第4章 桜の番人?
「そう、そうだよ!」知亜子は興奮した様子で、「教師になったこと自体が、そもそも北詰先生の計画の一環だったんだよ!」
「どういうことだ?」
と訊く尚紀に、
「今から数年前、大鳥学園の生徒だった北詰先生――いや、北詰少年は、人を殺してしまって、その死体を校庭の隅に立つ桜の木の下に埋めたの。それ以来、北詰少年はその桜の木を見張ってきた。誰かが木の下を掘り返してしまわないようにね。でも、在学中はそれでいいけど、問題は自分が高校を卒業したあと。だから北詰少年は高校教師になることにした。教師として母校に戻り、再び桜の木の番人になるためにね。で、北詰先生は首尾良く教師になって、母校である大鳥学園への採用も勝ち取った。教育実習として、短期間ではあるけれどいち早く母校に戻ってくることも出来た。しかし、予期せぬ事態が起きてしまった……」
「通用口を新設する工事のため、例の桜の木が移植されてしまうことになった」
尚紀が言うと、「そう」と知亜子は頷いてから、
「それを知った北詰先生は焦った。しかし、自分が教育実習で来ている間にその情報を得られたのは僥倖とも言える。かくして北詰先生は桜の木を移植させまいとして、警告文を木の幹に貼り付けた。ところが……」
「朝早くに登校してきた唐橋が、警告文を見つけて剥がしてしまった」
「いつの間にか警告文が剥がされていることを知った北詰先生だったけど、もう授業が始まってしまい、新たな警告文を張り直す時間はなくなった。で、ようやく放課後になって桜の木の下に行ってみたら……」
「俺たちがいたから、散歩の途中だとごまかしたわけだな……。危機一髪だったと言えるな。俺たちが木の下を掘り返してるところを目撃されでもしてたら……」
「私たちも北詰先生の手にかかって、今頃は桜の木の下……」
「待て待て待て待て」そこで宗が強めの突っ込みを入れて、「お前らなぁ……」
呆れ顔で二人を見る。
「何よ、安堂くん、今いいところだったのに」
「何がいいところだ。俺と尚紀が探偵とワトソンなら、お前らは漫才コンビにでもなれ」
「失礼ね!」
「どっちがボケなんだよ!」
「長谷川くん、指摘するところ、そこじゃない」
「とにかく、根拠のない妄想は、もうやめやめ!」
スコップを花壇に突き立てて、宗は頭上で大きく両手を振った。
「根拠がないわけじゃないでしょ」むっとして知亜子は、「数年前に桜の木の下に埋められた死体、その木は近々移植予定、同時期に教育実習に来た卒業生、貼られていた警告文、これらのピースが組み上がって完成する真実はひとつ!」
「だから! あの桜の木の下に死体が埋められてるっていうのは、完全な俺たちの――いや、唐橋の妄想に過ぎないだろ! 根拠のない前提をもとに推理を進めるのは危険だぞ!」
「というと、なに? 安堂くんは、あの木の下に死体は埋まってないっていうの?」
「ないだろ」
「桜の木の下なのに?」
「桜の木の下には死体が埋まってなきゃダメなのか? 桜の木と死体はセットなのか? いったい日本中で何体の死体が埋まってるんだよ!」
「だって、梶井基次郎も『信じていいこと』だって書いてたよ」
「信じるな!」
「じゃあ……」知亜子は懐をまさぐって、「これは何なの!」
剥がしてきた警告文を取り出して、宗の眼前に突きつけた。
「こ、これは……何か別の意味があるんだ」
「別の意味って?」
「それはまだ分からないけど……。というか、たちの悪いいたずらだったんじゃないのか?」
「誰が、何の目的でこんないたずらをしたっていうの?」
「いたずらに目的なんかないだろ。これを見た誰かが気味悪がってるのを見て楽しむだけだ」
「それなら、このいたずらを仕掛けた張本人は目的を達せられなかったわけね。朝イチで私が剥がしてきちゃったから」
「まあ、そうだな……」
「あ!」そこに尚紀が声を上げて、「というか、もし、さっきの唐橋説が正しいのなら、北詰先生はもう新しい警告文を貼り付けたんじゃないか? そろそろ部活動も終わって校内から人気がなくなる頃だし、人目を忍んで事に及ぶには絶好の時間帯だ……」
宗たちは一瞬互いに顔を見合わせると、花壇に突き立てたスコップもそのままに、桜の木を目指して一目散に走り出した。
「ま、まさか……」
「やっぱり……」
「犯人は……」
宗、知亜子、尚紀の三人は、桜の木の前に呆然と立ち尽くした。その木の幹には、新しい張り紙が貼り付けられていたのだ。
「“この木を動かしてはならない。この木に触れるものに禍あるべし”……」
宗は、張り紙に書かれた文面を読み上げた。