聖騎士団と治癒士は聖都に帰還する
聖騎士団は疲弊していた。
何故なら本来なら行って戻るの巡回警備が、1週間で済んでいた物を、さらに帰りだけで1週間かけて魔獣を倒し10日かけて聖都に帰還する羽目になったからだ。
それ程魔獣が湧いてきたのか?聖騎士としてそれ程魔獣を討伐せざる得ない事情があるか?と、言われるとそうではない。
その理由は当事者には海より深い事情と、客観的に見て水溜りより浅い訳があった。
聖騎士達にとって青年と出会った日は、そしてその夜は最高の1日であったと言えるだろう。
顔を見て貰えた、笑顔を向けられた、自分達の武勇伝を語れば称賛すらされた。
あまりにも夢みたいな出来事で、きっとこのまま眠れば夢幻のように消える…そんなことさえ思った。
だが、それは夢幻では無かったようで、青年があろう事か、手で揺さぶりながら自分達を起こすという事をやってのけたのだ。
男神が存在するならこの方だろうと、一様に思いながら出立の準備を始めた。
魔獣も討伐した、男性も助け出した、その男性から称賛すらされた、最早この聖騎士達は向かう敵無しと言う程の士気高揚があり、更には保護の為に聖都に帰還するだけであったのだ。
そうここまでは問題は無かったのであり、ここから問題が起きたのだ。
それは行軍している時であり、青年が暇を持て余した結果、近くにいた聖騎士に話しかけたのだ。
近くに居た聖騎士は、男性に話しかけられるなどと思ってもいなかったので、あまりの事に動揺してしまうが、そこは魔獣と戦う事を生業としている者、全身の神経を使って平静を装い返事をする。
一体どんな要求をされるのかと、戦々恐々としているとなんとこの森がどんな所か聞いてくるではないか。
あまりの事に拍子抜けをし、話してみることにしたのだ、この森での訓練の事、魔獣の事がどれ程人々に害を及ぼすのかを。
やはり人々の為に働いている事に、称賛した青年に満足気な顔をして前を見れば、嫉妬の炎を燃やした同僚達がいるではないか。
聖騎士全体を褒めているのであって、私が褒められているのでは無いという事を、暗に青年との会話で試みるも、そもそも青年との会話そのものが嫉妬の対象なのであわや私刑を脳内に過る。
そこで見かねて助け舟を出す為に、注意しようと話しかけてみれば、青年がそちらの方に話しかけるではないか。
これが地獄への始まりである。
つまりは交互に話しかければ、青年と一対一で話せる機会があるのではないか?と言うことなのだ。
そして案の定それは成功してしまい、話しかける事が出来たのだ。
そして話の種という有限にある物をここで使い印象を良くしたいのと、理論上は全員が話せる機会があると言うことが、疲労困憊まで聖騎士達を追い込む事になる。
最初の2日は順調だった、話の種を手を変え品を変え話し終え満足したら次の人に移る。
しかし聖都に近づくに連れ焦燥が高まってくるのだ、もしかしたら自分の出番がないのではないか?という単純明快な疑問が浮上したのだ。
だが本来の歩きから牛歩のような歩きに移行すれば、青年を警戒されるのは想像に難くなく、末端は最早諦めた雰囲気である。
そんな諦めた雰囲気の中、先頭を歩いている者が指を指して言う。
「あっちだ」
それは聖都には遠回りな道だったが、その異図が分かってしまった。
これは遠回しな遅延行為であり、青年と話す時間を作るためなのだと。
そもそもこのままでは、聖騎士達も欲求不満に終わるであろう事は有り得るのだが、不公平は必ず軋轢を生むことになる。
暗に了承してその遠回りを選ぶ事で、3日目は終了した。
4日目は「魔獣退治は終わってない」という形で遠回りをし。
5日目は「魔獣の巣を破壊しなければならない」という名目で本来割りに合わない巣への攻撃を行い、青年の助けもあって、死者数0という偉業を成し遂げることでこの日は終了。
6日目はそれでも足りぬ時間を、「魔物の巣はいくら潰しても良い」という名目で更に歩を遅める事に努め。
7日目にして全ての聖騎士が話し終えるという、偉業を達成して今聖都の門の前に立つのだ。
先頭の者が声を上げ門を開けるように言うが、何の音沙汰も無い…首を傾げていると門の上に立つ司教が一言。
「貴様らは教団の術に掛かってる可能性がある!大人しく武器を捨て害意が無いことを示せ!」
それはまさしく青天の霹靂であった。