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虚飾の夜宴と揺らぎの代償 1

深秋の夜会なんて、ただでさえ肌寒いのに、ここ最近の雰囲気は凍えるどころじゃない。王宮の大広間が次々と飾り付けられている一方で、フィリス宛に届けられた怪文書によって皆の顔がこわばっている。赤いインクじゃなくて血の文字ってところが、いかにも気取った呪術師のやり口らしくて背筋がゾワゾワする。


「手紙の文面、サラッと見たけど、かなりぞっとするわね」

ゼオンが肩をすくめながら苦い顔をする。彼は王宮魔術師としてこの場を何とかまとめているが、今回の件じゃ分の悪い賭けを強いられそうだ。

「呪詛の一種だろうな。前回の幻術より性質が悪い可能性がある。少なくとも、対策を急がないと」

「やっぱりスペイラの仕業?」

茶化すつもりはないけれど、私の声にも自然と棘が混じる。あの女官が逃亡中だって話は聞いているが、姿をくらました割にはずいぶん積極的に仕掛けてくるらしい。とんだストーカー体質だわ。


つい先日、フィリスを巡る幻惑事件が終わったばかりなのに、こんな早々と次の波がやって来るなんて、やる気だけは認めてあげる。でもそのやる気を別の方向に使ってくれればみんな助かるのにね——なんてくだらない思考が浮かんでしまう自分もいやになる。


「僕の“試金石”ぶりに嫉妬してるのかな?」

斜め後ろからくぐもった声が飛んできて、振り返るとエランが不敵な笑みを浮かべていた。どうやら話を聞いていたらしい。彼は例によって周囲の視線を一手に集める美貌の持ち主で、王宮にうようよいる貴族令嬢たちがこぞってため息をつく存在だ。けれど私にとっては、やたら拗ねてみせる手間のかかる保護者みたいなもの。

「嫉妬? しないし。勝手に自惚れないでくれる?」

「そっちがそういう態度なら僕も遠慮なく絡むけど、いい?」

うわ、本気で目が据わってきた。これは怒りより不満レベルが高いやつね。デリケートで複雑な独占欲を発揮されると、なんとも言えない気まずさが湧いてくる。


「とにかく、今夜の夜宴では敵が何か仕掛ける可能性が高いわ。フィリスの快気祝いとはいえ、警戒を解く気はさらさらない。エランだって分かるでしょう?」

少し意地悪な口調で尖らせると、彼は「僕に頼ってほしいのに」とでも言いたげな瞳を揺らす。それを強引に誤魔化すように、私はついでにグレゴリーの方を見た。


騎士団長のグレゴリーは、その厳格そうな眉間にさらに皺を寄せている。どうやら部下への指令を次々と飛ばしている最中らしい。夜宴の警備が甘いとは思えないが、人間だって所詮ミスをする生き物だ。実際、前の事件だって一瞬の隙を衝かれてフィリスは深刻なダメージを負っている。

「団長、離宮の地下室で見つかった呪詛の布片って、解析は進んでいるんですか?」

「ゼオン殿に任せている。敵の書き置きが混ざっている可能性もあるとかで、どうにも嫌な予感がするが…」

そう言いかけたところで、グレゴリーは低く唸るような声を漏らした。いつも冷静な彼ですら言葉を飲み込むほど不吉だというのだろう。いやー想像するだけで気分が最悪。


「実はフィリス様が、今夜の舞踏会で王族として挨拶をする予定だそうだ。あの状態でどこまで無理できるか、私としても制止したいが…」

「本人が意地でも出席すると言ってるんでしょう? 彼女、見た目より気が強いから」

イベント嫌いの私からすれば無茶にしか思えないけれど、フィリスなりに王女としての責任感があるらしい。前回、あれだけ死にかけたのに懲りないというか、むしろ立ち止まることを恐れているようにも見える。

「王家の血を狙う輩がこんなに早く動くなんて、酔狂な連中だな」

グレゴリーが吐き捨てるように言った。私はその暗い口調に少々イラッとしながらも同感だ。まるで蜘蛛の巣にどんどん寄せられている気がする。


それでもいざ夜宴が始まれば、煌びやかな音楽とドレスの絢爛さに、こっちの神経が逆に浮ついてしまいそうだ。飾り付けは完璧、客の数も豪勢。しかも噂好きの貴婦人たちが私やエランの動向をひたすら観察している。中には「エラン様は夜宴の華」「ミオ・フィオーレはむしろお似合い?」なんて勝手気ままに話している一団までいるから、もうため息も出ない。

「そっちが勝手に盛り上がるのはご自由にどうぞだけど、今はそれどころじゃないんですけどね…」

思わず口から毒が漏れる。ああ、ほんと忙しい夜だ。


数時間後、やたら豪奢に整えられた大広間で、ダンスを楽しむ貴族たちの姿が目に入る。音楽が重なり合い、明るい笑い声が弧を描きながら宙に跳ねている。いつもの私なら、あまりに falsoファルソなその光景に鼻で笑ってしまうところだけど、今夜は少しだけ肌がチクチクする。

「来たね、僕たちも目立っちゃう?」

エランが私の腕を引こうとしたから、さりげなく払いのける。恋人役ごっこをしている場合じゃないわ。

「違うでしょ。ここで何が起きるか見張るんでしょ? 私たちに求められてるのは踊りじゃなくて対策よ」

するとエランは、拗ねた子どものように舌打ちしそうな表情になる。ごめんね、少しは相手してあげたいけれど、命がかかってる場面では優雅に踊る余裕はない。


そんなやり取りの真っ最中、突如会場の片隅がざわついた。そこにいたのは薄色のドレスを纏ったフィリス。まだ顔色は冴えないが、笑みを貼り付けるように必死に立っている。その姿に一瞬、拍手の波があがったが、同時に背後の椅子がきしむような不穏な振動が伝わってくる。

あたりを見回すと、遠くの壁際に奇妙な符の影がちらりと見えた。まるで血文字がうっすら浮かび上がっているかのようだ。心臓がひやりとした瞬間、フィリスの瞳が揺らいで、ぐらりと傾きかける。

「やっぱり…来たわね」

冷たい汗が首筋をたどり落ちる。ゼオンが私の背後で呪文の詠唱準備を始め、エランはシャンデリアの奥を睨んだ。そこに誰かいる——狙撃? いや、魔術方面の仕掛けに違いない。


フィリスが叫ぶように息を詰まらせたタイミングで、会場がふわりと揺れる気配に包まれた。床が歪むように感じられ、イルミネーションが怪しく点滅する。音楽も一瞬止まって場違いな沈黙が落ちる。まるで観客たち全員が悪い夢に引きずり込まれているようで、その表情から次第に血の気が失せていく。

「しまった、たぶん幻覚から精神支配に近い領域まで引き上げられてる。フィリスが陽動に使われたのかも」

ゼオンの低い声が私の耳に届く。何というか、とんでもなく嫌な予感が当たってしまったというわけだ。


「みなさん、落ち着いて! 走り回ると巻き込まれます!」

グレゴリーが怒鳴り声を上げるが、すでにかなえはひっくり返ってしまったようなもの。悲鳴が連鎖してドレスの裾がバタバタと乱舞し、そこかしこで人々が弱々しくしゃがみ込んでいる。華麗な舞踏会が一瞬で地獄図絵だ。


変形する空間の中、私はフィリスへと駆け寄り、その腕を支える。彼女の瞳はうつろで、さっきまでの意地っ張りな姿は見当たらないほど震えていた。

「しっかりして。あなたが意識を保たなきゃ、ここみんな巻き添えになるわ」

「ごめっ…か、体が動かない…!」

声がかすれて震える。その姿に胸がぎゅっと締まる。やめてよ、こんなところで心砕けるだなんて、絶対認めないから!


エランが素早く私の背後に回り込み、腕輪をかざす。それと同時に空気がピリッと弾ける。干渉を断ち切ろうという意志が伝わるが、もっと強い呪力が押し返してきているようだ。

「もう少しで抑えられる! でも完全には無理だ、この呪詛は…!」

苦悶の声を上げるエラン。まるで見えない触手が絡みついているよう。舌打ちしながら私も頭をフル回転させる。どうすればこの大規模な精神攪乱を止められる? ひとつ考えられるのは、再びスペイラが裏で糸を引いているという可能性。あの女が本気で王家の血を奪う気ならば、ここを終点になんてしないはず。


「ゼオン、何か作戦ある!?」

呼びかけるや否や、ゼオンは懐から小さな水晶球を取り出す。そして素早く呪文の陣を描き下ろし、その光を会場中へ拡散させた。

「応急処置くらいなら可能だ。ミオ、フィリスを守りながらあの壁際へ。そこに術式の核らしきものが見える!」

彼が指し示す先、赤黒くうごめく文字が密集しているのが分かる。なるほど、あそこが発生源の一部か。そこを封じればフィリスの症状も楽になるかもしれない。


「こんなのゲームのラスボス戦のはずでしょ? なのにこんなにしんどいとか、ひどい話!」

軽く罵声を吐きながら、私はフィリスを支えたまま壁際へ突き進む。魔力がバチバチと肌を刺すような感覚が広がり、どんどん心臓が重くなる。

それでも、負けるわけにはいかない。王宮の夜会なんて華やかな見せかけの虚飾にすぎないけど、それを踏みしだいてでもここで終わらせてやる。


ゼオンが水晶球を掲げ、エランが私とフィリスを庇いながら睨む。混乱の渦中で、私たち三人の息だけが奇妙に揃うのを感じた。慟哭のような悲鳴が音楽に代わって響き渡る中で、私たちは必死に立ち向かう。もう後戻りなんてしない。いま火花を散らしてでも、フィリスを救い、呪いを蹴散らす。それが私の選んだ道だ。


そして、もしその先にスペイラがいるのだとしたら、いい加減捕まえて震え上がらせてやらないと収まりがつかない。私の中で煮えたぎる闘志が、一時の恐怖すら呑み込んでいく。次の瞬間、闇を切り裂く光が激しく弾けた。世界中の音が消えたかと思うほどの閃光——それを合図に、まるで何かが断ち切られたように空気が静止する。


荒れ狂う夜宴。恐ろしい罠。必死の攻防。そして、暗闇の向こうにちらりと見えた細い影。あれは……スペイラ・ベルローズ? 今はまだ輪郭くらいしか確認できないが、確かな殺気に胸がざわつく。

「勝手に宴をブチ壊してくれてありがとう。でもこっちも覚悟はできてるんだからね」

心臓が震え、逆に吹っ切れたような痛快ささえ湧いてくる。しがみつく恐怖を引き剝がして、私はさらに前へと踏み込んだ。一瞬の光が闇を裂き、スペイラが揺らめいたその手元を見逃さないように——さあ、もう一歩だ。みっともなくてもいい、喘ぎながらでも進むしかない。


華やかな夜宴は今、地獄の舞台と化した。それでも私たちは諦めない。フィリスを守り、呪詛を砕いて、次の一手に繋げてみせる——そう強く誓いながら、昂ぶる心に鞭を打つ。たとえ暗闇に飲まれそうになっても、私たちはこの夜を超えていく。もう戻れない。だけど、それでいい。息を呑むような危うさと興奮こそ、私の生きる証なんだから。

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