勇者はオークションを嫌悪する
宮殿はオークション会場だった。
中央に大きな吹き抜けと丸いステージがあり、奥から出てきた奴隷を競り合うらしい。
断言できないのは、いま現在競りが行われていないから。
いまは入り口で渡された目録に目を通し、それぞれが戦略を立てる時間のようだ。
中には奴隷を売るだけで買わない者もいるようで、そういった者たちは端に用意された立食形式の食事を楽しんでいる。
競りに参加する気のないおれもそっちに向かったのだが、どこどこの町で出産が多いだとか、若くてきれいな娘はあそこが狙い目だとか、聞くに堪えない情報交換がなされていた。終いには「あんたはどこの縄張りだ」なんて聞かれてしまった。
「フリーランスです」
「じゃあ、大変だろ!? なんなら、おれたちのシノギに加えてやってもいいぞ。金さえ払えばな」
正直に答えたら、カツアゲされた気分になった。
「いや、地道に頑張るんでお構いなく」
「けっ! てめえ、今聞いたことを利用して俺たちのシマを荒らしてみろ!? そんときは容赦なく殺すかんな! 覚えとけ!」
誘いを断ったら、殺害予告をされた。
ダメだ。ここにいるやつはクズばかりだ。ザラを人身御供にした時点で五十歩百歩かもしれないが、彼らよりはマシだと信じたい。
それに、最悪を免れるための手も打ってあるしな。
「失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですかな?」
立食から離れたおれに、モーガンが声をかけてきた。そういえば、名乗った覚えがない。
「ナルオです」
偽名にしようかとも思ったが、本名を名乗った。ただ、神界では日本人ぽい名前の者に出会っていないので、名前だけ。しかも、カタカナっぽく聞こえるように発音した。
「ナルオさんですか。珍しいお名前ですな」
なんとなくだが、成功した気がする。
「商売柄、覚えてもらいやすいので重宝してます」
「確かにそうですな。うらやましい。なぁ~っはっはっは」
笑いながらモーガンが去っていった。なんだったのだろう? まあ、考えてもわからないし、追いかけて訊くほどのことでもない。
おれは手持ちぶさたを解消するために目録を開いた。
中身を見て驚いた。出品されている子供や女性の写真とプロフィールが記載されている。
ガラケーぐらいの画素で写りは少し悪いが、顔やスタイルを把握するには十分なクオリティーだ。
神界の文字を習ったことはないが……読める。というか、これは日本語だな。
……うん。気にしたら負けだな。
お約束。の一言でいこう。
「会場の皆様。大変長らくお待たせしました。これよりオークションを開催します」
アナウンスが聞こえたので、おれは目録を閉じてステージに目を向けた。
そこにはタキシードを着た大柄な男がいた。黒髪のオールバック。左目に眼帯。右頬に刀傷。司会というよりは、用心棒ではなかろうか。
「ロットナンバー一番。獣人族の男児です。見た目はよくありませんが、醜男というほどでもありません。ペットにするもよし。奴隷にするもよし。ですが、栄養不足で線が細く筋力もございませんので、その点はご注意ください」
タキシードの男が説明する間、奥から首輪に繋がれステージに引っ張り出された獣人族の男の子が歩かされている。
「あれでは使い物にならんな」
「ああ。転売先もなさそうだし、見送りだな」
次々に興味を失う商人たちの感想が聞こえてくる。頭の上にある三角の耳がピクピク動き、獣人の少年は買い手がつかないことに安堵しているようだ。
「子供のおもちゃにちょうど良さそうだな。わしが買おう」
老人が手を挙げた。
「他はいませんか?」
だれも反応しない。
「成立です!」
タキシードの男が鐘を鳴らし、拍手がおきた。
「ああああっ」
獣人の少年はひざを震わせくず折れた。
動かない少年を引きずり強制退場させる様は見るに堪えないが、オークションは続行される。それに疑問を抱く者はいないようだ。
「続いてロットナンバー二番。獣人族の赤子です」
「おおおお!」
歓声が上がった。
「乳飲み子ですが、健康状態はいたって良好。育てるもよし。売るもよし。唯一の難点は、手間がかかることです」
赤子を頭上に掲げ、女がステージを回る。
「おれだ」
「わしじゃ」
「わたくしも参加しますぞ」
モーガンを含め、次々に手が上がる。値段も比例し、グングン上昇していく。貨幣価値はわからないが、かなりの額であろうことは予想できる。
(こいつら狂ってるな)
いままでもそう思っていたが、その想いはより強くなった。
「他はいませんか? ……成立です」
鐘が鳴り、取引が成った。
胸のイライラをぶつけるように乱入し、オークションを滅茶苦茶にすることはできる。けど、それをしたところで問題は解決しない。一時救われたとしても、奴隷は別の所で売買されるだけだろう。
より多くの奴隷を救うのだとしたら、いまはまだ動くときじゃない。
(我慢だ)
自分に言い聞かせる。けど、ここに居続ければ爆発するのは間違いない。
(よし。探ってみるか)
奴隷が出入りしているのだから、どこかに控室があるはずだ。
なるべく音をさせないように、おれはオークション会場を出た。
廊下に人気はなく、見張りらしき人物もいない。
見つかったとしてもトイレだなんだと言い訳もできるし、コソコソするほうがかえって怪しまれそうだ。
堂々と散策しよう。
ダメだった。
廊下は建物を一周するだけの一本道。途中途中にドアはあるが、ほとんどが施錠されていて開かない。唯一開いたのはトイレだけ。
上に続く階段が二か所あるのだが、入り口には警備員が張り付いており、近づくことすら許されない。
現状、ここにいても得るものはないな。なら、ザラたちが連れていかれた施設を調べてみるか。詳しい場所は不明だが、狭い島であるなら捜索は可能だろう。
「どこに行く気だい?」
宮殿を出ようとしたところ、後ろから声をかけられた。
「外の空気を吸いに」
「奴隷を探しに。の間違いだろ」
振り返った先には、妙齢の女性がいた。
ほんの少し目尻は下がっているが、勝気な瞳が印象的だ。真っ赤な唇と着物の袖を捲り上げた姿は、祭り好きの熱血美女といった感じだ。
「あんたの行く場所はこっちだよ。付いてきな」
警戒するべきなのだろうが、なんとなく信用してもいい気がした。
だから、おれは彼女の後に続いた。




