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二人との時間を大切にしたい。

作者: ひいらぎ

「大学生までお互い好きに恋愛をしよう。誰と付き合ってもいい。ただし、大学生になったら俺たちは恋人だ。それまでに恋人がいたとしても、わかれてもらう」


 そう宣言されたのは、家族で顔合わせの日。

 二人でお庭に出て歩いているとき。


「はじめまして。で話すことがそれですか?」


 我ながらとても冷めた声をしていた。


「はじめましてだからいっている」


 目の前にいるのは、親が決めた婚約者。

 話しには聞いていた。

 そういう存在がいると。

 令和のこの時代に何をいっているのだろうと思うけれど、家を思えば仕方ないかとも思えてしまう。


「どうせ学校も違うんだ。顔を合わせる機会なんてこういう家族との時間か、パーティーとかだろ? その時だけ合わせてそれらしく振る舞えばいいだろ」


 パーティーか……。

 この人が何を求めているのかによるけれど。


「わかりました。ではお互いの立場が必要なときはそれらしく対応します。正直、あなたがどこの誰と付き合おうと興味はありません。この婚約が家同士価値のあることだということは理解しています。その価値を落とすようなことはお互いしないと。……ああ。隠し子とか面倒なのでそういう点については気を付けていただければと思います」

「それはお互いさまでは?」

「面倒なのでそもそも誰かと付き合うということもしません」

「……かわいくないな」

「初対面で他の人と期間限定で付き合っていいという男性に、かわいいと思ってもらわなくていいです」


 かわいさなど求めないでほしい。

 大企業の創設者一族にして、誰もが知っている企業として存在している私の家。

 そんな家を継ぐのは兄。

 兄にも婚約者がいる。

 仲睦まじく。

 品行方正。才色兼備。

 私の憧れ。

 お二人が一緒にいる姿はとてもきれいで、絵になるとはそういうことなのだと理解した。

 メガバンクの創設者一族で家柄も人柄も素晴らしい方。


 目の前にいる男に目を向ける。

 仏頂面で。

 声にはトゲがあって。

 私を見ていない。

 それもそうだ。

 彼には好きな人がいるとか。

 それぐらい知っている。

 婚約者なのだから。

 相手は私とは正反対。

 感情表現豊かで、愛らしさにふりきっている。

 きっとゲームとかのパロメーターとしては、そこだけ、歪なまでに突出していると思う。


 さて。

 きっとその本当に好きな人と学生時代を過ごしたいということかしら。

 それならそれでいい。

 好きにしてもらってかまわない。

 私は家のための結婚を嫌だといってはね除けることはしない。


 この人に非があるから嫌だ。


 そういえばきっと白紙になるけれど、新たに見繕われるのも手間だ。それに家にとって価値ある結婚をしたいとは思っている。

 そうすれば、兄が繋げていくこの家が、より繁栄し現在雇用されている関係各所の人たちの生活が守られる。


 私一人の生活ではない。


「そんなこと言われて怒らないのはとても梓さんらしいけれど。お相手。面食らったのでは? 少なくともお会いする前から、お手紙だとプレゼントなどやり取りされていたはずです」

 私の数少ない、友人と呼びたい人が、顔をしかめている。

「私たち令嬢がそんな顔するべきではないわ。私らしいと言ってもらえて十分よ。私の事を知ってくれている人がいる。あなたがいるもの。雨音さん」

初等部のころから一緒にいる雨音さん。

「それにこのこと、お二人にしか話していないもの。他言無用でお願いね」

「それは当たり前です。私たちの会話はすべて」


 どれだけ一緒にいても。

 周りから何を聞かれても。

 答えは同じ。


「取り留めもない話よ」


「大学生からですか。同じ大学に進学されるのでしょうか。いわゆるキャンパスライフというのですか? お二人がならんで歩いている姿を見られるのでしょうか」

「学力については特に聞いてないわ。まぁ問題はないのでしょうね。ひどかったらそもそも跡取りになってないでしょうし」

「一人っ子と聞いていますが」

「それで甘やかしてダメな社長を祭り上げるなんてそんなことをする方には見えなかったけれど」

 失礼な態度をちゃんと叱っておられた。教育はきちんとされている家に見えた。

 ご両親ともお話が合ったし。嫁姑という問題はないだろう。

「遅れてすまない。ご令嬢たち。いかがお過ごしかな」

「取り巻きをまくのに時間がかかったのね」

「ああ。どんどん彼女たちは、私の行動を読んでくるね。困ったものだよ」

 困り顔の麗那さん。

 彼女も数少ない、友人と呼びたい人。

「君たちとのお茶会だ、なんていえば、参加したいと騒ぎ出されてしまうからね。どうにかこうにか撒くのに必死だよ」

「相も変わらず、女子生徒から人気なのね」

「年々増えていっていませんか?」

「ああ。ありがとう。……そうだね。増える一方な気がする。それに、男子生徒もいるものだから、無駄に脚が早くなっている気がするよ」

 そういえば、この前見かけたとき男子生徒が混じっていたような。

「同性異性かかわらず人気なのはいいことでしょう」

「雨音はそういって私の事を認めてくれるね」


 三人でお茶をする時間が私の学園生活において、一番幸せな時間。

 私達三人だけが知る学園の一角で、お茶をする。

 この時間は誰にも邪魔されない時間。


「いこうか」

「ええ」

 今日はそれぞれの家が関わりのある家主催のパーティーに参加。

 今日のために選んだワンピースに、好きなメーカーの靴。

 ヒールはほとんどないものにしている。

 並ぶと背を超えてしまいそうだから。

「おやおや。仲睦まじくお二人でお越しくださったんですね」

「本日はお招きいただき、ありがとうございます」

 各所に挨拶して回りながら、適当に時間をつぶしながら。

 ……聞こえてくる会話に耳を傾けながら、表情はにっこりとほほ笑みながら。

 全部覚えて帰って、必要事項はお父様にお話しして。

 こういう場での立ち振る舞いや聞こえてくる会話は、商業の場で役にたつ。

 向こうも、私たちの親を見ている。

 常に見られていることを意識して。

 どの角度から見られても欠けがないように。

 息が詰まる。

 でも。

 それが必要なことだから。

 ……ああ。雨音さんと麗那さんとお話したい。

 雨音さんが淹れてくださる紅茶を飲みたい。

 はあ。早く明日にならないかしら。

「俺を見ないな」

「もう誰も見てないのですから。帰りの車ぐらいいいでしょう」

「……ほんとうにかわいくない」

「私はそちらの申し出をきちんとこなしています」

「……」

 黙るぐらいならはじめから話しかけないでほしい。


 私はちゃんと役割をこなすのだから。

 だからあなたもそうしてよ。

 大したことは望んでないのだから。

 最低限だと思うのだけれど。


 うん。とても美味しい。

「雨音さんの淹れてくださる紅茶。とっても好きよ」

「そういっていただけて嬉しいです」

「弟子入りしたんだろ?」

「はい」

「カフェは御用達になって、賑わっているときいたけれど」

「店主様はのんびりお店をされたいということでしたので、以前よりは賑わっているというだけで、利益はほとんどないお店です」

「……ふふふ」

 楽しくてつい笑ってしまった。

「いかがされました?」

「ごめんなさい。カフェの事。隠れ家のようなお店で雨音さんが一生懸命通って、紅茶の淹れ方を学ばれたって話。私とっても好きなの。雨音さんの人となりが表れているから」

 何事にも一生懸命で、師を自ら探し教えをこう雨音さんは本当に好き。

 尊敬するわ。

「真面目だもんね」

「ありがとうございます」

 にっこりと笑う雨音さん。

 ここでこうして三人で過ごす時間。

 ああ。

 週末など来なければいいのに。

「毎日授業でもいいのに」

「そんなにこの前のパーティーが嫌だった?」

 あら。

 声に出ていたのね。

 気をつけないと。

「麗那さんのお父様にはお会いしたわ」

「ああ。挨拶に来てくれたと言ってた。とても仲睦まじくお二人でいたと。そういえば、服も良くにあっていたって」

「ええ。よかったわ」

 雨音さんが紅茶のおかわりを淹れながら、私を見た。

「……もしご家族やお二人が良ければなのですが。この週末、我が家にお泊まりに来ませんか? 父も母も明日から二週間程不在でして。姉たちもおりませんので、私だけなのです」

「雨音の家に! お泊まりか……。私はいきたい」

 ……この休みは予定はない。

「私もお邪魔してもいいのかしら」

「もちろんです! ふふふ。楽しみです」


 足取りが軽い。

 さっそくお泊まりの準備をしないと。

 お父様もお母様もお許しくださったし。

 ……。

 この生活もあと少しなのね。

 ふとカレンダーに印をつけて実感した。

 はじめて顔を会わせて、そういわれてから数年がたって。

 私の高校生活も一年をきっている。

 受験に向けて問題なく過ごしている。

 大学生になれば、あの人と恋人に。

 ……そんなことできるのかしら。

 色恋沙汰に疎い私は、どうしたいのかしら。

 白紙にする。なんてことはあり得ないけれど。

 うまくいくとも思っていない。

 それなりに取り繕うことはできるだろう。

 

 お父様、お母様。

 お兄様のようになれるとは思っていないけれど。

 それでも、近づけるだろうか。

 ……だめね。

 こんな感情ではお泊まりが楽しめない。

 一応あの人にはその事を伝えておこう。

 急に予定を入れられても困るから。


「お邪魔します」

「失礼します」

「いらっしゃい。どうぞ。この部屋を使っていいと言われてるので、三人で過ごしましょう」

 通された部屋はゲストルーム。

 三人が寝泊まりできる広さなんて、我が家にはない。

「雨音の家は来客が多いと聞く。そのための部屋かな?」

「ええ。商いの関係でお越しになることが多くて」

 貿易商のはず。

 家で商談することもあるけれど、ものが多いのだろう。

「お泊まりだなんて初めてだ」

「ふふふ。私とっても嬉しいです。お二人をお招きできて」

 とても楽しそうに笑っている。


 楽しかった。

 二人と夜遅くまで夜更かしして。

 ボードゲームやトランプもして。

 とても。

 とても楽しかった。

 そのことをあの人に伝えた。

 泊りに行くことを伝えていたから。

 どうだったかくらい報告しておけば、もし、雨音さんのご両親に二人であったとしても、話を合わせられる。

 必要なことだと思った。

 そうやって共有することが歩み寄りに必要だと思った。

 だから。

 誕生日やクリスマス。

 バレンタインなどのイベントは必要に応じて、プレゼントも送っていた。

 不仲だとは思われないように。

 関係性はうまくいっていると。

 でも。

 送られてくる言葉はどれも生返事ばかり。


 ……わかっていた。


 期待などしていなかった。


 ……耳に入っていた。


 想い人である女性ととても仲睦まじく学園生活を送っていることは。

 それでも。

 向こうが提示してきたのだ。

 私はそれを守っている。

 言い分を聞いている。

 だから。

 相手もそうだと信じて。


 ……違う。


 信じるというより、それぐらいしてほしいという気持ちが強い。

 私は何も悪くないのだから。

 だから。


 ……はあ。


 割り切らないと。

 大学生になれば変わる。

 変わらざるおえない。

 大学に進学しても、雨音さんと麗那さんとの関係を変えたくない。

 変わらずお二人とは友人でいたい。

 変わるのはあの人との関係だけ。

 簡単なことでしょう。

 そうでしょう。

 できるわ。

 私なら。

 たとえ。形だけの恋人。夫婦だとしても。

 互いの同意のもとであれば。

 きっと協力関係は築けるはずでしょう。

 これまでだってそうしてきたのだから。


 ……。

 志望校の合格が決まって。

 雨音さんも麗那さんもそれぞれ第一志望の大学へ進学することが決まって。

「お二人と違う大学なのは寂しいけれど。たまには私と会ってくれるかしら」

「あら。たまにだなんていわないでください。私の紅茶がおいしいとおっしゃってくださった。いつだって会いたいですわ」

「ああ。二人に呼ばれればどこにだって駆けつけるよ」

「ふふふ。それ大学でもするの?」

「他の人にはしないよ。二人だから」


 本当に楽しい。

 この時間がずっと続けばいいのに。


 「ここにいたのか」

 ……聞きなれた声のはずなのに、耳馴染みが悪い声。

 「……おはようございます」

 「話があってきた」

 「前もってご連絡いただければ、お出迎えいたしましたのに」

 庭で穏やかな時間を過ごしていたのに、台無しになってしまった。

 それでもそんな気持ちを表に出さないように、表情は無のまま。

 「どうしようと俺の勝手だ」

 ……なんて横暴な。

 勝手に敷地にはいってきて、他のものは止めなかったのかしら。

 「大学からという話だったが。撤回したい」

 ……は?

 何をいっているの?

 「婚約の話事態をなかったことにする。父にそう伝える。だからそちらもそう伝えろ。以上だ」

 目を合わせることは一瞬たりともなく。

 吐き捨てるようにそういって、私は置いていかれた。


 ……なんなの?

 なにがしたかったの?

 どういうこと?

 

 「あずさ」

 「……おにいさま」

 優しく私を抱き締めてくださった。

 「すまない。先に声をかけようとしたが、あちらが横暴な振る舞いをしたことで、メイドが萎縮してしまった」

 あたたかい。

 「黙っていたから何もいわなかったが、おまえを蔑ろにするなんて許せなかった」

 頭を撫でる手がとても。

 「ちゃんと、場をもうけさせる。このまま流してはいけない」

 

 お兄様のおっしゃるとおり、両家顔合わせとなった。

 面倒なことだと顔に出ているあの人と違って、ご両親はとても顔が白い。

 「……ほっほんじつは、お忙しいところ、お時間を、いた、だき、ありがとうございます」 

 震える声と泳ぐ目。

 「いえ。ゆっくりと話がしたいといったのはこちらゆえ。さて。娘より話は聞いています。婚約の白紙を求められているとか」

 お父様の声が緩やかに揺れている。


 ……怒っておられる。


 お父様にお伝えしたときも、かなり怒っておられたけれど。


 「ええ……。そんな迷い事を愚息が言ったと、聞いています。大変、大変、ご令嬢には不快な思いを、させてしまいまして、大変申し訳ないと、心より、思っております」

 こんなにも、オドオドとお話しされる方だったかしら。

 何度かお話しているけれど、とてもお優しい方で、ゆったりとした口調の方だったはず。

 「パーティーでは二人で仲睦まじくしていると、周りから聞いていたし、娘からも特段話はなかったため、問題ないと思っていたが、いきなり屋敷にやって来て、白紙にするとだけ言われたとあっては、さすがにどういうことだ? となるのはご理解いただけると思う」

 「ええ……ええ。もちろんです。そのとおりです。私たちも驚いていまして、なぜ息子が白紙にしたいと言ったのか、ただただ驚いていまして」


 ……寝耳に水なのかしら。


 「理由は本人に聞くのがいいかな?」

 お父様の視線がうつった。

 「……確かに、要所要所で二人で参加していましたが」

 じっと私を見て。

 「それ以外で二人で出かけたことはありません。いつだって、友人との約束ばかり。話もそればかり。いつだって、そこに俺はいない」


 ……嘘ではないけれど、それが正解ではない。


 「そうなのか?」

 「……お父様。確かに友人とのお話しをよくいたしました。先日、宿泊した際には、何をしたのかお伝えしました。それは必要なことだと思ったからです。パーティーで友人のご両親にお会いしました。ご挨拶をさせていただいたさいには、横にあなたもいました。いくら、私の友好関係に関することとはいえ、一切知らず、わからないという顔になるのは、よくないと思ったのです。……話をしない二人なのかと思われたくなくて」

 雨音さんのご両親にも、麗那さんのご両親にもお会いする機会がある。

 共通の人物の会話になるのは、想像がつく。

 だからそのために、私は必要なこととして、話をしていたのだ。

 

 たとえ、形ばかりだとしたも。

 形なら形らしく。

 型ぐらいしっかりしていないと。


 「だが、プレゼントは贈っていたと記憶しているが?」

 「はい、お父様。お誕生日では相互にプレゼントを」

 「ほかに、娘のことで、気に入らないことは何かな?」

 「きっ、気に入らないなど……」

 反応したのは親の方。

 「ずっとそうして、俺との時間は最低限で。二人になると、満足に目も合わせない」

 

 ……これも嘘ではないけれど。


 「気に入らないのはお前だろ」

 

 ピクリと自分の指が動いたのが目にはいった。


 「全部、形ばかり。それらしく取り繕っているだけ。俺のことなんて見てない。そんな人とどうして生涯をともにできますか? 俺を見ないでどこを見てるんだ?」

 

 ……私があのときの事を話していないのをいいことに……。

 はぁ……。

 ……体が重たい。

 視界が滲んでる。

 体調がよくないのかしら。

 ……熱はないと思うのだけれど。

 

 私が言わなかったのは、大学から変わると思ったから。

 なくならない婚約。

 いらない負担をかけたくなくて。

 私たちの問題だから。

 

 「妹との」

 お兄様の手が私の手を優しく撫でた。

 「妹との婚約を白紙にして、別の方と婚約するのかな?」

 「……いずれはそうなるかと」

 お兄様とは目を合わされない。

 「いずれ。……ね」

 お兄様?

 「君の高校は、僕の母校だ。友人の兄弟や親戚が在籍している。そこから何も聞かないと?」

 机にバラバラと並べられたのは。


 ……ほかにもおられたのね。


 「これはどういうことかな?」

 

 お兄様がとても穏やかな表情をされていられている。

 「友人が多いことはとてもいいことだと思う。けれど、どう写真を見ても、友人というには違うように見えるのは、うがった見方かな?」

 

 ……ここに、お義姉様がおられなくてよかった。

 こんなお兄様を見たら怖いと思われるかも。

 そう。

 お兄様は、家族が否定されることを許さない。

 私が私であること以上に尊いことはないからと。

 

 「こっこれは……。みなよいっよい友人です」

 「とても物理的距離が近い友人なんだね」

 「そういう人もいるでしょう。友人を否定しないでください」

 「否定はしない。人が人を評価するなんて、そんな特別なことは僕にはできないよ。だから君に聞いているんだ」

 「友人と言ったが」

 お父様が写真を一枚とり、私に向けられた。

 「梓は友人関係を知っているのかな?」

 その写真の方は。

 「お父様。皆様、一度はお会いしたことがある方です。ただ、これほど仲が良いとは聞いていません」

 残念ながら、私は友人関係に疎い。

 「さて。梓」

 「はい」

 お父様が私に微笑まれた。

 「ここまでの話で嘘はあるかな?」

 「嘘はありません。お話ししていることは、全て事実にございます」

 口角をあがて。

 「私が発言した内容については」

 

 もうどうでもいい。

 きっとお父様もお兄様もご存じだ。

 私との婚約を白紙にしたい本当の理由。


 「こちらの令嬢が本命だと思っていたのですが、こんなにもたくさんおられたのですね」


 ここからは私がキリをつける。


 「私の耳にも届いています。この方が妊娠されてあると。……新しい命について、私はいいことだと思います。正直にそうおっしゃってくだされば、静かに身を引きましたのに、欲張りですね」


 取り繕うのも、遠慮するのも、もうやめた。

 

 「私に非があるとして、婚約を白紙にして、ご自身には傷がない形で、次の婚約をする。……騒ぎ立てることなどしないのに」


 どうせ形だけだったのだから、私とうまく合わせてくだされば、お互い傷がない形を探したのに。

 私を有責として、慰謝料でもとるつもりだったのかしら。


 「何をかってな! 俺が、君を裏切っていたと?!」

 「大きな声を出さないでください。私はちゃんと約束を守っていましたよ」


 あのときの約束。

 その話はここにいるものとしては、私とあなただけ。

 他の人は知らない。


 「約束とは何かな?」

 「はい、お父様」

 「っちょっと」

 止める声がするけど、知らない。


 「大学生までお互い好きに恋愛をしよう。誰と付き合ってもいい。ただし、大学生になったら俺たちは恋人だ。それまでに恋人がいたとしても、わかれてもらう」

 

 一言一句覚えている。


 「……それはどういう意味かな」

 「そのままに受け取りました」

 ドサッと座り込まれた。

 「お父様。私は私なりに意味を理解しています。両家にとって、価値あるもの。……私が、服飾が好きだから、あなたの家を選ばれた」

 婚約の話はこちらから。

 私が好きなことに触れられるように。

 お父様、お母様の愛情。

 だから、お義姉様の家に比べると数段下がるけれど、それは私を引くく見ているからではない。

 

 「……私はいつだって、パーティーなどの人前では御社のブランドを身に付けていたのに」

 

 私の好きなブランドの1つ。

 フォーマルの場にとても適していた。


 「そっそれは、俺がいたからだろ。それらしく振る舞うため、パッパフォーマンスだ!」


 そう思われても仕方ないとしても。

 でも、1つだけ許せないことがあるとしたら。


 「でも、そうだと気づいてなかったでしょ」


 私のことはいい。

 でも。


 「自社ブランドのことも知られていなかった。……お父様」


 ……お義父様、お義母様と呼ぶことはなくなったけれど、お二人のことはとても信頼していた。

 今だって、何も聞かされていない被害者。

 顔色がどんどん赤くなっている。


 「この婚約の話は、白紙に」

 「いえ、こちらの有責として、破棄をお願いしたい」

 ……お義父様?

 「貴殿は何を言ったかわかっているかな?」

 「もちろんです。妊娠、不特定多数の不純な交遊関係、そして梓さんの尊厳を傷つけた。しっかりとした罪です」

 「まっ……まってくれ父さん! 妊娠は嘘だ! 勝手に彼女が言ったんだ!」

 「では妊娠されていないのですか?」

 「ああしてない!」

 「では、別れたのですか?」

 「っ……」

 愛人にする予定だったのかしら。

 「言い訳に聞こえるだろうけれど、この白紙の話を私たちはちゃんと聞いていなかった。梓さんを傷つけているとは、知らなかった。こちらの有責に」

 「頭をさげないで! 俺は被害者だ! あの女が俺たちの仲を嫉妬して、いやがらせしてきたんだ。俺だって傷つけられたんだ!」

 「梓さんのことを思っていたのであれば、二人の間でちゃんと会話がされていれば、このようなことにはならなかったはずだ」

 「好きだよ! ちゃんと好きなんだ。なあ。やり直してくれ。俺のこと好きなんだろ? 俺やり直すから。なあ!」

 「どの立場で言っている!」

 お義父様の大きな声が響いた。

 びくっと体を震わせて、小さくなってしまった。

 「そちらが申し出るほど、うちの子を思ってくれているのはありがたい。だが、梓。お前はどうしたい?」

 「はい。お父様。私は」

 お義父様とお義母様のほうをむいて。

 「ことを大きくするつもりはありません。それは望みません。たとえ婚約がなくなったとしても、両家の縁をなかったことにはしたくありません。望みは一つです。もう二度と」

 私に助けてくれとみてくる。

 その目がいや。

 「もう二度と会うことがなければそれでいいです」

 

 こんなのに時間を割いていたなんて本当に無駄だった。

 少しでも殊勝な態度をとれば許したかもしれない。

 大学生になって関係性が変わるなら、それにかけたかった。

 でもあの態度ではだめ。

 切るべきところで切らないと。

 縁は大切だけれど、不要な縁はないようにしないと。

 ほかの縁をだめにしてしまうから。


 「……そんなことがあったのですね」

 「大学編入しないか? 楽しいよ?」

 あの日から数日して。

 表向きは円満に別れたという体をとって。

 お兄様が二人を呼んで、うちでお泊り会を開いてくださった。

 「ありがとう。大丈夫よ。あの人、大学受かってなかったみたい」

 「あら」

 「だめじゃん」

 「そうなの。だから大学に行きにくいということはないわ」

 「梓さんは本当にお優しいです」

 「二人が優しいからよ」

 「こんど大学に遊びに行っていいかな? 授業後に三人でお出かけしたいな」

 「いいですね! 三人でお茶しましょう」

 「ふふふ。ありがとう」


 変わらず接してくれる二人に私は本当に心が落ち着く。

 お兄様も私にとって二人が特別だと知っているから声をかけられた。

 

 私は愛されている。

 ちゃんと。

 私を見てくれる人がいる。

 大丈夫。

 お父様は次の婚約者の話は持ってこられていない。

 声をかけられていることは耳に入っているけれど、お断りしているとか。

 しばらくはこのままでいさせてもらえる。

 三人で過ごせる。

 今日も私が好きなブランドの服を身に着けて。

 二人と話をする。

 お茶をする。

 この今しかない時間を。

 あの人がどうなったかは耳にはいってくるけれど、どうでもいい。

 

 「ねえ、紅茶をいれてくださる? 飲みたいわ」


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