勇者は奴隷商人にジョブチェンジする
「遅い!」
一仕事終え蕎麦屋に戻った瞬間、ザラに文句を言われた。
「そっちは早かったみたいだな」
テーブルには空のざるとどんぶりが置かれている。食欲旺盛でいいことだ。
「嫌味じゃなくて、結果を聞かせなさいよ」
「う~ん。密航は難しそうだな」
船の中はとにかく人が多かった。船員、業者、小間使いに奴隷と、選り取り見取り。仮に密航できたとしても、だれにも発見されずに独善島まで着くのは不可能だ。
「そっちはどうだった? 話は聞けた?」
「知り合いもいるから楽勝。で、その人たちが言うには、おかっあんが来たのは間違いなくて、何人かには独善島に行くとも言ってたらしいわ。ただ、船に乗る姿を見た人はいないみたい」
密航だからな。それも致し方ないだろう。
「じゃあ、独善島に行く目的は?」
「テンジストの収集よ」
「母ちゃんがそう言ってたのか?」
「それ以外に行く意味はないもの」
まあ、そうだよな。話の順番からいって、そう考えるのが妥当だ。けど、釈然としない。
証拠や根拠はないが、おれにはべつの可能性があるんじゃないかと思えてならなかった。
「あのさ……いや、いいや。おっちゃん、かきたまそば一杯」
「あいよ」
出てきた蕎麦と一緒に、おれは口にしかけた言葉を呑みこんだ。
「密航が無理ならどうするの?」
「そばを喰ってる途中でしょうが!」
とは言わない。ザラの腹ごしらえは済んでいるからな。話を進めたい気持ちもよくわかる。
だからおれは結論だけ告げた。
「ああ、それは大丈夫。船には乗れるように手配しておいた」
「はあ!? あの船に!? どうやったの?」
「話し合いに決まってんだろ。っても、まだ本決まりじゃねえけどな」
ザラがあからさまに疑いの視線を向けてくる。
不快感はない。なぜなら、自分が言ってるのでなければ、おれも同じリアクションをとったはずだからな。
「実はさ、潜入したときに見つかっちゃったんだよね」
てへっ、てな感じでおどけてみせたが、ダメらしい。ザラは顔を真っ赤にして怒っている。
「まあ待て。話は最後まで聞くもんだ。たしかにおれは見つかった。けど、問い詰められたおれは、咄嗟に行商人です。ってウソついた。そしたら不思議。歓迎され、乗船を快く許可された」
「嘘だ!」
間髪入れず、ザラが否定した。
「おれもそう思う。けど、本当なんだな」
「証拠は? あるなら見せなさい」
「少し前に言ったろ。話は最後まで聞けって。それと、乗船にしてもまだ本決まりじゃない、とも言ったよな?」
「ごめん」
気色ばむのも無理はない。母ちゃんの命がかかっているかもしれないのだからな。けど、素直に謝れるのなら大丈夫だ。
「気にすんな。で、話の続きだが、船に残っていた船員たちからの許可は取ったが、港に降りた船長クラスの許可がまだだ。彼らの許可がなければ、船内での安全は保障できないらしい」
「あのならず者どもに頭を下げるの!? 死んでも嫌!」
「安心しろ。それはおれがやる。ザラは横でニコニコしてればそれでいい」
「無理ね。あいつらの顔を見たら、ハンマー投げたくなる」
昔、ファミコンで大量のハンマーを投げ放ってくる二足歩行のカメがいたな。子供ながらにあぶねえやつだ。なんて感想を抱いたことを思い出した。
「我慢できないか?」
「無理ね」
「それは困るんだよな。ザラが隣にいないと、許可が下りない可能性があるんだよ」
これはウソではない。というより、ザラが交渉の切り札なのだ。
「目をつぶっててもいいから、その場にいてくんねえかな」
「…………」
ザラはもごもごとなにかつぶやいている。内容は聞き取れないが、葛藤しているのだろう。
ならず者たちに媚びるのは嫌だが、母ちゃんは助けたい。そんな思いが、ザラの心で戦っているのだ。
「……かった」
「え!? ごめん。聞こえなかった」
「わかった! って言ったのよ!」
「よしきた。サンキュー。んじゃ、さっそく交渉に行こう。おっちゃん、お代はここに置いとくぜ」
「まいどあり!」
机に金を置き、おれはザラの手を引いて店を出た。
目指すは、船長たちがいる宿屋だ。
「いらっしゃいませ」
玄関を開けると、すぐに番頭さんらしき人が出てきた。
「お客様、本日はどのようなご用件ですか? もしお泊りを考えでらしたら、他のお宿をご利用なさったほうが賢明ですよ」
番頭さんはザラを見ている。連れに若い娘がいるなら、ここには来るな。というアドバイスだな。そこには優しさもあるのだろうが、玄関まで聞こえてくる乱痴気騒ぎを広めたくない、という思惑も感じられた。
「おれたちはこの宿に用があるんだ」
「当宿にですか? 予約は承っておりませんが」
当然だ。おれがここに来るのは初めてなんだからな。
「失礼。言葉足らずだったな。おれたちが用のあるのは、奥で騒いでいる船長さんたちだ」
「これは失礼しました。何卒お許しください」
番頭さんが床に額を擦りつけて謝る。親切心での忠告も、本人たちに言えば悪口だからな。
「大丈夫。おれたちは船長の機嫌を損ねるようなことはしないよ」
告げ口はしない。と遠回しに言ったわけだが、番頭さんは理解してくれるだろうか。
「ありがとうございます」
よかった。伝わった。
「それじゃあ、船長さんたちの座敷の前まで案内してくれ」
「はい」
番頭さんの先導で廊下を進む。
「うへぇっ」
奥に行けば行くほど酒と体臭などが混じった生臭さのある異臭がどんどん強くなり、おれは表情をしかめた。ザラは鼻をつまんでいる。
最奥の部屋の前で番頭さんが足を止めた。
「ここです」
たぶんそう言われたが、部屋から漏れる大声にかき消され全然聞こえなかった。
一応、おれは襖縁をノックした。
…………反応がない。これは聞こえていないのだな。
「すみません。開けていいですか?」
襖が開いた。
「げっ」
飛び込んできた光景に、思わず声が出てしまった。
中にいるほぼ全員が半裸、もしくは全裸だ。なにをしているかは言及しないが、羞恥の極み。最低だな。
「あんだ!? てめえ」
座敷の一番手前にいる下っ端がにらみを利かせてきた。
「これを船長さんに渡してください」
おれは懐から出した手紙を預けた。
「持ってこい」
座敷の一番奥にいるおっさんが手招きする。
「へい」
渡された手紙を広げ、読むおっさん。
「あいつらが許したのか。いいだろう。話しぐらいなら聞いてやる。で、てめえが俺たちに売り込みたい品ってな、なんだ?」
「みなさんが大好きなものです」
「だから、それがなんなのか訊いてんだ」
「若い女ですよ」
おれはザラの背中を押した。
「どうです? めんこいでしょ?」
「ああ。イイ女だな」
船長が下卑た笑みを浮かべた。
そしておれは、奴隷商人として乗船することが決まった。




