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虚飾の夜宴と揺らぎの代償 3

ざわめきに包まれる大広間は、まるで大河ドラマのクライマックスを一気に詰め込んだかのように豪奢で騒々しい。跳ねるような楽団の音色を背景に、私は息を潜めながらフィリスを見守っていた。蒼白な顔をしているけれど、本人は「これ以上逃げはしないわ」と意地でも踏ん張っているらしい。その心意気は立派。ただし、あからさまに嫌な胸騒ぎがどんどん強くなるのはいただけない。


ああ、もう。こんなに派手な舞台セットはいらないんだけどな、と毒づいていると、唐突に舞踏曲が歪むような妙な現象が起こった。視界の端――フィリスの足もとに、黒い墨汁がじわりと染み広がったような影。えっ、何これ。声にならない疑問が脳内を駆け巡った次の瞬間、黒い濃霧が一気に広間を覆い始めた。ガラス細工のシャンデリアが軋みを上げ、貴族らの驚愕に満ちた叫び声が重なり合う。


「まずい…!」と誰かが叫んだ。けれど、すでに会場は異形の世界と化している。妖しい球体のような光が浮かび上がったかと思えば、次々に幻影が踊りはじめ、貴婦人たちは失神寸前。呑気にナンパしていた坊ちゃんも腰を抜かして情けない声をあげているのが見える。フィリスは頬を刻む冷汗を拭えず、苦しげに胸を押さえていた。


私はあわてて彼女のもとへ駆け寄ろうとするが、不気味な力がフィリスを囲うように立ち塞がる。「ちょっ、病み上がりをいじめるとか最低だろ!」と思わず悪態が口をつくが、謎の混沌は答えなどくれない。すると――

「下がって!」

聞き慣れた声。振り向けば、エランが腕輪を押さえ、苦痛に顔をゆがめながらも力を解放していた。ビリビリと迸る光の衝撃が黒い幻影を退け、あちこちで悲鳴をあげていた貴族たちはようやく正気を取り戻す。もっとも、その余波でエラン自身は肩から血を流し、いかにも痛そうな顔をしているのだけれど。


「エラン、無理しないで!」と駆け寄った矢先、再びフィリスの身に異変が起こる。彼女の瞳がどんよりとかすみ、耳を塞ぎたいほど苦しげな声を漏らしていた。まぶたの裏に深い闇を引きずり込まれたかのような、そんな絶望的な気配がして鳥肌が立つ。まずい、完全に幻術にはまっている。どうにかしなくちゃいけないのに、足元の黒い影がうねるたびに、私は思考を削られていくような感覚に襲われた。


「ミオ! 宝玉だ!」

離れた所からゼオンが叫ぶ。そうだ、あの離宮の布片や手紙には“幻影を増幅させるための核”らしき記述があった。これだけ派手に暴れているんだから、どこかにその核があるはず。私は必死に目を凝らし、混乱の只中に埋もれた輝きを探す。すると、宴の後ろの壁際――暗がりのテーブルの上で、不自然に鈍い紫光が瞬いているのを捉えた。


そこに走り寄ろうとした瞬間、舞台袖から黒いローブの人影がすっと飛び込む。ぱっと見、あの不吉な女官姿にしか見えない。それも、噂で耳にしていたスペイラとそっくりの容貌だ。呪詛の刻印が腕に浮かんでいて、ただならぬ気味悪さが全身から匂い立っている。彼女は嘲るように唇を歪めると、私とエランに向かって鋭い負の衝撃波を叩き込む。まるで骨の芯まで抉るような痛みが走り、私は後ろへ吹っ飛びかけた。


「ぐっ…!」

それでも踏みとどまったエランが身を挺して私を抱きしめる形になり、またしても血を吐きそうなほどの苦痛を引き受けてくれる。ちょっと待ってよ、あなたにはまだ使い道があるんだから、こんなところで倒れてもらったら困る。何やってんのよ、と胸中で毒づく一方、顔には出す余裕がない。


スペイラは目を細めてフィリスに視線を送り、耳障りな笑い声をあげる。「王家の血をもっと解放できれば、こんな生易しい幻じゃなくても……」と、やたら楽しそうに呟いている。悪趣味、この上ない。まさか本気でフィリスを実験台にするつもりか。ありえない。私の中で怒りが沸き上がる。


私は必死に頭を回転させ、前世の知識とゼオンから盗み聞きした魔術の解析を総動員。おそらくあの宝玉とスペイラの呪詛が組み合わさって、フィリスの幻術を強制的に深くしている。ならば、核となる宝玉を打ち壊せば逆転可能――だが、スペイラの警戒にも対処しなければならない。正面からぶつかれば、こっちの命がいくつあっても足りない。


「ミオ、早く宝玉に干渉しろ!」

ゼオンの声が飛ぶ。ええ、分かってるわ。でもどうやって? 一瞬だけ迷ったが、私には覚悟を決める他なかった。もう取るべき最終手段を使うしかない。解析した古代魔法を、自分なりに反転させる。ある意味で無茶苦茶だけど、やらなきゃフィリスはこのまま飲み込まれてしまう。


私は床に手をつくと、細かい図形を頭の中で組み上げ、一気に呪式を発動させた。「こんなにド派手にやるなんて、嫌でも注目浴びそうだわね」と半ば自嘲気味に思いながら、まばゆい光の奔流を宝玉へぶつける。同時にスペイラが腕を振り上げ、黒い棘のような呪詛をエランと私に向けて放ってきた。ひい、それって当たったらアウトのやつじゃ――


「……っ!」

エランはもはや限界寸前のはず。なのに、私を庇いながら前へ踏み込み、二度目の反撃を押し返す。腕輪が悲鳴を上げるように震え、彼の唇からは血が伝う。私だって、ここで引いたら救えない。全力全開で「反転術式」を叩きつけた。


轟音にも似た閃光が走り、宝玉が砕け散るような響きが大広間にとどろく。スペイラは必死に宝玉を引き寄せようとしていたが、反動でバチバチと弾かれ、いかにも不本意そうな表情のまま、その姿が煙のごとく揺らいで消えていった。まったく往生際が悪い。絶対まだ仕掛けてくるに違いない。だけど、今はとにかくフィリスだ。


視界を戻すと、フィリスは床に膝をついて荒い息をしながらも、何とか気を失わずに踏みとどまっていた。肩に手を置き、私が声をかけると、彼女の瞳がようやくほんのわずかに焦点を結ぶ。どうにか最悪の事態は免れたらしい。周囲の人々も混乱から徐々に解放され、息も絶え絶えになっているのが分かる。


そのとき、どさりという重い音がして、エランが私のそばに崩れ落ちた。心臓が冷たくなる。「ちょ、嘘でしょう!」と駆け寄ると、彼は頭をかすかに振って、私の名前を呟く。完全に意識が途切れる前の最後の抵抗みたいだ。どうしよう、血の気が一気に引く。少なからずやばい傷を負ってるのは間違いない。


「ちょっと、あなたにもしものことがあったら…面倒なんだからね!」

自分でも訳の分からない啖呵を切りながら、私はエランを抱き起こす。彼の息は浅いが、何とか生きてはいる。安堵と焦燥が入り混じり、頭がぐらぐらする。ゼオンが駆け寄って「医療班を! 急げ!」と叫んでいるのが聞こえた。


こうして地獄絵図になった夜宴は、最悪の形で幕を引いた。シャラシャラとシャンデリアの破片が落ち、倒れこんだ貴族たちは騎士たちに担がれて順次退場していく。呪いの活性源である宝玉は破壊したものの、スペイラは依然逃亡中。フィリスはかろうじて助かったけど、その内幕にはいっそう重い影が落とされている。


「決着は、まだ先になりそうね」

震える声で吐き捨てた言葉は、空虚に広間へ溶けていく。一つ救うのにどれだけの犠牲を払うんだろう――そんな疑問が頭をもたげる。でも、終わりではない。スペイラの執着ぶり、そして王家の血に秘められた謎が解けないままじゃ、今回の騒動だっていつ再燃してもおかしくない。


胸の奥に鈍い痛みを抱えながら、私は息を飲む。ひょっとして、これまで以上に厄介な荒波が続くんじゃないか。だけど今は、まずエランを助けなきゃ。血を流しつつ倒れている“試金石”を放置なんて、私の良心が許さない。フィリスのそばで膝をついているグレゴリーも、その表情に深いため息を滲ませている。


「――本当に、最低で最悪の夜だったわ」

喉がひりつくほどの疲労感を感じつつ、私はあえて言葉にする。声が震えていても、自分を奮い立たせるには必要だった。このドタバタ大惨事を、つまらない悪夢に終わらせたくはない。どうせなら、最高に胸アツな仕返しをしてやるわよ。誰かさんに依存させるだけじゃなく、自分の意志で真相を暴いてみせるんだから。


満身創痍の仲間たちの姿を確かめて、最後に一度だけ息を整える。どうせ次の幕が近いうちに開いてしまうのは分かりきっている。それならば、こちらとしても早めに準備を整えるだけ。心臓がばくばく煽られているけれど、知的好奇心はむしろ加速している。私はエランの冷たい頬にそっと触れながら、次の戦いへの火を絶やすまいと強く誓うのだった。

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