勇者、入島する
出向してから三日が経った。
「この裏切りもんが! 何しに来た!?」
その間何度も様子を見に来てはいるのだが、ザラの気勢が衰える気配はない。それどころか、加速している気がする。
「ひどい扱いは受けてないか?」
「てめえの目は腐ってんのか! 牢屋にぶち込まれて待遇がいいわけねえだろ!?」
格子にしがみ付き怒鳴る姿は獣同然。だけど、そんなことが出来るのも、十人ほどが雑魚寝できる広さの所を、ザラを含めた四人で使っているからだ。
パーソナルスペースが確保できるだけでも待遇はいいのだが、当の本人たちにそれを理解しろと言うのは無理だな。
「奥に行けば行くほど、かわいそうなんだぞ」
ザラが少し大人しくなった。彼女も理解しているのだ。奥のほうから聞こえる子供の泣き声が複数あることに。
「あたしはいいから、助けてやれよ」
おれもそうしてやりたいが、出来ない理由がある。
「ここにいたほうが待遇はいい」
「んなわけねえだろ!」
怒るのもわかる。けど、これが本当だったりする。
出航してすぐに再開されたどんちゃん騒ぎも、船底に近いここまでは届かない。全員が酒と女に溺れている現状、甲板は恐ろしいことになっているのだ。
正直、あの状態でよく正常な運航が出来ているな、と感心するし、もし島に行く他の方法が存在するなら、いますぐ船を沈めてやりたいとも思う。そうすれば、醜態をさらすあのバカどもを、母なる海に溺れさせてやることが出来るからな。
だいたい、あんな野ざらしの娼館みたいな所に子供を連れて行くなど、まともな精神状態であるおれには無理だ。油断しているとこちらの服を脱がそうとしてくるのだから、なおタチが悪い。
思い出しただけでも気が滅入る。いっそあの状況を楽しめるメンタルがあるなら幸せなのだろうが……おれにはダメだ。ああいうのは本当に好きじゃない。
「安心しろ。外も似たり寄ったりだ」
オブラートに包んだ言葉は伝わりにくいかもしれないけど、なにかを悟ったような表情をしているはずのおれを見て、真実だと感じてほしい。
船長や船員の来ないここはある種の楽園であり、おれのような暇人とザラたちの世話係を申し付けられた奴隷だけしか姿を見せないここは、とても平和なのだ。
「じゃあ、てめえは何しに来てんだ」
心の平穏を求めて。とは口に出来ない。
口にしたが最後。
『こっちはずっと不安なんですけど!?』
牢屋にいる全員にそう返されるのがわかっているからな。
「様子見だよ。大事な娘が手籠めにされても困るだろ?」
「そう思うならここから出せや!」
「いや、それはさすがに無理だな。おれ、一応奴隷商人ってことになってるからさ」
「あたしを売ったんだ! てめえは立派な奴隷商人だろが!」
仰る通り。反論の余地もない。
「それについては説明したろ? 乗船のためには仕方がなかったんだよ」
詭弁とは理解しつつも、おれはそう言った。
「馬鹿言ってんじぇねえ! これなら殴り合ったほうがまだマシだ」
牢屋にぶち込まれればそうも思いたくなるだろう。けど、それは得策ではない。
もし仮に船長たちと戦い船を乗っ取ったとしても、次の手がないのだ。船を動かすことすらできないのだから。
仮に力で脅したとしても、船長たちが素直に言うことを聞くかは不明だ。よしんば出航したとしても、向かっている先が独善島なのかどうかも知る由がない。なにせ、おれもザラも独善島の位置を知らないのだからな。
なら、商人などを装い仲良く独善島に連れて行ってもらうのが最良だ。
向こうに着いてしまえば、仲間を装う必要はないからな。ということを口を酸っぱくして何度も説明したのだが、ザラは聞く耳を持っていない。
「出せ! いますぐ鍵を開けろ!」
その一点張りだ。
「もうすぐ島に着くらしいぜ。そしたら、嫌でも出ることになるよ」
平穏を求めてもあるが、おれが牢屋に足を運んだのはそれを伝えるためでもある。
「そういうことじぇねえ! あたしはいますぐ自由になりたいんだ!」
「うるせえぞ! おら、売女ども。楽園に到着だぞ」
船員たちが階段を降りてきた。
(生ぐせえ)
鼻をつまみたくなるほど、なんとも言えない体臭を漂わせている。
「へへっ、お楽しみの時間が近いな」
下卑た笑みを浮かべながら牢屋の鍵を開けていく船員たち。全員が強烈なアルコール臭を漂わせているが、足取りのおぼつかない者はいない。
「おら、順番に出ろ」
船員の命令に応じ、怯えながら格子をくぐる娘たち。
「きゃっ」
その際、もれなく小さな悲鳴を上げている。
すれ違いざま、船員たちが娘たちの尻を撫でているのだ。
(どうにもなんねえな、こいつら)
他の奴隷商人の所有ではあるが、彼女たちは立派な商品なのだ。お手付きになれば、価値が下がる生娘だっているだろうに。
「おさわり禁止」
と制止しようとしたが、その必要はないらしい。
「きゃっ!」
よろめくフリをして、ザラが船員に肘撃ちをぶちかました。
「げふっ」
うめき、船員がノックダウンした。
「ごめんなさい」
謝りながらも、去り際に船員の頭を踏みつけ、つばを吐きかけていた。
悪役レスラーみたいなやつだな。と呆れながらも、おれは心中で親指を立て称賛した。
「あっ、ごめん」
どさくさに紛れ、おれも船員を踏みながら甲板に戻った。
「ようこそ。独善島へ」
そこには迎えの天使がいた。
身なりは小綺麗だが、背中の翼は片翼がない。顔には笑みが張り付いてはいるが、笑っている雰囲気は微塵もうかがえない。視線も奴隷として運ばれてきた少女たちに向けられている。
「まあまあですね」
値踏みをしていることを隠そうともしない。
「では、商品であるみなさんは彼女に続いて身なりを整えてください。商人のみなさんはこちらにどうぞ」
片翼の男の案内で、おれは独善島に足を踏み入れた。




