距離が離れていた幼馴染とのプロローグ
桜が花開き、新たな出会いと別れがひしめく季節、春。ポカポカした空気の中、陽気な笑い声が響くキャンパスの中を僕は一人で歩いていた。
「大学生になってもなんも変わらないなぁ・・」
そう小さい声でつぶやくも、返す声はない。もっとも誰にも聞かせる気はなかったので当然だ。
大学に入学して一週間が経った。普通の高校に通っていた僕にとってこの大学はかなり難関だったが、試験の調子と運が良かったのか合格することができた。しかしなまじ頭のいい大学に入れてしまっただけに高校の友達はほとんどおらず、たった一週間にも関わらず灰色のキャンパスライフを想像させるには十分だった。
昔は良かった。
そう考えるだけで何も行動を起こさず、ただ無為に日常を過ごす自分が嫌になり、かといって何をするわけでもなく、歯車が噛み合わない感覚を覚えたまま僕は教室に入った。
* * * * *
僕には幼馴染みがいる。幼馴染みと言ってもラノベに出てくるような結婚を誓い合った中だったとか、親の転勤で別れざるを得なかったとか、そんな大層な関係ではない。
名前は雪月 美夢。
きれいな茶髪を肩まで伸ばし、くりんとした目を持つ、幼馴染みという贔屓目で見なくても可愛いと自身を持って言える女の子だ。
家が隣だったため仲が良く、小さい頃はよく一緒に遊んでいた。しかし小学校の三年生頃から遊ばなくなり、少しづつ付き合いは減っていった。
理由はなんてことはない。ただ女の子と仲良くしているとイジられたり、馬鹿にされたり、そんな小学生らしいどうでもいい理由から美夢との関係は希薄になっていってしまった。
美夢が中学校に受験したことをきっかけに関係はさらに離れた。離れたと言ってもすれ違えば立ち話もするし仲が悪いわけではない。しかし携帯の連絡先も知らなければ頻繁に顔を合わせるわけでもない。そんな微妙な関係に落ち着いていた。
これまで生きてきた中で彼女の一人も出来たことのない恋愛弱者からすれば、あのとき抱いていた感情が恋だったのか、ただ友達として好きだったのかも分からない。
たまに会って少しだけ話すことが自分のささやかな幸せになっていることをくだらないなと感じながらも、僕は美夢について考えることを止められなかった。
* * * * *
教室に入って時計を見ると、講義が始まる2分前を指していた。
最後列の一つだけ空いている席に腰を下ろす。一人だと席のことを気にしなくていいのは利点の一つだ。
教授の特に面白くもない講義を受け、教室を出る…
はずが、急に後ろから声がかかった。
「楓?」
楓。僕の名前だ。この大学に僕の知る限り母校から合格した人はいないはず。振り向くと、間違えるはずもない、幼馴染みの美夢がいた。
* * * * *
私の名前は美夢。私には幼馴染みがいる。昔から仲が良くて、小さいながらに好意を抱いていた。でもその感情に名前をつける前に楓との関係は希薄になってしまった。
多分お互いに恥ずかしかったんだ。戻れるなら楽しかったあの時に戻ってみたい。そう思うことはないことはないけれど、これは私が選んだ道に変わりないし、楓には楓の人生がある。変わらない関係というのは存在しない。けれどもやっぱり諦めきれない淡い気持ちを抱きながらもいつかやってくるかもしれないチャンスを私は待っていたんだろう。
そうして、それはやってきた。
* * * * *
後ろから僕の名前を呼ばれた時、僕は自分の心臓が高鳴るのを抑えきれなかった。聞き間違えではないだろう。振り向くと、やっぱり美夢だ。
「美夢!?同じ大学だったの?」
「そうみたいだね。久しぶり、楓!」
その言葉には、言葉以上の気持ちがこもっているようにも思えた。僕の勘違いかもしれない。でも僕と同じ気持ちを抱いてくれていると嬉しいな、と柄に合わないことを考えてしまった。
「楓さ、今日何限まである?」
「3限だね、佐藤の講義は出ないとダメだって風の噂で聞いたし」
「じゃあさじゃあさ、今日一緒に帰ってもいい?何か予定ある?」
「いや、ないよ」
「じゃあ決まり!先に帰っちゃダメだよ?」
決まってしまった。でも満更でもない自分もいる。いや、正直になろう。めっちゃ嬉しい。なんだ僕は。美夢に会ったというだけで性格まで変わってしまったんだろうか。
・・・いや、違うか。もとから僕はこういう人間で、捻くれてしまった性格を美夢に叩き直されてるだけかもしれないな。
こうしてぼっちかと思われた大学生活に、幼馴染みと一緒に帰るというイベントが発生してしまった。昂る気持ちの中で、何かがガチッと噛み合う音が聞こえた気がした。
今考えると、これは僕と幼馴染が微妙な関係から抜け出すための第一歩で、二人の関係のプロローグに過ぎなかった。これから甘ったるいイベントをいくつかこなして、美夢の親御さんに報告しに行くのだが、この話はいいだろう。恥ずかしい。
なんの報告かって?言わせんなよ。