悲しみで溢れる前に
空を見ると鳥が飛んでいる。仲間を呼ぶようにして鳴いているが、一向に仲間が来る気配はない。
東京。いつもの早朝の朝。6:57分のプラットフォーム。何が楽しくて大学へ行っているのか分からない。憧れた上京生活も意外と大したことはなかった。
茨城に住んでいたとき、友だちと時々遊びに来ては楽しんだものだが、日常に組み込まれてしまうとこうも味気なくなってしまうものなのかと驚いた。
現在大学2年生。サークルに入ってはいるが、浮いている気がする。友達は2人ほどできた。知り合いはその何十倍もできた。大晦日に地元に帰ったとき、友達からは冷たくなったと言われた。
電車がくるアラームが鳴る。テキトウにいじっていたスマホを閉じる。私は変わったと思う。SNSを開こうと思わなくなった。私は社交性が確かになくなってきていた。
電車の中は相変わらず満員で入る気が失せたが、これが東京なのだから仕方がない。これだけは慣れないと思いながら中へと入る。
大学までは30分ほどだ。10分ほど何もせずに揺られていたが、何もせずにいるのは時間の無駄だと感じた。私はバッグをあさり、本を取り出した。
ミシェル・ウェルベック『プラットフォーム』。冒頭の「どうして人生に熱くなれないのだろう?」に惹かれてすぐに買っただった。
人は誰かと別れると、人生が死んでいく。人と別れた痛み、悲しみが私をどんどんと蝕んでいく。今まであったはずの私の人生が苦痛に歪み、耐え難く、無意味なものになっていく…。
ちょうどそのことをこの小説は表しているような気がした。それも私よりももっと徹底的に人を批判することでそのことを証明していた。
LINEの通知音が鳴る。憂鬱になる。いつからか人と関わるのが辛くなった。彼との会話。嘘ばかりの会話。きっと自信がなかったんだろう。
私も自信がなかった。それでもそれなりに関係を続けようとしていた。男というのは、どうして人に弱みを見せたがらないのだろうか?
嘘をつき続けて、どうにもならなくなるようならやめてほしい。そんな男は後にも先にも彼だけだとは思うが、愛していただけに傷ができた。
彼とはネットで知り合った。MMORPGで同じギルメンだった。ひょうきんな人で、正直言って馬鹿そう(実際馬鹿)だったが、そんな人間が好きになるお年頃だったのだ。
以下にも陽キャという感じの人。ギルドのLINEのグループに自分の歌声を頼まれてもいないのにアップしていた。上手かったが音痴だった。そこがまた可愛く思えた。
彼には私からアプローチをした。積極的に一緒にパテを組んだり、チャットで絡んだりして仲を深めた。
鈍かったので時間はかかったが成功した。嬉しかった。
私は地味で文化系だった。彼は運動系だった。彼の顔も手に入れて2重で童顔の可愛い顔をしていた。きっとリアルだったら付き合えなかっただろう。
でも今は付き合えなかった方が良かったと思える。
付き合い始めた当初は脳が彼の鼻につくところを誤魔化してくれて良かった。でも段々と鼻持ちならなくなり、彼の優柔不断さ、テキトウさ、馬鹿さ加減が嫌でたまらなくなった。
別れたのは3ヶ月後だった。
彼が面白い人だったのは事実だ。こういう人はやっぱり、友達でいるぐらいでいいと別れた後も思っていた。それで友達でいようとは言っていた。
でも彼は嘘をついて私と寄りを戻そうとした。
「実は精神病で…」「ネットで付き合うのは危険だということを知らせたかった。だからあえて冷めるような行動ばかりした」だの、意味不明だった。
挙句の果てには「やっぱり君のことが好き。だからブロックしてさよならしてほしい」とまで言ってくる始末。
なので彼が私をブロックするように言った。
私がブロックをして、彼がブロックをせずにプロフを永遠と見られ続けられるような気がした。こういう男はそういうことをするやつだと思えた。
それから「さよなら」とだけ残して彼からメッセージが届くことはなくなった。本当に私の前からいなくなった。
最初のうちはそのことにせいせいとしていた。いつの間にか友達でもいたくないと思っていた。
5ヶ月後、ツイッターのゲーム垢でTL見ているとあるアカウントを見つけた。どうも私の知り合いの知り合いと絡んでいるようだった。
名前は明らかに彼ではなかった。アイコンも好みそうなものではなかった。でも直感が働きそのアカウントを覗いてみると雰囲気を感じた。
今日読んだ本のこと、遊びにいったこと、リアルが分からない範囲でツイートされている。
私が知らない一面だった。彼のことが分からなくなった気がした。
ふと電車のドアが開く音がする。降りる駅に着いたようだった。慌ててプラットフォームへと出る。
彼と似たような人が私とすれ違って入っていったような気がした。振り返ると、陰気な肌の白い背の高い男が入口付近で本を読み始めていた。
ドアは閉まりそのまま行ってしまう。私は彼だったかもと思う。思いっきり、掴んで怒鳴り散らしてやれば良かったと思った。