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第3章 怪しき教育実習生

「き、北詰(きたづめ)先生こそ、どうしたんですか? こんなへんぴなところに……」


 (なお)()も咄嗟にスコップを背中に回して訊いた。


「はは、学校敷地内にへんぴも何もないじゃないか。面白いことを言うね。僕はただの散歩だよ……えっと……」

「い、一年三組の長谷川(はせがわ)です」

「ああ、そうそう、長谷川くん。ごめんね、せっかく()(また)先生に付いて教科指導させてもらってるクラスの生徒だっていうのに、まだ顔と名前が一致してなくって……」

「無理もありませんよ、まだ実習に来られて数日しか経ってないんですよね」

「正確には、今日で四日目だよ」


 はは、と笑顔を見せて北詰は、かけているリムレスの眼鏡を押し上げた。担当は化学ということでいつも白衣を羽織っており、不健康に見える一歩手前といった痩身が、百八十センチ近い長身をなお一層高く見せている。二十二歳の大学四年だが、童顔のため宗たちと同じ高校生だと言っても十分通用するだろう。柔らかい前髪を額に垂らした髪型も、実年齢より若く見せる効果を与えている。


「そちらの二人も、同じクラスだよね?」


 北詰に訊かれ、(そう)知亜子(ちあこ)も、


「はい、安堂(あんどう)です」

唐橋(からはし)です」


 と名乗った。


「長谷川くん、安堂くんに、唐橋さん……」北詰は三人の顔を順に見ていき、「よし、憶えた。たぶん」

「北詰先生、教育実習で二週間しかいないんですから、生徒の顔と名前なんて記憶しなくてもいいじゃないですか」


 知亜子が言うと、


「はは、でも、いざ実際に教師になってクラス担任をやることになったら、そうも言っていられないからね。そのための練習だよ。……ところで、君たち、ここでいったい何をしているの?」


 背中に回したとはいえ、宗と尚紀がスコップを持っていることは容易に視認でき、知亜子に至っては、それを隠すことも忘れていた。


「ああ、これはですね……」知亜子は、地面に突き立てかけていたスコップを持ち直して、「花壇の手入れをしようと思って持ってきたんですけど……ちょっと木陰で休憩を……」


 そうそう、そうです、と宗と尚紀もことさら強く頷いて見せると、


「ああ、あの花壇ね」北詰は花壇のある方角に目をやり、「懐かしいな。あの花壇、ちょうど僕が入学した年に作られたものでね」

「そっか、北詰先生はここの卒業生なんですよね」


 宗が訊くと、


「そうだよ」

「それに、北詰先生って」と次に知亜子が、「来期にここに教師として採用されるのが内定してるんですよね」

「あ、そんな情報も流れちゃってる?」

「はい。学校の女子で知らない人はいないと思いますよ」

「そうなんだよ。内定先で出身校だから、教育実習先としてはこれ以上ない条件で僕も助かってるよ」

「三年の先輩方は、かなり悔しがってます。北詰先生の授業を受けられなくなるから」

「はは、それはどうも……」北詰は苦笑して頭をかくと、「それじゃ、花壇のことは頼むよ」

「えっ?」

「えっ、て、花壇の手入れをしに行くんでしょ?」

「……あ、ああ、そうだった。そうそう、そうです! ほら、行くよ二人とも!」


 知亜子が宗と尚紀の背中を押すようにして、三人はそそくさと桜の木の下を立ち去った。宗は一度振り返る。校庭を撫でた初夏の風が葉桜をざわめかせ、北詰の白衣の裾をたなびかせていた。



 三人が逃げるように花壇まで歩いてくると、


「……いや、危なかったな。実際に地面を掘り返してるところを見られたら、何て言い訳したらよかったのか」


 ふう、と尚紀は額に滲んだ汗をぬぐった。


「まったくだな……」


 と言うと宗は、知亜子に向かって、


「ところで、唐橋、北詰先生って、ここの卒業生なのか」

「うん」

「それに」と尚紀が、「来期、正式に教師としてここに採用されるって?」

「間違いないよ。その情報を仕入れて生徒たちに流したのは私だからね」

「お前……」

「女子生徒たちには感謝されたよ。他に、趣味とか、好きなタイプとか、付き合ってる人はいるのかとか、色々と情報収集を頼まれちゃって」

「北詰先生、女子に人気あるんだな」

「そうだね。ルックスもだし、物腰も丁寧でやさしいしね。教科指導で授業をするときに少し緊張気味になるのも、普段とのギャップでいいらしいよ。あと、授業のあとで木俣先生に至らないところを指摘されてる姿にぐっとくるっていうマニアックな生徒もいるわ」

「確かにかっこいいのは認めるが、後半のほうの意見はよく分からん……」


 尚紀が首を捻ったところに、


「なあ」と宗が、「北詰先生は、ここの卒業生なんだよな」

「さっきからそう言ってるでしょ」


 知亜子は呆れたようにため息を吐く。


「いや、俺の言いたいことはだな……。今、北詰先生は大学四年だから、二十二歳くらいだろ」

「そうだね。留年して(ダブって)なければだけど」

「ということはだ、北詰先生が大鳥学園(ここ)に在学していたのは、今から四年前から六年前の間ってことになる」

「そうだね。高校でも留年してなければだけど……って、あっ! 安堂くん、もしかして?」

「ああ、尚紀が言ってたよな。あの桜の木の下の地面状態からして、過去に掘り返されたことがあったんだとすれば、五、六年は経過してるだろうって」

「北詰先生の在学期間とぴったり合う!」

「まさか!」と尚紀も顔色を変えて、「警告文を貼った犯人は北詰先生?」

「そういえば……」と真剣な表情になった知亜子も、「さっき、北詰先生が現れたとき、散歩の途中だったって言ってたけど、タイミングがよすぎたとは思わない?」

「見張ってたってのか? あの桜の木を……?」


 尚紀と知亜子は顔を見合わせた。

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