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虚飾の夜宴と揺らぎの代償 5

正直言って、いま私がいるこの大広間――というか、かつて大広間だった場所――は、もう「どこから片づけたらイイんだろう?」ってレベルの修羅場になっている。さっきまでミラーボール代わりの豪華シャンデリアが、ふんわり光輝いていたはずなのに、今や飾りカケラがあちこちに散乱。そして妙に生々しい焦げ臭さが漂ってる。残念だけど、これがぜーんぶ例の呪詛の名残。まったく迷惑きわまりないわ。


「はいはい、向こうの負傷者は廊下の仮救護所へ! そこ通れない? じゃあそっち回って!」

あっちからもこっちからも、騎士の怒号やら医療班の大声がケレン味なく響き渡る。ド派手な夜宴が一瞬で惨劇会場に変わったのは、もちろんスペイラのおかげ――いや、おかげなんかじゃないわ。おかげでこっちは足元が血の海の物理バージョンと魔の残滓バージョンで二重に歩きにくいっていう最悪のコンビネーション。踵の高い靴を選んだことを、心底後悔してる。


ほんの少し離れた場所では、フィリスがグレゴリーに支えられながらフラフラと歩いている。その姿を見たら、どこか哀れにも思うけれど、私の胸に湧く感情はそれだけじゃない。夜宴の華やかさを全部ぶち壊した上に、彼女をまたも闇に引きずり込みかけた呪詛の正体は結局のところ“王家の血”を狙ったものらしい。でも、その辺の詳細はまだ霧の中だ。フィリス自身も唇を噛み締めて、何か言いたげだけど何も言えないまま。うーん、ヘタを打つと伏線が絡まりすぎて、一生解けなさそうなんだけど……ま、慎重に手を付けるしかないわね。


「とりあえず、あっちは大丈夫そうね」

ちらりと視線を送って、私は息を吐く。あっちはあっちで、また何か企んでそうだけど、あれでも自分の足で立ててる以上はまだマシ。こっちが本題。そう、エランだ。私が最優先で守りたい(と勝手に決めてる)あの天邪鬼の“試金石”が、いま大変よろしくない状態だってのに、当の本人は変に強がるから余計に手がかかる。


「ミオ…あまり寄るな。俺が汚れてしまうぞ」

呟いたエランの声はかすかにかすれて、いつもの調子からほど遠い。それなのに口調だけはいっちょ前に“余裕あるフリ”とかするから、イラッとするんだから。さっきよりは血の気が戻ってるようだけど、頬はやけに白いままだし。


「ハイハイ、ご立派な王宮一の色男様は、おけが人扱いされるのが気に食わない、と」

わざと皮肉っぽく言うと、彼はほんの一瞬だけ眉をひそめ、それから何か言いかけて黙った。どうせ“おれは皇帝に報告する義務が”とか、“今すぐ立ち去らねば”とか言い出すんでしょ。だけど、残念ながら腕輪に走ったヒビがまだ小刻みに魔力の痛みを引きずってる。立ち上がったらまたズルっと血が出るかもしれないわよ。ミオちゃんからは全力で止めさせてもらいます。


「今は動かないで。このあと腹立たしいほど色々と事情聴取されるわけだし、さっさと治療を受けときなさい。それとも、むしろ剛速球で皇帝に“わたくし、半死にでーす”って報告する気?」

「……それはご勘弁願いたい」

エランが苦笑いする。ほら、こんなに素直に引き下がるなんて珍しい。でも大丈夫、どうせ後でふてくされるんでしょ? ああ、いっそ可愛いほどわかりやすいじゃない。


ま、彼の愚痴を聞く前に片づけるべきことが山積み。かたわらではゼオンが、上機嫌なのか無表情なのか分からない感じで、「スペイラの逃走ルートが地下へ続いているらしい。実に興味深いね」なんてほざいている。すぐにでもリサーチしたいだろうけど、変態研究者の血が騒ぐのはわかるけど、今はさらに深追いしたら再起不能コースじゃないの? その辺のデリカシーは期待しないほうがいいか。


スペイラが闇の組織に舞い戻ったのはほぼ確実。“古代魔術の強化”とやらを再開するつもりらしいけど、今後どんな作品――いや、どんな陰謀を生み出してくるのか想像するだけでも寒気がする。宝玉を砕きはしたものの、今回の顛末でさらにアイツに恨みを買ったかもね。こんなスリル、オタク気質の私でさえ「少しは平和をくれ」と嘆きたくなる。


「それにしてもスペイラが残した痕跡、これだけじゃ不明点ばかりだ。例の血文字をもっと詳しく解析しないといけないな」

ゼオンがぼそりと呟く。あの血文字、見た目はただの禍々しい落書きみたいだったけど、実際は相当やばい代物らしい。フィリスをあそこまで追い詰めた以上、もっと体系的な魔術理論が絡んでそう。私の前世知識を総動員しても、即席の理解でどうこうなる問題じゃない。やれやれ、勉強し直すのは嫌いじゃないけど、命の危険とセットとかイラつくわ。


「ミオ、これからどうする?」

グレゴリーが物腰低く問いかける。フィリスの護衛を最優先したい彼にしても、今度の呪詛なんかは無視できない状況なのは明らか。私とゼオンが古代魔術の解析役として期待されてるのも、それはもう分かってる。“ああやっと落ち着いたわ”なんて言う隙は、微塵も与えられないらしい。


「地下書庫で禁断の術式を改めてチェックするの。あの呪詛と一致する部分が見つかるかもしれないし。あと血文字の布片もサンプルとして集めるわ」

「確かに、そうするしかないな。フィリス殿下や他の貴族たちも巻き添えにしないようにするためだ」

面倒くさいけど宿題山盛りってわけ。もはや放課後のクラブ活動どころじゃない。人生かかってるクラブ活動ってどんなブラック部活よ、と内心ツッコミつつ、私は肩をすくめる。


そんな私の袖をぎゅっと掴んで離さないのが、言わずと知れたエラン。腕輪の呪いを抱えながらも「人の手を借りられるか」とか言って潰れたプライドを意地で保ってるのが透けて見える。「あんまり無茶するなら途中で縛り付けるわよ」と耳元で囁けば、「それも悪くはない」とかいう呆れた返しがきた。なんなの、この束縛プレイ願望。ちょっと想像して笑ってしまうじゃない。


「とにかく、今は休んで。ちゃんと治療を受けてから動くのよ。妙に張り切って無理するのやめてって言ってるの、わかる?」

じろりと睨むと、エランは気まずそうに視線を伏せた。さすがに『あの晩』の強行突破でダメージを食らった自覚があるのか、言い返す声も弱い。いいわ、そうやって素直に私の言うこと聞きなさい。いつも憎まれ口叩くくせに、こういうときだけ静かに言うことを聞くとか、どんだけギャップ萌え狙ってんのよ。


そういえばフィリスも、先ほどグレゴリーと少し言葉を交わしていた。表情から見て、何か決意めいた空気。あの子なりに“王家の宿命”と対決しようと腹を括ったっぽい。前は怯えるばかりに見えたけど、今回もギリギリ踏みとどまれたんだから、そう簡単には折れないだろう。まあ、仲良しこよしとはいかないけど、協力し合う関係ぐらいにはなれる可能性も…あるのかも。変なライバル心とか抱かれなければいいんだけど。


「全部が片づいたわけじゃないわよ。この夜宴の後始末もかなり時間がかかるだろうし、呪詛の影響調査も待ってる。でも、ここで諦めたら次の一手で完全に詰む。私はまだやりたいことが山ほどあるんだから、負けてあげるつもりはないわ」

自分に言い聞かせるように宣言すると、ゼオンがニヤリと笑う。相変わらずタチの悪い、でも頼れる同僚って感じだ。


「ふふ、いいね。では僕もスケジュールを組み直すとしよう。何しろ闇の実験を続けるスペイラの次の企み、ぜひとも拝見したいからね」

「あなた、ほんとに性格悪いわね」

ばっさり貶してやったのに、まったく堪えていない風なところがイラつく。でも、こういう取り組み方でどんなにピンチを招いても、最終的に突破口を見つけるのはゼオンの執念じみた研究力だったりするから、文句を言うのはやめておこう。嫌なヤツでも有能なら仕方ない。


こうして、半ば強引に大混乱の決着を“当面の収束”としてまとめあげ、私たちは次なる行動を取るしかなくなった。夜宴は急きょ散会、貴族たちはあらかた屋敷へ引き上げ、王族関係者は各々の部屋で待機。フィリスは医療班の集中看護へ。エランは不本意ながらしばし安静。ゼオンは地下書庫へ突撃準備。グレゴリーは警護計画を再構築。私は――もちろん、前世の知識と魔術の合わせ技で、やるべきことを片っ端から洗い出す。スペイラの野望を再び叩きつぶすために。


「さーて。一息ついたら、今度はどんなトラブルが待ち構えてるのかしらね」

疲労でクラっとする頭を振りながら、私の唇には自然と歪んだ笑みが浮かんでしまう。こぼれる苦笑いに隠せない高揚感。それはきっと、“今度こそギャフンと言わせてやる”っていう私の性格の悪さの表れでもあるんだろう。あんな呪詛に好き勝手暴れられてたまるものか。自分の研究欲求だってまだまだ満たしきれてない。エランにも、フィリスにも、そしてこの国の闇にも――全部ひっくるめて、白旗をあげるつもりは毛頭ないわ。


夜宴の後始末が終わる頃には、華やかだった装飾は灰色の破片に変わっていて、誰ひとり笑顔なんか見せない世界になるかもしれない。それでも私は、やれるだけのことをやる。悪役令嬢? 好きに呼べばいいけど、私は私の魔術を使って自由に生きたい。こんなところで終わってたまるもんですか。


――こうして、崩壊寸前の夜の残滓を足で踏みしめながら、私は次の闘いへ向かう。ひび割れた月光の道でも、引き返すわけにはいかない。どんな後味の悪い夜宴でも、幕を閉じればまた夜は明けるのだ。次に来る夜がどんな阿鼻叫喚だろうと、遠慮なく叩き潰してやる。だって私には、続ける理由も、守りたい仲間も、そして何より――世界を塗り替えるだけの好奇心があるのだから。

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