Nostalgic Recluse.
ノベルゲーム for Android & iOS
script少女のべるちゃん 版
プレイ動画:https://youtu.be/e82OvLMux6s
ゲーム:http://novelchan.novelsphere.jp/3058
ネオン輝く夜の街。
「じゃーねー煌くーん♪」
「うん、百合香さんまた来てねー」
そこでは“偽物の愛”が、スーパーの大根のように、簡単に売買されている。
いや、大根程の価値もないだろう。
此処に来る人々は、そんな価値のないレンアイゴッコを大枚叩いて買いにくるのだ。ご苦労なことだ。
俺ももう何年もこの街に居るが、そんな連中のキモチはこれっぽっちも理解できなかった。
ま、その“偽物の愛”で食ってる俺が言えることではないが。
「ご苦労さん、煌」
客を見送った煌を労うと、彼はうぃっす、とおどけて敬礼をした。
「あの人マジないわー。今日も上司の悪口と後輩苛めた話ですよ。他に話すことねーのかよ。話題変えようとドラマの話振っても『私テレビ見ないから。それよりね』って今度は自慢話始めるし、マジウゼェ。太客だから我慢してますけど、俺もーそろそろ限界」
「そういう話は裏行ってからにしろ。他の客に聞こえるだろ」
愚痴る煌の頭を小突き、早くテーブルに戻れと指示する。指名客は一人ではないのだ。
「はいはい、わかりましたよ」
大袈裟に痛がって拗ねたフリをするのでもう一度手を振り上げると、煌は逃げるように客の待つテーブルに滑り込む。
それを確認すると、俺は事務所へと引っ込んだ。
────『Freya's garden』、それがこの店の名前だ。
自分勝手で気儘な愛と豊穣の女神様の庭。
女達のストレス発散の場。
百合香のような客は珍しくはない。ただ煌はホストになってまだ日が浅いので、まだ免疫がついていないだけ。そのうち慣れる。むしろ始めたばかりで太客(金払いのいい客)に指名を貰えた事を喜ぶべきだろう。
この仕事を始めて11年、独立して5年。 いろいろあったがなんとかやっていけてる。
すぐ潰れるかと思った店もそれなりに流行っている。
別にこの仕事が天職だとは思わないが、ずるずるとここまできてしまった。
経営者になって知りたくもない裏の世界まで嫌でも見えるようになったが、それもイイ経験ってヤツだと割り切るしかない。
そんな風に何とはなしに今までの事を回想し、ゆらゆらと揺れる紫煙を見上げながら、俺は真っ黒な肺の奥に溜まった煙を吐き出した。
—――――
本日の営業も終わり、戸締まりを確認して店を出る。何人かはこれから常連の客も交えてカラオケに行くらしいが、俺は今日はそんな気分じゃないと断ってその場で別れた。
電車もバスも当然終わっているから、アパートまでは徒歩で1時間以上かかる。あまり近いとは言えないか、酔い醒ましにはちょうどいい距離だ。
今日はなんだか理由もなく色々な事を思い出したせいで、気分が悪い。否、
「……胸糞悪ィ」
新しい煙草を取り出そうと懐に手を突っ込む。が、さっき店で最後の一本を吸ってしまったので、そこに目当ての物はなく、手は空のポケットを虚しく弄るだけだった。
煙草を買いに最寄りのコンビニに寄り、暇潰しにあまり興味のない雑誌を物色。最近流行りの戦国物をパラパラと見るともなしに眺めていると、後ろから声を掛けられた。
「和臣さん?今帰りですか?」
虚をつかれて思わず勢いよく振り返ると、そこにいたのは全身黒ずくめの“同業者”。
「なんだ、西園寺か」
「なんだとは失礼な。悪かったですね、俺で」
俺の一言が気に障ったのか、西園寺は買い物袋を提げたまま口を尖らせた。
多分、これが普通の女なら可愛く見えるのだろう。しかし、コイツは“男装ホスト”という、男だか女だかよくわからん生き物だ。故に、扱いに困る。
「何ですか、俺の顔に何か付いてますか?」
無意識に西園寺の顔をガン見していたらしい。
まさか(戸籍上は)女に対して“よくわからん生き物”などと考えていたとは流石に言えるはずがない。
俺は何とか誤魔化そうと咳払いをし、「……目と鼻と口」とこれもよくわからん事を口走った。西園寺が「眉だってありますよ」と話を合わせてくれたのが幸いだった。
「珍しいですね、コンビニで会うなんて」
「ああ、そうだな。つっても、俺はたまにしか寄らねえから」
「そうなんですか。よかったら一緒に帰りませんか?どうせ同じアパートですし」
突然の誘いに俺の思考は疑問符を浮かべ、どう返事をすべきかと頭の中の対人マニュアルをひっくり返した。
ところが俺は考え事をすると眉間にシワを寄せる癖があるようで、それを見た西園寺に「あ、嫌なら別にいいですけど…」と申し訳なさそうに言われてしまった。まあ、この顔でそんな表情されたらビビるわな。
「いや、そういう訳じゃ……まあ、いいぜ。これから用がある訳じゃねえし」
男装の麗人とはいえ一応コイツは女。女性の誘いを無下に断るわけにはいかない。仮に男だとしても、どうせ同じアパートだしな。
俺は手にしていた雑誌を棚に戻すと、ドアを引いてわざとらしく西園寺に先を促した。
「和臣さんにエスコートされるなんて、光栄だなぁ」
いつもの笑顔を崩さずに言ってのけるその言葉も、わざとらしいというか白々しいというか。
「ありがとーございましたー」というやる気のない深夜バイトの声を背に、俺たちはコンビニを後にした。
―――――
「しかしお前、何をそんなに買い込んでんだ?」
俺はコンビニの買い物にしてはやけに大きい、西園寺が持つ袋を見ながら言った。
「何って、明日の朝食と弁当のおかずですよ。最近はコンビニでも野菜を売ってるので助かります」
こんな時間に開いてるスーパーないですからね、と笑う西園寺に俺は軽い衝撃を受けた。
「お前自炊してんのか。つーか朝食って…何時間睡眠だよ」
「まあ…三時間半くらいですかね」
「うわ、ありえねえ」
ちなみに現在午前1時48分。あと30分でアパートに着いて、すぐ寝たとしても、起きるのは6時前ということになる。昼まで寝ている俺にとっては考えられない生活だ。
「……これが若さか」
俺の呟きが聞こえなかったのか、聞こえても(ネタ的な意味で)理解出来なかったのか、俺を見上げる西園寺の頭の上には「?」が乗っていた。
「いや……、よくそれで身体がもつな」
「毎朝のジョギングで鍛えてますからね。それにうちは他店みたいにガンガンお酒飲んだりしないですから」
「あーそうなのか。やっぱり女だしな。良心的な店でいいな」
別に他意はなかった。何となくそう思ったから言っただけなのだが、これが奴の癇に障ったらしい。
「その発言は頂けませんね。うちの店は『男より男らしく』がモットーですよ」
西園寺は整った柳眉を寄せて抗議の声を上げた。
「男らしく、ねえ」
真顔で言われたもんだから、苦笑いしか出てこない。
そもそもターゲットとする客層が違うから、その手の趣味の女が求める“男らしさ”の基準というのは判断しにくい。宝塚の男役やマンガに出てくるような中性的な顔立ちの『白馬に乗った王子さま』をいくつになっても求めているんだろうか。
そういえば……
「何でお前はホストなんかやってんだ?職なら他にもイロイロあるだろうに、何でわざわざ底辺の仕事なんか……」
「和臣さんは、ホストの仕事を誇りに思わないんですか!?」
また怒られた。
だが、西園寺のような美人(の部類だろう)がわざわざ男の格好までして、ホストなんてものをやっている理由は考えてもわからない。
「もしかして、レ……」
「違います」
思いつきで言った言葉は、すべて言い切る前に逆に切り捨てられた。まあ、散々聞かれた質問であろうことは、容易に想像できる。
「俺は、女性に夢を与えたり、心を癒す事ができるこの仕事を誇りに思っています。底辺だなんて言わないでください」
いつもの笑顔は何処へやら。ファンの子が見たら泣くぞ。
だが凄んだところで所詮は女。俺には少しも通用しない。度胸だけは認めてやるが。
「そりゃあ悪かったな。……そうだな、“男装ホスト”とホストじゃ話が違うか」
わざとらしく強調して言ってやると、西園寺はハッとして目をしばたたかせた。
それに気づかないフリをして、俺はなおも続ける。
「俺もプロだからな。それなりに誇りもプライドも持ってるよ。でもな、ホストはやっぱり底辺だよ。 男ってのはバカだからな、 指名取る為なら飲めもしねえ酒も飲むし、使いたくもねえおべんちゃらも使う。売れなくて地べた這いずり回るような生活しても、それでも上目指して足掻いてる。競争相手の少ないお前らには、わからんかもしれないがな」
ホストのライバルは同じ店の奴らだけじゃない。他店のホストだって客を取り合うライバルだ。何かあれば客はすぐに他の店に鞍替えしてしまう。
経営に回ればいろんな厄介事がついて回るし、とても世間的に胸を張れる職業ではない。
「和臣さんは……和臣さんこそ、そんな風に言うならなんでホストやってるんですか」
少し苛めすぎたか。西園寺はすっかりふて腐れてしまったようだ。
口をへの字に曲げて眉間には皺が刻まれ、 『聖夜スマイル』は見る影もない。
「俺か?……そうだなあ、なんでだろうなあ」
言いながら、ネオンもまばらになり始めた街の夜空を見上げた。ごちゃごちゃとした昔の事が再び脳裏に浮かび上がる。
「まー、俺もバカだからな」
「はぐらかさないでくださいよ」
「そういうわけじゃねえよ。一つ一つ理由を挙げたらキリがねえ。お前もそうだろ」
不満そうな西園寺の頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。
「ちょっ……ちょっと、やめ……!」
抗議の声が上がるが構うものか。どうせ後は寝るだけなんだろうが。
「キッカケならアレだ、よくある話でな。親父が借金作って女と蒸発。俺を食わしていくために働いてた母親が倒れて、代わりに俺がいろいろバイトしたりしてるうちにたどり着いた仕事が、コレってわけだ。食えるようになるまでは、他のバイトと掛け持ちしてたな。おかげさまで借金は完済したよ。……なんでホストやってるか、あえて言うなら、金のためだな」
話しながら止まっていた俺の手を、西園寺が静かに払い除けた。自分でやっといてなんだが、普段きっちりセットされた髪型しか見ていないので、ぼっさぼさになったヤツの頭は無惨だが滑稽だ。口の端が無意識に歪む。
笑い出しそうな俺に気づいているのか知らないが、西園寺は無言で鳥の巣のようになった髪を手櫛で整えていた。
「すみません、変なこと聞いちゃって……」
髪に手櫛を入れ下を向いたまま、西園寺が低く言った。
マズい、泣くのか?
ここは何でもない風を装って明るく返すのが吉、か?
「何謝ってんだよ。俺が勝手に話したことだ、気にすんな!元はと言えば、俺が先に……」
西園寺の頭を軽く小突き、顔を覗き混んで笑って見せる。ふと、ヤツが俺の質問に答えてないのを思い出したが、面倒なのでもう止めだ。
屈めていた身体を戻し、再び足を動かす。
後から西園寺も歩き出した気配を感じ、ホッと胸を撫で下ろした。
それからアパートに着くまでは終始無言だった。
途中、荷物を持ってやればよかったかななどと思ったが、今更過ぎるので言うのは止めておいた。
俺の部屋は一階だが、西園寺は二階。
ヤツが階段を上って部屋の前まで行くのを見送って、自分の部屋に入ろうとノブに手を掛けたとき、上から声が降ってきた。
「和臣さん!」
「どうした?」
返事をしながら、絶交宣言か?などと子供染みた事が頭に浮かんだ。
「また、帰りの時間が合ったら一緒に帰りませんか」
てっきり嫌われたものだと思ったんだがな。
まあ別に、こっちが断る理由はないし。
「ああ、いいぜ。そうだ、お前んとこの店長に『また今度飲もうや』って言っといてくれ。仕事抜きでな。よかったら、お前も一緒にどうだ?」
「……考えときます。お休みなさい」
お休み~という俺の声を聞く前に、西園寺の姿は部屋の中へと消えた。
最後の一言は、我ながらリップサービスが過ぎたなと思う。暗くてよく見えなかったが、あまりいい顔をしたようには思えなかった。
「まー、どっちでもいいけどな」
変に懐かれても困るし。それはお互い様だろう。
人気のない暗がりの中、手探りで電気をつけ、安着の一服をいただこうとポケットを探った。
…………が。
「煙草……買うの忘れた……」
悲しみに暮れた俺は、灰皿に溜まったシケモクで虚しい夜を過ごすのだった。
和臣=橘恭司 の話でした。
西園寺聖夜=田中由美さん(キャラ提供 あかさたなさん)にご出演いただきました。