勇者の落札価格
「出品の手筈を整えたのはわたくしですぞ。ですから、勇者はわたくしの物だ。欲しければ金を積みなさい」
モーガンが高らかに宣言しているが、おれはだれのモノでもない。強いて言うなら、おれはおれのモノだ。
「一億」
「一億二千」
「一億五千」
…………際限なく上がっていく。
これがおれの価値なんだとしたら、大したものだ。
「ナルオ。ステージに上りなさい」
タキシードの男が指示してきた。
気安く名前を呼ばれたくはないが、ここは招待に応じようじゃないか。
おれが足を踏み出すと、人垣が分かれステージまでの道が出来た。
「顔も悪くないな」
「マダムに高く売れるぞ」
「あの反抗的な目。調教しがいがありそうね」
おれの耳にそんな声が届く。こいつらは、本当に人を物としか見ていないようだ。
「五億だ!」
ステージに上がると同時に、モーガンがこれまでの倍を超える値段を叫んだ。一気に価格が跳ね上がり、多くの者がオークションから脱落した。
「他にはいませんか? ……成立です。と言いたいところですが、勇者ナルオの価値としては低すぎます」
それは競売の理念としてどうなんだ? 最低価格があらかじめ決められているなら、そこから始めるべきだろう。
「これより、デモンストレーションを行います」
『おおおおおおおおっ!!!!!』
怒号のような歓声とともに、拍手が沸き起こった。
「では、御覧ください」
二頭の動物が現れた。超大柄の熊と羽の生えたライオンだ。
「グロウベアとバンキャットだと!? やめろ! 商品が傷つくじゃないか!」
「ギャアアアアア」
モーガンの制止の声を無視し突進してきた熊を、おれは客席に蹴り込んだ。
「うああああ」
「ぎゃあああ」
何人か巻き込まれたな。
ざまあみろ。なんて思っている間に、今度はライオンが飛びかかってきた。
いや、キャットと言われていたから、猫か。……まあ、なんでもいいや。とりあえず、こいつも客席に蹴り込んでやろう。
繰り出したハイキックを受け、猫も吹っ飛んだ。けど、こちらは羽根を使って飛翔し、人的被害は起こさなかった。
それならそれでかまわない。少し前に蹴り込んだ熊が、商人たちの間で暴れているからな。
「三五億」
上から声が降ってきた。
ああ。上にVIP席のようなところがあるのか。
「そんな……」
モーガンが膝をついた。
まあ、そうだよな。いきなり六倍だもんな。モーガンの五億ですら破格っぽかったのに、これでは太刀打ちできる者はいないだろう。
「五〇億」
いたな。
これはもうあれだ。上階にいるのは、別次元の金持ちだ。
(これも大人買いというのかな?)
再度アタックをかけてきた猫の爪を避けながら、おれはそんなどうでもいいことを考えた。
「一〇〇億」
大台突破だ。
デモンストレーションが利いたようでなによりだ。
「せりゃ!」
お祝いに、猫を上階に蹴り込んだ。
被害はゼロ。というより、テラス席に当たる前に猫は粉みじんにされた。
「オーナー。これで文句ないわね」
バタフライマスクで顔を隠したドレス姿の貴婦人が、紙きれを放った。
音もなく現れたパープルが空中でそれを確認し、うなずいた。
「当方が定める参加条項の強制落札が行使されました。よって、勇者ナルオは一〇〇兆で落札されました」
すげえな。けど、額がデカすぎて心が動かない。あの貴婦人はおれのどこに価値を見出したのだろう。
「いきなさい」
『はっ!』
貴婦人が扇子を一振りすると、脇にかしずいていた男が飛び出してきた。帯刀しているから、猫を切ったのはこいつなのだろう。
「お前を見ていると過去の自分を思い出すな。俺もそうだった。この会場に連れてこられたときは嫌悪したさ。けど、マダムの子飼いになってからは贅沢三昧。試し切りもし放題。適度に人斬りも出来て、腕がなまることもない。ここは天国だぞ」
対峙する男は、イカれているらしい。本気で相手をする気はないが、教えてやろう。
「おれにとっては、すでにここが天国だよ」
なにせ、すでに一回死んでいるからな。
「なら、尚更従順になれ。お前の知らない快感を約束してやる」
これだけ言ってくるのだから、さぞ素晴らしい体験が待っているのだろう。
「なら、一つ確認させてくれ。契約期間は何日? 何か月? 何年? 後、給料はいくら貰える?」
「立場をわきまえろ!」
「奴隷だからワガママ言うな。ってのか? だとしたらゴメンだね。おれはお前らみたいに、底辺で満足できないんでね」
「身体に教えるしかないようだな」
男が剣を抜いた。
「初めからそのつもりだろ?」
「わかっていたか。けど、仕方ないのさ。マダムは無傷を好まれるからな」
「それには応えられると思うぜ」
男との間合いを詰め、おれはその頬に拳を叩き込んだ。
「ぐあっ」
少しは踏ん張るかと思ったのだが、男はあっけなくステージの外に飛んでった。
(弱っ)
手応えがなさすぎる。よくもまあ、強敵みたいな雰囲気で出てこられたものだ。
「貴様っ!」
額に青筋を浮かべて立ち上がったところで、怖くもなんともない。男のすぐ近くで暴れている熊のほうが強そうだ。
「横横」
親切心で教えてやったのだが、それも気に食わないらしい。無言のまま、熊は斬り殺されてしまった。
「今度はお前だ」
男の斬撃が迫る。
(こいつ、おれを殺す気だな)
目が血走っていて、我を忘れている。ここでおれが死ねば自分が怒られるのだろうに、それすら抜け落ちてしまっているようだ。
(かわいそうに)
これが盲目になった人間の末路だ。けど、自分の愉悦を優先して他人を蔑ろにしたのだから、同情する気はない。
おれは斬撃を躱しながら、男にカウンターパンチを見舞った。
ドサッと倒れ、動かなくなった。ピクピクと痙攣しているから死んではいないだろうが、再び起き上がることもないだろう。
「素晴らしい。マダム、どうされますか?」
パープルが手を叩きながら訊くと、貴婦人は無言で紙切れを手渡した。
「契約成立ですね。ニス。君がやりなさい」
「はっ!」
司会をこなしていたタキシードの男が胸に手を当てお辞儀した。
「これより貴殿の相手はわたしが務めます」
タキシードの男が上着を脱いで上半身裸になった。ということは、こいつがニスなんだな。まあ、それも偽名の可能性が高い。肌が黒光りしているから、ニス。なんだと思う。
(ちょっと捻ってきたじゃねえか)
思わず感心してしまった。
「では、納品はいつもの所によろしくね」
「かしこまりました」
最後を見届けることなく、貴婦人は席を立ちその場を後にした。
「他の方もよろしいですかな?」
VIP席にいた面々が無言で席を立つ。
「アンロックシールド」
パープルが呪文を唱え、宮殿を囲むように結界を生み出した。
「これで一人も逃げることは出来ません。さあ、あなたたちの命の価格を決めましょう」
熊や猫が大量に出てきた。ただ、先ほどのやつらより獰猛そうだ。
「目録にはございませんが、皆さまの命が競売です。助かりたければ、お金を積んでください」
「一〇〇万!」
「一五〇万!」
…………口々に商人たちが金額を口にする。
文字通り、命の競売が幕を開いた。




