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⑩隣国に五色の花が咲く

 

「でっ、殿下っ?」

「なに?」


 ひきつるような声を出す侍女にサファイアは返事こそするが目もくれない。スタッグだけをうっとりと見つめながら自らの口の端をぺろりと舐める。その舌の動きと表情の(なまめ)かしさは本当に十二歳かと疑うほどだ。


 間近でその顔を見たスタッグは一瞬意識がくらりと遠のいたし、まだうぶであろう年若い侍女は「きゃああ」と声を漏らした。まあ、そう言いながら両手で顔を覆うふりをして指の間からしっかりばっちり見ている気もするが。


「ねえ、もう暫く外に出ていて? 僕は騎士団長と()()()()があるから」

「はっ……はいぃ」


 サファイア王子の指示を素直に受け、侍女は今閉めたばかりの扉を開けて出ていく。


「あっ、待っ」


 スタッグは彼女を引き留めるため身体を起こそうとしたが、力を入れた腹筋をするりと撫でられた。


「ひゃいっ」


 変な声と共にぷしゅ~っと力が抜けていく。いつの間にかシャツのボタンが二個ほど外されていて、その隙間から手を入れられていた! 真っ赤になりプルプル震えてその場から動けないスタッグはスタッグ(牡鹿)と言うよりも、もはや子ウサギである。


「やっ、やめ、やめ……」

「ふふ、可愛い。騎士団長、お慕いしていますよ」


 お慕いとか言う慎みは何処に置いてきた! と叫びたいスタッグの口をまたもサファイアの口が塞ぐ。内蔵まで食べられてしまいそうな感覚に目を回し、流されそうになった……がそこにバーン! と私室のドアを開ける者がいる。


「何? 折角良いところだったのに」

(たっ、助かった……)


 スタッグはヨロヨロとサファイアの手から逃れ、乱れた衣服を直しながら入ってきた人の顔を見る。それは先程とはまた別の侍女。確かこの私室に入る時に王子に「滞りなく」と小さく声をかけてきた女性だ。


「殿下、報せが。隣国に()()()()()()()()()()

()()()は?」

「恐らく無事に手元に戻るかと」

「…………ああ、良かった」


 サファイア王子はほぅ……と細いため息を吐いた。それは憂慮ではなく心からの安堵により生まれた吐息だった。



 ★



 黒い石……つまりラブラドライト、通称ラブラ。そして侍女は世を忍ぶ仮の姿で、サファイアを陰ながら守る密命を帯びた若き工作員……は無事帰国した。


「ラブラ、ご苦労。良くやってくれた」

「いえ、全ては殿下の下準備があってこそ」


 跪いたラブラは主への畏敬の念と謙遜を込めてそう言った。()()()姿()()


 スタッグは現況が理解できず、何故こんなことになったのか尋ねたかった。サファイアの計画に巻き込まれた身であるし、それに誰だって詳細を聞けるものなら聞きたいだろう。


 帝国は倒れた。

 サファイアたちがスラーヴァに帰って間も無く皇帝が病に臥せった。そこに五人の妃とその子供達が結託して牙を剥き、クーデターが勃発したのだ。


 元々帝国は程々の大きさだったが周りの五国を呑み込んで大帝国となっていた。次はすわスラーヴァ王国かと言われていたのである。五人の妃は祖国を取り戻し、更に残った帝国の領土を五つに割って自分の領土に加える。其々に自分の子をそこの首長に据え、連合共和国として共に生きる選択を取った。

 皇帝は幽閉されたが、病のために既に気力が激減していて、クーデターにも大した抵抗はしなかったそうである。


「そんなに都合の良い病が起きるわけないですよね。いったい何を?」


 サファイア王子の護衛をまたもや任ぜられたスタッグは、王子の私室で二人きりになった頃合いを見て質問した。

 なお、先日のように食われてはかなわないと、サファイアから距離を取り、かついつでも逃げられるように扉の横の壁にぴったりと背をつけている状態である。護衛役としてはかなり微妙ではないだろうか。


「わからない? 身をもって体験したでしょう?」

「ああ……」


 サファイアの答えに、なるほど、ラブラが男になって帰ってきたのはそれかとスタッグは理解し納得した。おそらく皇帝は自身の特権を乱用して、後宮の中のラブラの寝室に無理やり入り込んだのだろう。そこに性別逆転の魔法陣の罠が仕掛けられているとも知らずに。


「体力を奪ってヨボヨボにしちゃっても良かったんだけどね。多分あの皇帝は、全ての気力と行動力が征服欲に直結してるんだろうなって思ったから、征服できないようにしてやったの。予想通りそっちの方が効果覿面だったみたいだね」

「征服欲……」

「そう。他国に強引に攻め入り嫌がる女たちを妃に娶ったのも、もうとっくに皇帝を退いても良い年齢なのに帝位の座にしがみついていたのも、全てが歪んだ征服欲のなせる(わざ)だったわけ」


 そこまで行くと(わざ)と言うより(ごう)である。


「で、散々妃たちを弄んで子供を産ませておきながら誰にも帝位を渡さないし、そこに更に僕まで新たに娶ろうとしたもんだから、皆余計に皇帝に恨みをつのらせてた。だから『五人で協力して其々の祖国を取り戻せばいいんじゃない?』って、密偵を使ってそそのかしてみたんだよ」

「では、あの謁見で妃たちが好意的だったのは」


 騎士団長はあの場を思い出し、サファイアに問うと彼はくすくすと可愛らしく笑った。


「そ。『仲良くしましょう』なんて嘘っぱちさ。あの時既に僕らは密約を交わし、とっても仲が良かったの。だけどそれを見抜けなかったマヌケな皇帝は僕と妃たちが浮気をするかもしれないと焦ったんだろうね」



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