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虚飾の夜宴と揺らぎの代償 2

王宮の大広間には、あいかわらずまばゆいほどの飾りが運び込まれ、周囲が「華やかな秋の夜会の準備が整いつつある」って浮き足立っている。けれど私にしてみれば、そんなきらびやかさはどうでもいい。というのも、離宮の地下室から発見されたという例の“血文字布片”が、嫌でも胸騒ぎを呼び起こしてくるからだ。


「やっぱり、気持ち悪いっていうのが正直なところね」

ひょいと顔を出したゼオンが、布片にルーペのようなものをかざしながらこぼす。どうやら古代語の走り書きがいくつか重なっているらしい。私からすれば腐った呪いのメニュー表にしか見えないけど、王宮魔術師としての彼は何やら有意義な手掛かりを抽出しようとしているようだ。

「性質上、前の幻術とは違う。精神を直接いじるタイプかな。これ、やけに凝ってるぞ…」

そうぼそっと呟く声に、背筋がさりげなく震えた。凝ってないものを作ってくれれば、こっちも少しは楽なんだけどね。


さらに気味が悪いのは、フィリス宛に届いた差出人不明の手紙だ。中には古代語の断片がペタペタと貼り付けられ、加えて妙な印がいくつも散りばめられている。ゼオンが検証したら、「精神支配」に関連する術式の痕跡がうっすら見えるとか。そんな薄気味悪い贈り物をもらってしまうフィリスも踏んだり蹴ったりだけど、あの子がおとなしくひきこもっているかといえばまったくそうじゃない。

「ミオ、今のところ夜宴を中止する指示はない。このままでは警備がザルとまでは言わないが、抜け穴が多すぎる」

グレゴリーが面倒くさそうに言い放つ。騎士団長としてはもっと厳重にしたいんだろうけど、上層部や王家の“祝いムード”がそうはさせてくれないらしい。本当に、おめでたいのは頭だけにしてほしいところだ。フィリスは快気したばかりだから無理しなきゃいいのに、今度の夜宴でどうしても公の場に出ると言い張っているようだし。


「僕、そんなに信用されてないの?」

ふと背後から甘えた声が聴こえて、思わず眉をひそめた。振り向けばエランが手を腰に当てて、私をじっと見下ろしている。なんでか目がちょっと拗ねてる感じなのは気のせいじゃないと思う。

「信用してないわけじゃないけど…あなた一人でなんとかできるほど、単純な状況じゃないでしょ?」

「ゼオンとばかり組んでるように見えて、嫉妬しちゃうよ」

「だから、そういう変な感情混ぜないでください。こっちは命懸けなの」

彼の独占欲が爆発寸前なのが横目に入るが、今さら気を使う余裕もない。布片からうかがえる呪いのシステムはえぐいし、フィリスのそばでも少しずつ怪しい現象が起きはじめている。そんな時にエランのご機嫌取りまでしろと言われたら、私のHPが真っ先にゼロになる可能性大だ。


「布片についてはある程度絞れた。すごく古い時代の呪法で、媒介が要る――血か、それに近い何かが必要らしい」

ゼオンが呆れた口調で現状を整理する。例によって王家の血は格好のターゲットになりやすい。ここ数日のフィリスの周辺で起きる不可解な音や冷気めいたものも、もしや本格的な呪詛への下準備なのか——考えただけで胃が痛くなる。


そのうえ今夜の夜宴は、貴族たちにとっては「待ちに待った豪華な舞踏会」だそう。群がる令嬢たちは「エラン様と踊れるかしら」「ミオ・フィオーレはもう落とされたって聞いたんだけど」とか好き勝手に話している。残念だったね、落としてもらったことは一度もないし、そもそも落とされたいと思ったこともないのに。はあ。こんな暢気な空騒ぎと陰鬱な呪詛が同居しているんだから、どう仕様もない世界だなあと改めて実感する。


「ま、黙って見てるわけにはいかないわね」

吐き捨てるように言うと、グレゴリーが「夜宴の段取りは変更できん。せめて人員を増やし、離宮周辺も警戒しよう」と短く頷く。エランは口を尖らせたままだが、腕輪に微かなノイズが走ったと教えてくれた。どうやら闇の力が少しずつ地下から滲み出しているらしい。


会場にはすでに華麗なランプと色彩豊かな花が並び、嫌でも目を奪われるほど絢爛たる姿を形作っている。踊り子や楽団も入ってきて、控え室からはドレスの裾がちらりと見える。そう、このまま夜に突入してしまえば、雑音にかき消されるように何かが実行される可能性は高い。

時間がない——もしかして、それこそが仕掛け人の狙いなのかもしれない。私が焦れば焦るほど、罠の真ん中に突き進んでいくようで嫌になる。でも、逃げるわけにはいかない。


「発動条件を特定できれば、先手を打てるかも。ゼオン、一緒に手紙と布片を突き合わせて呪式を解析しない?」

「もちろん。僕もここで後れを取るわけにはいかないからな」

ゼオンと目配せを交わし、ペンとメモを手に取る。グレゴリーは兵を散らして下調べを開始し始めた。エランは相変わらず「僕だって役に立つんだから」と拗ねモードを発揮しているが、頼りになる場面も多いはず。ここはひとつ、うまい具合に連携できるよう仕向けないと。


そうこうしているうちに、とうとう夜宴が始まるらしいという報せが届いた。今さら止めるとか延期とか、そんな話は夢のまた夢。キラキラした仮面とドレスを纏った人々がぞろぞろと大広間へ流れていくが、私の胸には重苦しい塊だけがずんと根を下ろしている。スイーツの甘い香りが満ちているのに、全然美味しそうに思えないのは明らかに異常事態だ。


「ミオ、準備はいい? 少しでもおかしな気配を察知したら、即座に知らせて」

ゼオンが真面目な表情で言う。私はこくりと頷き返す。どうせ華やかな仮面舞踏会に心踊らされるタイプじゃないし、むしろ探る側には向いているかもしれない。フィリスの無事を最優先に、敵が何を狙うか暴く。それが今回のミッションだ。


「じゃあ、いざ戦場へってわけね。バカみたいにドレスアップした人々の横をすり抜けて、ホラーなお使いに行くとは。とんだ夜遊びもあったものだわ」

苦笑いを浮かべる私に、エランは少し寂しげ——というか嫉妬混じりの瞳を向けている。何が気に食わないのかは分からないけど、この先に待ち構える呪詛やら策謀やらを思えば、甘ったるい恋愛劇に割ける時間はどこにもなさそう。だからこそ、彼も苛立ちを隠し切れないんだろう。

「ま、僕だってあなたを見捨てる気はないさ」

低く囁く声に、思わず胸がきゅっと切なく痛む。気持ちはありがたいけど、その言葉をどう受け止めるかはまだ決めかねる。とにかく私は、被害を最小限に抑えるため全力で走るだけだ。


こうして一触即発のまま、夜宴へ突入するカウントダウンが始まった。ああ、本当に困った夜になりそうだ。今度こそ無事に乗り切れるのかどうか。派手な舞踏曲の調べとともに、仮面の客たちが舞い踊るその裏で、血文字の呪詛がいまかいまかと牙を研いでいるのだから。

——でも、やってやる。誰かの悪意に囚われて終わるほど、私の知的好奇心と自尊心はやわじゃない。秒読みが始まる中で、私は思考を極限に研ぎ澄ませる。薄暗い闇の向こうに潜むスペイラの影を感じながら、夜の入り口で深く息をついた。


この夜、ただでさえ危険度マシマシの舞踏会に、いったいどんな悪趣味な花火が打ち上げられるのだろう。大丈夫、今度は立ち止まる余地すらないけれど、それこそが私のやる気を引き出す燃料になる。ほら、行くわよ——もう逃げ場はないから、全力で踊りましょうか。背筋にゾクゾクと走るこの感覚を、快感に変えるつもりで。

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