勇者と鍛冶屋
ドアを抜けた先は、雪国だった。
「へっくしょい!」
秒でくしゃみが出るほど寒い。
(どこかで暖を取らねば)
おれは四方を見た。長屋風の木造建築が目立ち、雰囲気としてはどことなく江戸や明治の下町っぽい。
「へっくしょい!」
ダメだ。くしゃみが止まらない。
「さみい」
身体が震えてきた。このままではイカン。
おれは体を摩った。
そして気づいた。薄着だ。ほぼシャツとズボンだけしか着ていない。しかも、シャツは七分丈だ。
「いったん帰ろう」
目の前に鍛冶屋ロイドの立て看板はあるが、寒くてダメだ。
「寒いんで閉めますね」
「防寒着!」
締まりゆくピンクのドアに向け叫んだが、それが届くことはなかった。防寒着が来なかったのだから、間違いない。
そして無情にも、ピンクのドアは消えた。
「どちくしょー!」
天に向かって叫ぶおれのもとに、空から一枚の紙が降ってきた。
『これで温かいものでも食べてください
サラフィネ』
手紙にはそう書かれていた。そして、六枚の硬貨が張られていた。
「ありがとう」
やはりサラフィネは女神だったんだ。
ぎゅっと手紙を握りしめ、おれは鍛冶屋ロイドの店先に立った。
「たのも~」
時代劇っぽく声をかけた。……が、反応がない。
「たのも~」
再度挑戦したが、やはり無反応だ。
(寒いし、中に入るか)
引き戸を開けようとしたが動かない。鍵がかかっている。
「ちょ、マジか!?」
ガタガタするだけで、スライドする気配がない。
ビュ~と、風が強くなってきた。
「震えてるんですけど、だれかいませんか!?」
引き戸もそうだが、おれの身体もガタガタ震えている。
こうなったら仕方ない。障子を破って中に声を届けよう。
「せいっ」
指で突いた。
「あんぎゃ~!」
奇妙奇天烈な叫び声をあげてしまった。
指が折れるかと思った。それぐらい障子が硬い。
「っざけんなよ!」
あまりの痛さに地団太を踏んだ。
毎回毎回、旅の始まりはこうだ。すんなりいったためしがない。それもこれもあれもどれも、サラフィネのせいだ。
「ちくしょうが!」
許すんじゃなかった。いびっていびっていびり倒すべきだった。
「あ~、イライラする! なにもかもイヤになってきた」
もういっそ、すべてを更地に変えてやろうか。
「うっせえぞ! ボケェ~ッ!」
おれの中の悪魔が出現したのと、鍛冶屋ロイドの戸が開き、中からトンカチを持ったおっさんが出てくるのが同時だった。
「出てくんならさっさと出てこいや!」
「あんだてめえ! やんのかコラッ!」
「おうおうおう。上等だよ。やってやんよ」
額を突き合わせてメンチを切るおれとおっさん。
「おとっつあん、やめなよ」
「うっせえぞ。おめえは奥に引っ込んでろ!」
止めに入った娘を、おっさんが無下に押しやる。
「そりゃねえだろ。おっさんよ」
「うっせえ馬鹿野郎! てめえにわーきゃー言われる筋合いねえぞ」
「おっさんになくても、おれにはあるんだよ」
自分でやっていてなんだが、不毛なやりとりだ。けど、ささくれ立った心はどうにもコントロールがきかない。
「やめて!」
涙目になった娘が、手にしていたハンマーを振るった。
ゴンッ。と見事におれの眉間に命中した。
恐ろしく速い一打だった。紙一重で避けたおっさんが信じられない。
「もうやめて!」
もう一撃くらったおれは、仰向けに倒れた。
「大丈夫か? あんちゃん」
おっさんが心配そうに見ろしている。
「脳みそ飛び出てない?」
「ああ。それは大丈夫だ。外傷は見当たらねえぞ」
にわかには信じられない。
「マジで!?」
おっさんがうなずいたので、おれは強烈に痛む眉間を指で摩り確認した。ヘコんでもいないし、指に血もついていない。
「にしても、あんちゃん丈夫だな」
おっさんも落ち着いたのか、語気が穏やかになっている。
「おかげさんでね」
おれは立ち上がった。雪の中寝ていたのでは寒いからな。
「で、なんか用か?」
「借金の返済に来た」
「ああ。サラちゃんの遣いか。そんならそう言やいいじゃねえか」
「声はかけたよ」
「作業中にんなもん聞こえるわきゃねえだろ。呼び鈴鳴らせ! 呼び鈴」
おっさんの言うように、玄関戸の横にはインターホンが設置されていた。ミスマッチだが、それはおれが勝手に江戸や明治の下町を連想していたからだな。
だから、そんなものは存在しないと決めつけ、視界に入れていなかったのだろう。
反省。
ピンポーン。
「今鳴らすんじぇねえよ!」
おっさんは律儀にツッコんでくれた。短気だが、好い人なのかもしれない。
「おとっあん、大変だ!」
一足先に家の中に戻った娘が、悲鳴に近い声を上げた。
「ちっ」
舌打ちし戻るおっさんの背中を追った。
家の奥には鍛冶場があり、そこでは異様な光景が繰り広げられていた。
空飛ぶ刀が暴れ狂っている。
「おとっあん、助けて」
娘は救助を求めてはいるが、その必要性はあるのだろうか?
「おとっあん、早く!」
声は切羽詰まっているが、娘は襲い来る空飛ぶ刀を、手にしたハンマーで殴打している。
無傷だ。
「このままじゃ殺されちゃう!」
そんなことは絶対にない。と断言できる。身のこなしが、確実に刀を上回っているではないか。
いまどうこうするのは、反対に危険だ。
「よっしゃ! ちょいと待ってろ」
おっさんの考えは違うらしい。親からすれば、可愛いの娘を傷物にはできないのだろう。
「どっせい!」
参戦したが、振り下ろしたハンマーは刀に簡単に交わされた。
(あっ、ヤバイ)
文字通り、返す刀がおっさんに向けられている。
「死ぬね!」
未来を予言したが、それが訪れることはなかった。
急に刀が動きを止めたのだ。
キョロキョロと視線を巡らせるように、切っ先が左右に動く。
おれの視線と切っ先が重なった瞬間、刀がおれのもとに飛んできた。
「竜滅槍か?」
うなずくように上下した。
形としては日本刀に近い。手のひらを出すと、竜滅槍からそこに収まった。
柄をぎゅっと握る。良い感じだ。重量も重すぎず軽すぎずで扱いやすそうだ。
「そうか。おめえが勇者か」
額に噴き出た汗を拭いながら、おっさんがおれを見る。
「部屋は鍛冶場だけあって熱いが、その汗は違う汗だよな」
「ああ。死ぬかと思った」
おっさんは半泣きだ。
「ったく、サラちゃんの頼みじゃなかったら断ってんぞ」
ボヤいてはいるが、本音ではないのだろう。よく観察しないとわからないが、おっさんはほんの少し口の端を持ち上げ笑っている。
「サラフィネって人気者なのか?」
「あの子の勇者になれたんだ。てめえが一番理解してんだろ!?」
このおっさんはなにを言っているんだろう? サラフィネの人気など、おれが知るはずがないのに。
「まさかてめえ、実感ねえのか?」
「あるわけねえだろうよ」
おっさんが目を見開いた。その後ろで娘も目を見開いているのだから、よほど驚くことなのだな。
「そうか。サラフィネは人気者なのか」
しみじみとつぶやいた次の瞬間。
「おめえは駄目だ! 帰れ!」
おっさんがキレた。




