インキュバス君の想い人語り
どうも 風祭 風利でございます。
今度の短編小説は異種恋愛をテーマに考えてみました。
異種物を書くと言うよりは、ヒューマンドラマ仕立ての恋愛小説になってしまったような気がしますが、思い付きの小説に強く求めてはいけないと感じます。
そんなわけで、今回の短編をお楽しみ下さい
唐突だけど、僕はキューヘルト・インバース。 悪魔学園に通う2学年。 なぜ学年で言うのかといえば、そもそも年齢が100を越えているので、人間の感覚での年齢でないからだ。
僕は悪魔の中でも「インキュバス」と呼ばれる悪魔種族だ。 簡単に言えば、サキュバスの男バージョンという認識で問題ない。
僕には学園で生活する上で悩みがある。 インキュバスまたはサキュバスには「催婬」という、異性を魅了して虜にする特性がある。 僕はその特性が強いので、普段は抑えているのだけれど、授業中なんかに
「あっ、と。 落としちゃ・・・」
「キューヘルト君! 落としたよ!」
「ちょっと! 私が拾うのよ!」
「貴女達ではキューヘルト様の側に立つなど万死に値する! 私が拾うのが正当な・・・」
と、このような感じで、僕はまだ自分の特性を制御しきれておらず、気を抜いただけでこうして女子がよってきてしまうのだ。 インキュバスにとっては日常茶飯事かもしれないが、僕個人としてはあまり良しとはしていない。 なぜならその想いが上辺だけに塗り潰されたものだというものを、僕は知っているし、そんな女子達の姿で心など動かない。 他の男子からは妬まれるだろうと思うが、そんなことはない。 むしろインキュバスの特性を知っているが故に逆に同情すらかけられる始末だ。 同じ光景を何度も見ているせいで、呆れてしまっているとも捉えられるのだ。
でもそんな状態でも全く動じていない人物が1人。 教室の角で静かに授業を聞いている、艶のある黒髪のベリーショートの彼女。 名前をメリス・トバリ。 彼女は吸血鬼の母に対し、なんと父親は人間という血統のハーフなのだ。 ハーフ自体は珍しくはない。 それは人間であってもだ。
そんな吸血鬼と人間のハーフだろうと、僕の「催婬」にかからないなど、例外を除けば有り得ないこと。 故に気になってしまうのだ。 それが僕のもうひとつの悩み。
彼女とはなんの変哲の無い同級生だと思っていた。 他の女子と同じように、僕が気を抜いた瞬間に、あれやこれやと理由を付けて声をかけてくる、そんな一人だろうと思っていた。
だが僕個人としても驚きを隠せないことが起きた。 僕の「催婬」の効果はかなり広範囲に広がる。 それこそ教室丸ごと包み込むようにも出来る。 そして僕の体に直接触れた者は直接催婬される。 当然とも捉えられる特性だが、直接催婬させるのは肌に触れた場合。 つまり服やアクセサリーなどからは催婬はされない。 なので僕は普段から手袋をしているのだが、ある時トイレから出てきた時、手を拭いた後で手袋をし忘れた床があった時に、これまたうっかりと、何かの拍子に溢した教科書を拾うのを手伝った時に手が直に触れあってしまったのだ! そのときに手袋をしていないことに気が付いて、彼女を催婬してしまったと嫌悪した。 だがどうしたことかなにも返してこないどころかその彼女から
「ありがとうございます。」
と本当の友人と話すかのように会話をし、そして去っていったのだった。
その時僕は催婬にかからない=彼女はサキュバスであると思っていた。 だが彼女の事を調べて、彼女は吸血鬼と人間のハーフだということを知った時、ますます訳が分からなくなった。 人間は基本的に、魔術を会得するのと、魔力対抗が出来るようになるには、人を辞める以外に方法はないと言われる程に魔術に対する抗体などが存在しない。 ハーフになっていても人の血が入っているのならば、少なからず反応はあるはず。 なのに彼女は僕に触られても素面だった。
そんなこともあって、彼女の事が気になり始めたのだ。 そして彼女の事を思う度に、胸が痛くなる。 そしてこの気持ちは自分がインキュバスという種族において、催婬出来ない相手がいることに対する嫉妬ではない。 本当に彼女の事を知りたいという、好奇心の気持ちだ。
「前、いいかな?」
お昼頃、食事をしに学園の悪魔達が集まる食堂で、僕はメリスさんの元に行くのだった。
「どうも、キューヘルト君。 貴方も大概ですよ。 私みたいな人間とのハーフといると、キューヘルト君の品格が落ちてしまいますよ。 あちらに席は山程空いていますし、あちらにいる方々と食事を共にした方が楽しいのではないですか?」
「それでも君のところで食事をしたい。 そもそも僕はインキュバスだけど、ああいった大所帯に囲まれるのは苦手なんだ。」
「そうなのですか。 てっきりインキュバスは侍らせるのが趣味なのかと思っていましたよ。」
「そう思われるのは否定しないけれど、僕の家系はそんな風にはやってないかな。 僕の両親はどちらも硬派だからね。 仕事以外では異性は作らないって言ってるよ。」
「ご両親どちらもインキュバス、サキュバスなのですか。」
「うん。 その中でも僕は「催婬」の力が強いんだってさ。 今はセーブしているけれど。」
そう、僕はメリスの前では絶対に催婬をしないようにしている。 催婬して虜にするなど、本当の恋や愛にはならないと、両親からの言葉を常に意識している。 それは普通のインキュバスなら絶対に取らない行動だが、僕の両親はどちらも硬派。 だから説得力があったとも言える。
「今度は僕から聞いても言いかな? やっぱり吸血鬼って、血液が一番の食事なのかな?」
僕は彼女の食べているミネストローネを食べているところから話を切り出そうとした。
「確かに血液を欲するのは吸血鬼としては当然ですが、それを抑えるのも吸血鬼には出来ます。 それに私はハーフなので、そこまで禁断症状に陥るまで血液が欲しくなるわけではないですから。」
「そうよねぇ。 あんたみたいな中途半端な種族、純血の私たちよりも劣っているものねぇ。」
僕らの会話に入ってきたのは数人の女子グループ。 獣系の悪魔や体全体が炎で覆われている悪魔など様々ではあるが、その先頭を立っている、緑色の髪の縦ロール、胸が異様に大きいその人物は、悪魔の世界でも指折りの大悪魔の1人娘、バリアーナ・トラフィ・スワロスタである。 僕らの住む悪魔の世界では、ミドルネームがあるのは崇高な証拠で、かなり地位は高い。
そんな彼女も僕の催婬を受けた1人なのだが、時々催婬が抜けても、こうして僕に言い寄ってくる女子は少なくない。 事実彼女の他にも、僕に本気で近付きたい女子はいる。 今日だけでも5人に言い寄られた。
「変わりなさい。 貴女みたいなのと会話していること自体不快なのよ。 去りなさい。」
「僕が彼女と話していたんだ。 それに君達とは・・・」
そう反論する前に、彼女はお盆を持ち、去っていってしまった。
「ふん。 身の程を知ったようね。 さぁ、私とお話をしませんこと? キューヘルト様。」
「・・・」
普通ならば誰しもが羨むこの状況、僕にとっては苦痛にしかならない。 自分の事を語ってくれるのは嬉しいが、どれもこれも家の事ばかりで、個人の事を語りはしない。 取り巻きも棚に上げているだけなので、正直うるさい。 毎回の事ながら、彼女達の話を曖昧に聞き流しながら、お昼を過ごした。
僕は部活などには入っていない。 理由としては運動をすると自身の催婬をコントロールしにくくなるからだ。 ただでさえ不安定なのに、これ以上コントロールが聞かなくなってしまっては本末転倒だ。 だから授業が終わればそのまま下校をすれば良いのだが・・・僕は今日ある場所へと向かっていた。 それはこの時間帯に、いや、誰も行くとこさえ思い付かないような場所。 そこに向かう理由は1つだけ。
この学園の中で一番高い緩やかな屋根の上。 そこに1人の人物が、風で見えている下着など気にせずに佇んでいた。
「やっぱりここにいたんだね。 メリスさん。」
「・・・キューヘルト君? ・・・きゃっ!」
僕が来たことで、風に靡いているスカートを押さえ付け、この屋根の上に登れる唯一のテラスへと降りてきた。
「キューヘルト君は部活に入っていないのですよね? ならば、早々に下校してもおかしくはないと思うのですが。」
「インキュバスはそれなりに夜に強いからね。 別に今帰る必要は無いんだよ。」
「理由になっていませんよ。 それに夜行性というなら、私は吸血鬼の血が流れているので、同じですよ。」
僕は嘘が下手だ。 何故なら僕はインキュバスである以上、真実を言うのが本質だと思っているからだ。 見え見えの嘘など意味がないな。
「昼の事を謝りたいと思ってきたんだ。」
「あの事なら気にしていません。 私みたいな劣等種、こうして貴方と隣に並ぶだけでもおかしいのですから。」
彼女はそう自虐的になっているが、僕にはそうは見えない。 確かに僕に近付けば近付くほど、催婬の効果は当然強くなる。 風の影響なんか関係はない。 だが今隣にいる彼女はほとんど影響を受けていない。 サキュバスやインキュバスにとって、相手を催婬出来ないなど、例外を除けば種族的にはあってはならないこと。 催婬出来ない例外とは、本当の想い人がいる時のみ。 真に愛する人の前に、催婬など無力。 むきになって取るようなものでもない。
そしてサキュバスとインキュバスにとっての最も屈辱とされているのは「異性の相手に、自分が惚れてしまうこと」。 催婬する側が逆に催婬されてしまうことを言う。 だからこそ彼女のことを知りたいと言う欲が生まれてしまうのだ。
「おかしいかどうかは周りが決めることじゃない。 僕は君の事をもっと知りたいと思っているんだ。 そして僕は君を催婬しないで、手に入れたい。」
僕としても一番言いたかったことを言えた。 これで僕の気持ちが、ほんの一部でも伝わればと思う。
「そう、ですか。」
その一言で去っていってしまいそうになっているが、そこでメリスは思い止まったようで、僕の方に振り返る。
「私も、キューヘルト君がインキュバスじゃなかったら、普通に恋を出来ていた、かもしれないですね。」
その笑顔に、沈み行く夕陽よりも赤く、そして想いが強くなっていっていた。
「それでは、また明日。」
「う、うん。 また明日。」
僕はその手を振る動作に、寂しさを覚えつつも、やはり彼女とは、正当に付き合ってみたい。 そう想えるほどに彼女の事を見ていた。
この時の彼はまだ知らない。 これが恋煩いという感情だということを。
ここまでの彼は知らない。 実はメリスも、本当は催婬に普通にかかっていたけれど、自分には釣り合わないということで、ずっと催婬にかかっていないフリをしていたことを。
そして2人は知らない。 2人が付き合えるようになったのは、この光景がきっかけだと。
2人が付き合えるようになるのは果たして何年先になるか分からないが、彼らの恋を追い求める物語は、まだ始まったばかり。
いかがだったでしょうか?
自分の小説は元々ヒューマンドラマよりなところが多く、人間風景を書いている方が楽しい時もあったりします。
この小説でランキングなんぞには載らないのは分かっているので、「あ、こんな感じの小説も、ありと言えばありかも」位の感覚で読み返してくれればと思います。
それではまた連載小説、もしくはなにかしらの拍子に書いた短編小説で会いましょう