勇者の資金調達法
熊や猫たちは空腹のようだ。目についた動くモノを、手当たり次第に襲い喰らっている。
共食いはもちろんのこと、熊が猫、猫が熊を捕食していたりもする。
あっちこっちで血しぶきが上がり、まるで地獄絵図だ。
「二、二百万だ。頼むから……助けてくれ」
商人の男は足を食いちぎられ血みどろになりながら、血で濡れた札束をパープルに差し出した。
「おれもそれだけ払う。だから、早く」
札束の上に、違う男が札束を重ねた。そんな二人に、くちゃくちゃと咀嚼していた猫が近づく。いま救わなければ、彼らは助からないだろう。
しかし、空中に留まるパープルが動くことはなかった。どうやら、その額のお布施ではダメらしい。
『あああああああ』
絶望に慟哭し、二人は猫の餌になった。
「言っとくが、貴殿にも救いはないぞ」
おれが動かなかったのは、ニスが進路を塞いでいるから。というのは方便で、実際のところは、ここにいる奴隷商人たちに動く感情がないからだ。
何度も言うが、これは因果応報であり、彼らに同情の余地はない。
「だれかに救ってもらうつもりはねえよ。商人達と違ってな」
「なら、遵従を誓え。さすれば、マダムの加護を与えよう」
「んなもんいらねえよ。一応、女神の加護を受けているんでね」
窮地に陥っても助けてはくれないものぐさな女神だが……こいつらよりはマシだ。なにせ、困難を乗り越える力は与えてくれるからな。
「やはり、指導が必要だな」
ニスが笑った。その笑顔は嗜虐心で満ち溢れている。
「猫と熊はもとより、お前に負けるつもりもねえぞ」
「言っておけばいい。すぐにあいつらと同じようになる」
「五百万。これでどうだ?」
「俺は八百万出す。だから、こいつらより俺を救え!」
ニスの指さす先には、金で命乞いをするしかない連中がいる。その姿は醜くて、みっともない。
こんなマネをしなくてすむのだから、ありがたい。
「では、指導を始めるとしよう」
ニスが突進してきた。
お互いの距離はせいぜい五メートルから十メートルの間だ。普通ならそこまでの加速は望めないが、ステージを窪ませるほど強烈に踏み込んだ脚力が、弾丸のような超スピードを可能にした。
大型トラックと激突するくらいの衝撃がありそうだ。
避けてもいいところだが、おれは右手を前に出し、少しだけ踏ん張った。
ドンッという音を立て、ニスのショルダーアタックが直撃した。
「そ、そんな馬鹿な」
よほど自信があったのだろう。片手で受け止められたことに、ニスが驚愕している。
「べつに不思議じゃないだろ。おれとお前の実力差を考えればよ」
「それこそ馬鹿を言うな! パープル様の右腕であるこのニスが、奴隷などに劣るはずがない」
「安心しろよ。お前が劣っているのは奴隷じゃない。勇者だ」
ニスの肩を掴む右手に力を込めた。
「ああっ」
痛みに顔を歪め飛び退ろうとするが、それは許さない。
「やってみてわかったよ。この奴隷商人は最低だ。お前も足を洗ったほうがいいぞ」
左手を振り上げた。
「や、やめろ」
「許しを請う奴隷を救ったことがあるか? ないよな!? なら、末路もわかるだろ」
「た、頼」
おれの拳がニスの顔面を捉えた。
「ぐあああああっ」
右手を放したこともあり、ニスが吹き飛んだ。人や獣を巻き込みながら、壁に激突した。
「やべっ。やりすぎたかな」
壁が瓦解し粉塵が舞っている先には、結構な穴が開いてしまった。
「あそこから逃げられるぞ」
目ざとい奴隷商人たちが走り出す。
「あなたたちは本当に愚かですね。言ったではないですか? あなたたちの命は、競売にかけられた、と」
「ちくしょう!」
壁は無くなったが、アンロックシールドに覆われた宮殿からは、だれも出ることができなかった。
「いくら積めば助けてくれますか?」
モーガンが土下座した。
「それを決めるのはあなた次第です」
「わたくしの持てる物はすべて差し上げます。ですから、どうかお助けください」
血だまりの広がる床に頭を擦りつけたまま、モーガンは両手を合わせた。
「具体的な金額を言いなさい」
「二〇〇〇億です」
「いいでしょう」
「ありがとうございます」
このやり取りが慈悲であるなら、なんてことはない。神界も現世も大差ないではないな。
「他の方はどうですか?」
「そこまでの大金は用意できませんが、私も全財産を差し上げます」
「話を聞いていなかったのですか? 私は具体的な金額を提示しなさい。と言ったでしょう」
「八〇〇〇万です」
「残念です。あなたは生きている価値がないようですね」
地獄の沙汰も金次第とはいったものだが、これだけはっきりしているのも珍しい。
「食べてしまいなさい」
主に従い、熊が商人に襲い掛かる。
「あああっ」
涙しへたり込む姿は情けない限りだ。
「おっさん。おれに払う気はあるか?」
「はあっ!?」
「さっき言った金額だよ。八〇〇〇万払うなら、助けてやってもいいぞ」
「払う! 助けてくれ!」
足に縋りつかれた。商人の垂れ流す涙と鼻水でズボンが汚れる。
(なんか嫌だな)
引きはがそうと足を振るうが、おっさんは一向に離れない。
「邪魔なんだけど……」
イヤイヤと首を振り、おれの足をがっちりとホールドしている。
「グアアアアア」
襲い来る熊を、おっさんがしがみつく足で蹴り飛ばした。
(すげえ根性だな)
かなりの衝撃のはずだが、おっさんは手を放さなかった。
「ニスが敵わないのだから、グロウベアではどうしようもないか。仕方ない。私が手を下そう」
パープルが降りてきた。
「他の連中はどうする? 全財産おれに払うか?」
パープルそっち退けで、他の連中にも声をかけた。
『全財産をあなたに渡す。だから、助けてくれ!』
モーガンを筆頭に彼と同額出せる商人たちは迷っているが、そうでない者たちはすぐにおれの誘いに乗った。
「そういうことなんで、わりぃけど、お前の前にあいつらを片付けさせてもらうな」
おれはいまも暴れている熊と猫をおとなしくさせるべく動いた。
ボコボコボコ。と手当たり次第に殴り飛ばす。宮殿は広いが問題ない。一分もかからず、熊と猫の制圧は完了した。
「おおっ! 凄い! やはり勇者は偉大だ!」
手のひら返しは腹立つが、この後のことを考えれば悪くない。金はいくらあってもいいからな。
「これでひとまず安心だな。だから、離れてくんねえかな」
最初のおっさんはいまだにおれの脚にくっついている。
「私に歯向かったこと、必ず後悔しますよ」
「これからあいつと戦うんだぞ。そのままでいいのか?」
おっさんが無言で離脱した。
機を見るに敏なり。とはいったものだが、その動きは鋭かった。一瞬、おれですら見失ったからな。
「部下は役立たずで、アホどもには楯突かれ。あ~っ、イライラする」
パープルがガシガシと髪を掻きまわす。メッキが剥がれてきたな。
「イライラしてるのは、おれも同じだよ。むしろ、積もった感情はおれのほうがデカイからな」
「うるさい! 商売を滅茶苦茶にしやがって! お前ら全員皆殺しだ!」
「やれるもんならやってみろ。お前ともども、独善島を終わりにしてやるよ」




