気が付けば
「固まれ!密着…」
男は森の中にいた、今さっきまでダンジョンで戦っていたはずなのにだ。
男はその光景に呆然とするように固まったが、すぐさま周りを見渡す。
仲間がいない…転移魔法では発動した際、それなりに離れて転移したりするのだが、目の届かない程の効果はこれまでの経験上なかった。
転移魔法の暴走、それは死に直結しかねない魔法であることを、あの若き魔法使いに再三話していた。
水の中に入り溺れる者、空の上に転移し落下死する者、魔物の群れの中に転移し食い殺される者など。
末恐ろしいエピソードと共に語っていたことを、今でも思い出せる。
男が死にそうなことになってないからと言っても、仲間が死にそうな目に会ってないとは限らないのである。
男は直ぐ様仲間を探す…のでは無く、先ずは自分がどの様な場所にいて、どの様な環境なのかの観察に努めた。
何故なら近くにいるならば、環境の適応こそが仲間を助ける手段となり、遠くにいるならば焦って周囲を探しても生存確率が下がる一方だからだ。
故に男は気配を消し、出来るだけ草葉に隠れながら周囲を探索していた。
しばらくすると、魔物らしき物を遠目から発見した。
草食系の魔物のようで、角を生やした栗鼠であった。
男は決して油断せず観察に徹することにした。
男は深階層から転移したのであり、或いはまだ深階層ダンジョンの中の可能性があるからだ。
深階層のダンジョンは余りにも悪辣な罠、釣り餌をしてくる魔物、パーティを分断してくる知能ある魔人などを、体で覚えるほど体感したのだ。
男は魔物の隙を窺い、そしてその時は来た。
魔物が草を食んでいるところに、首目掛けて刃を振るったのだ。
あっけなく魔物の首が飛んだ物だから男は思わず叫んでしまった。
「釣り餌か!」
男は気配を隠し、直ぐ様身を潜める。
ほんの少し時間が経ったが、何も出る気配がない。
男も流石にずっと隠れてるわけにも行かず、獲物に近づいて行った。
確かに死んでいるし、それを見て襲ってくる魔物もいるわけではない。
男は混乱し、どういうことなのかを考えた。
考えたが魔法の深い知識があるわけでもないし、何より食わねば生きていけないのだ。
男は魔物を解体し、男が覚えている生活魔法により食べれる状態にした。
荷物が増えるが仕方ない、それに深階層のダンジョンではないらしいという見解を得られたので、それで良しとして物事を進めることにした。
深階層のダンジョンで、あんなひ弱な魔物など存在出来るわけがないのだから。
男は当面の目標を立てようとしたとき、遠くから魔物と女の声が聞こえた。
静かな森だからこそ聞こえた声だ。
男はこの状況を打破するために、その方向へ走り出した。
女たちは巨大な二本角がある熊と戦っていた。
男は女たちの能力とその魔物の傷跡から見て、自分なら一撃で殺せると踏む。
男は練り上げた身体強化魔法を屈指して、その魔物の隙を待つ。
男は今まさに、女に対して致命的な一撃を、魔物が振り下ろさんとしたところを、一刀の下に首を跳ね飛ばした。
少なくとも、女たちが傷をつけなければ一撃では倒せなかっただろうが。
「おい大丈夫かい?お嬢さんたち」
男は声をかけてみたが、女たちは呆然としていた。
「男?」
女たちは一様に夢を見ているような顔をしている。