらないタイプ。困ったけど頼れる研究バカ、か。


ふと、私の横を通りがかった工房の職人が、ぎろりとこちらを睨んで通り過ぎた。私が警戒の目を向けると、エランが「どうした?」と小声で聞いてくる。別に確信はないけれど、背中に嫌な寒気が走る感じ。スペイラの配下か、それとも全然違う刺客か、とにかくこの金属光沢漂う工房内には“人が倒れた”とか“物が盗まれた”という噂が絶えない。落ち着けミオ、少し観察を続けるのよ。


やがて、澄ました顔をした貴族たちが一列になって魔術の実演ブースに移動を始めた。司会者が、例の赤い結晶――ルビスパークについて、まるで宝石の輝きを讃えるかのように紹介を始める。だが、端々に「本日、特別に」(特別って言うけど、盗まれたというウワサがあったでしょ)とか「安全対策は万全」(ほんとに?)とか、疑わしいフレーズが並ぶ。これ、いかにも爆発フラグが立ってる。


私たちもそれに倣って階段を下り、箱型の舞台が見渡せる位置へ移動。工房の中心部には巨大な鏡面装置が据えられており、そこから奇妙な魔力の揺らぎが感じられる。誰がどう見ても一抹どころか一斗缶ほどの不安があるのに、なぜか誰もが作り笑いのまま開演を待っている。この空気、嫌いじゃないわ。緊張と高揚が入り混じって、劇場型の危うさが漂うところが、私の性に合ってる。


「まあ、うまくいくといいですね」

隣でフィリスが、したり顔でそうつぶやく。彼女も結構肝が据わってる。あの闇夜の洗礼をくぐった王家の娘だもの、今さら泣き叫んだりはしない、か。


すると突然、壇上の装置がギギッと軋みながら上下に動き始めた。赤い結晶が暗い光を放ち、最前列の貴族婦人たちが「まあ!」と歓声とも悲鳴ともつかない声を上げる。その直後、ゴォッという熱波とともに、ばちばちと火花が横に弾けた。ほら来た! まさか俺たちの想像以上に派手に暴れてくれるんじゃないでしょうね!?


「皆さん、落ち着いて! この装置は完全に制御され……ぎゃっ!」

司会者が叫ぶ間もなく、天井近くで怪しげなシンバルのような金属音が轟き、まるで何かが大跳躍したかのように空気が震えた。次の瞬間、あちらこちらで悲鳴が上がる。赤い光が飛沫のように散って、あちこちで鉱石の破片が弾け飛んだ。


「やだ、最悪! やっぱりこうなるのね!」

叫びながら私は身を屈めて、グレゴリーがサッと前に立って防御の体勢を取る。エランは素早い動きで私の腕を引っ張り、鏡面装置から離れさせようとするが、その動線を塞ぐように現れたのは、見覚えある黒ずくめの影。スペイラ――なのか? 一瞬見えた横顔と髪の揺れが、まさにあの女官上がりの邪悪イントロを思わせる。


「そこを退いて! ふざけてる場合じゃないわ!」

私が怒鳴ると、影はシッと指を突き出し、装置の奥へと生気のない視線を投げかける。赤い光がさらに拡散し、まるで血走った瞳が壁を這うように錯乱の波を広げていく。


――ドクン、と私の心臓がやけに大きく鼓動する。これって、前にも感じたイヤな予感。また幻惑系の術式か? ああもう勘弁してよ、せめて一日くらい平和に暮らさせて! わかってるわ、叫んだところで逃れられないんでしょう?


「ミオ、ここは俺が先に行く!」

エランがそう言って身を翻す。まったく怪我人のくせに、一番キツいところへ突っ込むとか正体バラす気? ――いや、今は細かいこと気にしてる暇はない。私だって退くわけにいかない。前世の知識だかなんだか知らないけど、これだけは言えるわ。次々襲いかかる災厄に打ち勝たなきゃ、せっかくの自由なんてあっという間に吹き飛ぶんだから。


鏡面装置の表面に映る私の顔は、けっこう凛々しいかもしれない。だけど内心はヒヤヒヤ最高潮。にもかかわらず、なぜか高揚感が込み上げてるのも事実。いいわよ、上等じゃない。ここで逃げるくらいなら、悪役令嬢まっしぐらで結構。私は私のやり方で、この工房の闇とやらをひっくり返すわ。


この赤色の光ごと、全部まとめてぶっ潰して、きれいサッパリ決着させてあげる。私が自由であるための戦いが、また始まる――まったく不本意だけど、ちょっと楽しみなのも否定できないのが困りものだわ。これが私の性分なんだから、仕方ないじゃない。さあ、いっちょ派手にやってやろうじゃないの。どうせなら、思い切り燃え尽きるほどの“次の一歩”を刻んでやるんだから!

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