紅蝕に交わる星剣の奔流、王家の血は夜明けを拒む5
ミオは、重い瓦礫と血の断片が宙を舞う中、深呼吸をひとつした。地下vaultの半壊しかけた閉ざされた空間に、彼女の論理魔術がかすかな煌めきとともに響く。
「フィリス、しっかりして!」
彼女はすぐさま倒れていたフィリスの元へ駆け寄り、手際よく論理魔術の体系を練り直す。魔法の公式と改竄された古文書の断片が、暴走寸前の魔力を一瞬で制御し、フィリスの意識を救い出す。フィリスは痛みに呻きながらも、どこか懐かしい安心感を漂わせた。
vaultの奥で、エランは自らの呪印の疼きを感じ、苦笑いとともにミオに投げかける。
「いや、ミオ。お前の論理魔術で俺の中の皮肉な宴もなんとか止められるもんか? まるで、俺が自分の肝臓を冷やすための宴にでも参加してるみたいだな」
エランの毒舌は、焦燥と苛立ちが混じった大人離れした幼さを滲ませていた。だが、ミオは冷静そのもの。
「エラン、二振りの星剣の手がかりは既に目の前にあるわ。この混乱も真実の一部……」
彼女の声は、混沌に満ちた地下で、確固たる決意を宿していた。
封印装置の激震と闇の奔流が再びvault全体を襲う。壁面に走る閃光と轟音の中、スペイラの新術式は途中で破れ、彼女は虚ろな瞳を浮かべたまま床に崩れ落ちる。
「はっ…これが、お前らの血か?」
と、ふとエランが呆れたように笑い、しかしその横顔には苦々しい影が映る。
一方、闇の中から、謎の占術師カイム・ヴェルドールが姿を現す。彼はわずかな余裕を伴う不敵な笑みとともに、闇組織の残党と共に静かに退く。
「次はどれだけの皮肉が待っているか、楽しみにしておこうか」
その声は、まるで誰かを馬鹿にするかのような軽妙な響きを伴っていた。
vaultの外へと続く薄明かりの中、エドワードはその混乱に紛れて、誰にも告げずに黒い石の新たな欠片を手中に収める。
「ふふ、これで王家の威信を挽回する策は、俺の手の中に……」
彼の冷笑は、闇の野心がより一層深まる様子を物語っていた。
地上へと脱出した一同は、やがて夜空に姿を現す月に目を向ける。皆既月食の刻が迫る中、月はゆっくりと紅く染まり始めた。
夜空に映るその赤い輝きは、王家の血と災厄を象徴するかのように、誰もが一瞬の静寂と恐怖を覚えさせた。
フィリスは、救われた体を引きずりながらも、ふと自分の血筋に宿る危うさを再認識する。彼女の口元には、皮肉交じりの苦笑いが浮かぶ。
「結局、私たちは自分たちの血で笑い飛ばすしかないのね」
その言葉には、怪しげな運命への諦念と、頼りたくなるミオへの信頼が同居していた。
ミオは、整然と盤石な論理魔術のデータを前に、赤い月の到来に備えるかのように冷静な眼差しを見せる。
「今宵はこの混乱を制御するため、全ての知識と技術を総動員するわ。一振りの星剣の欠片が、私たちに新たな希望を示している」
その宣言に対し、エランはやや焦りながらも、どこか憤慨するような口調で反応した。
「おい、ミオ。俺もその試金石として、こんな俺の内面の宴を止める覚悟はできてるんだよ。だが、お前に頼るしかない運命も、悔しいもんだな」
静寂の中、二人は互いの目を見つめ、言葉無くして意思を交わす。理性と情熱、冷静と熱情が奇妙な化学反応を起こし、まさに今、次なる一手が練られていた。
そして、崩れ落ちたvaultの瓦礫の陰から、失われた星剣の手がかりを求める影がちらつく。
「この赤い月の元、すべての謎は明らかになる。だが、我々が進む道は険しい。次なる危機に備え、各自の思惑を胸に、今宵の戦乱に挑む覚悟を固めなければならない」
ミオは拳を握り締め、冷ややかな情熱で呟いた。
「論理魔術と真実の解析で、王家の血に隠された秘密を暴く。これが、私たちの唯一の道だから」
エランは、呪印の疼きを背に、苦笑いと共に肩をすくめる。
「皮肉にも、俺たちの運命はこうしてまた交錯する。だが、次の一撃が、笑い飛ばしたい運命への反撃になると信じている」
その瞬間、深い夜の帳が、全ての混乱と悲喜を一層際立たせるかのように、無情にも流れ始めた。
二人の胸中には、未だ見ぬ未来への期待と、明日への切迫した不安が入り混じる。
紅く染まる月の輝きの下、封印の崩落と血潮の儀式がもたらした数々の試練。そして、誰もが持つ――それぞれの闇と光。
次なる危機が、迫り来る夜明けと共に、必然として我々の前に立ちはだかる。
その時、ミオの鋭い瞳が再び輝きを取り戻す。
「行くわ、エラン。私たちの物語は、これからも止まることはない。次の一瞬、その快感と興奮を掴むために!」
エランはため息交じりに、しかしどこか誇らしげに答える。
「まったく、こんな荒唐無稽な運命を笑い飛ばすしかないのさ。さあ、次のページへ進む時が来たな!」
この一夜の混沌と情熱が、読者の心を再びジェットコースターの如く激しく揺さぶり、次なる絶頂へと導く。
紅蝕の呼び声は、既に次なる戦乱への扉を静かに叩いているのだ。