春の引っ越し(薔薇。幼馴染男子高校生たち。妹視点で)
近くて遠い(https://kakuyomu.jp/works/16816452220371917465/episodes/16816452220417068053)の二人と、妹(お試し恋愛https://kakuyomu.jp/works/1177354054921243863の陽火)です。←2つを読まなくてもこのお話だけでも大丈夫だと思います。
三月の終わり。春休み。
兄に貸しっぱなしにしていた漫画のことを思い出し、アタシは何の気なしに、ノックも無しに、兄の部屋へ入ったら。
「……うわ」
「人の顔を見て『うわ』って言うな」
そこには先客がいて、思わず声を上げた。
「いや、アンタの顔見て言ったんじゃねぇから。この状況にだから」
指でびしっと指した先。
兄のベッドの上で、兄の幼馴染兼お隣さんがあぐらをかき、そのあぐらを枕に兄が寝ているという状況。
まさか、こんな光景が広がっているとは思わなかった。
「静かにしろ、こいつが起きるだろ」
隣人がしかめ面をする。
「本当、アンタ、うちの兄に甘いな」
呆れ声でツッコんだ。
「……引っ越しの準備で疲れてるから、寝かせてやりたい」
「ふーん……」
入った兄の部屋は、確かに引っ越しの準備が進んでいた。
隙間の空いた本棚に、ほとんど何も……アタシの貸した漫画以外……置かれていない机。
代わりに、何個も置いてあるダンボール箱。
……兄は、もうすぐこの家を出る。
大学近くのシェアハウスへ引っ越すのだ。
このお隣さん……彼の恋人と共に。
同じ大学を受け、同じ大学に受かり(流石に学科は違うけど)、そうして四月から一緒の家に住む(部屋はもちろん違うけど)。
それって、何だかもう。
「……兄ちゃん、うちにはもう戻らないつもりかな」
「さぁな」
「あのさ」
「ん」
「兄ちゃんのこと、よろしく頼みます」
アタシは、しっかり腰を折り、頭を下げた。
「……何だ、いきなり」
「だって、もし兄ちゃんがうちに戻らなくって、このままユキ兄の暮らしていったら、それってさ」
「……」
「……」
アタシの言葉の続きを、正確にくみ取ったらしいお隣さんは、重々しく口を開いた。
「……絶対倖せにする、なんて断言は出来ない」
「……」
「けど、お互いに倖せになろうとし続ける」
きっぱりと、そう言った。
「今は、これくらいしか言えないが」
「……うん」
うん。
「ありがとう」
そっちの方が、きっとずっと誠実だ。
アタシは、兄ちゃんが机の上に出しておいてくれたアタシの漫画を取って、部屋を出た。
「じゃ、お邪魔しました」
「……ああ」
ドアが閉める直前に見たあの人の顔は、とても優しげなもので。
アタシは、兄の倖せを確信し、こっそり安心した。
もう、季節は春なのだ。
END.