勇者は謝罪された
「おかえりなさい」
いつものようにサラフィネが迎えてくれた。
なんだかんだでねぎらいの言葉をかけてくれるのだから、ありがたいな。
「ただいま」
「申し訳ありませんでした」
サラフィネが頭を下げた。
「謝罪の意味がわからん」
「手違いをお詫びします」
「異世界に行って大魔王を倒す。いつも通りだったと思うが?」
「本来でしたら、あの世界に大魔王は存在しません」
「……いや、ちょっと待て。おれが異世界に行くとき、大魔王討伐が目的だ。って言ったよな?」
半分寝落ちしかけていたが、そう聞いた覚えがある。
「はい。言いました」
サラフィネははっきりとうなずいた。
「いないのに?」
「あの言葉は勇者を送り出すときのテンプレートでしたからね。つい言ってしまいました」
なるほど。条件反射で口にしてしまったわけか。あまり褒められたことではないが、責めるほどのことでもない。
それに、お約束は大事だ。
「っと、そういえば大魔王もそうだが、おれの魂のカケラもなかったんじゃないか?」
急に思い出した。
前回は甲冑騎士として出会っていたが、今回はそれらしい人物に出会った覚えもなければ、なにか持ち帰ったものもない。
「当然です。あの世界にあなたの魂のカケラは転移していませんからね」
「じゃあ、おれはなんのためにあの世界に行ったんだ?」
「魔法を覚えるためです」
もちろんそれは理解している。
おれが訊きたいのは、そういうことじゃない。
「魔法を覚えるだけにしては、ハードすぎる世界じゃないかい?」
投獄され、殺されかけたぞ。
「ですから、こうして謝罪しています。大変、申し訳ありませんでした」
再度、深々と頭を下げられた。
これでわかったことがある。今回のことは、サラフィネにとっても予想外だったのだ。
「具体的にはどこから違った?」
人生においてすべてが予定通りに進むなんてことはない。問題があるとすれば、どれだけ理想と離れていたかだ。
「ほぼすべてです」
「マジか!?」
「ええ。わたしは勇者のスキルアップを行う場所として、魔導皇国トゥーンを選びました。理由は建国の勇者トゥに助力したことがあったからです。彼女はわたしが授けた神託の像を大事にし、聖法母団の教会に安置しました」
おれが見たあの似ているとも似ていないとも評せる像のことだな。
「わたしは神託の像を使い、宗主に勇者を召喚し魔法を授けよ。と伝えました」
手違いはない。サラフィネの神託はちゃんと届いていたはずだ。
「問題はわたしの神託を受け取ったのが宗主アキネではなく、マリアナだったことです」
なるほど。それは大問題だな。
宗主に神託を授けたが、受け取ったのはナンバー2であるマリアナだった。ということは、おれが召喚される以前から、聖法母団はマリアナによって牛耳られていたということだな。
まあ、宗主アキネの影の薄さを考えれば納得だ。
「勇者もお気づきですね?」
今度はおれがうなずく番だった。
「わたしがつけた道筋は、根本的に間違っていたのです」
「だから、ほぼすべてが予想外だったってことか」
「その通りです。見通しの甘さはわたしの責任ですので、重ねて謝罪します。申し訳ありませんでした」
非を認めるのは立派だ。けど、それで帳消しにしていい問題でもない。
改善すべきところは改善し、課題はあぶりだしておくべきだ。
…………あるか? 課題。
問題のある場所に送り込まれた。というのはあるが、だからこそ実践練習も積めた。ただ学ぶだけでなかったことは、むしろプラスに働いたのではなかろうか。
「ん~っ、お茶でも飲みながら、ゆっくり話さないか?」
文字通りお茶を濁すように、そう提案した。
「すぐに用意しましょう」
サラフィネが動く前に、側仕えの天使たちがあっという間にテーブルとイスと茶器をセットしてくれた。
『ありがとう』
おれとサラフィネの感謝の言葉が重なった。嬉しそうに顔をほころばせ、会釈しながら天使たちが部屋を後にした。
おれたちは席につき、お茶を飲んだ。
いつも通り美味い。
なんかこうやって一息つくと、落ち着くようになっちゃったな。
「おかわりもらえる?」
「どうぞ」
サラフィネが注いでくれたお茶を、ちびちび飲む。
縁側で日向ぼっこする老人のように心穏やかだ。なんか、謝罪もされたしもういいかな。
「おくつろぎのところ申し訳ありませんが、話を続けてもよろしいですか?」
「もちろんだとも」
いまのおれは、ちょっとやそっとのことでは取り乱さないぞ。
「勇者にはあの世界で魔法を覚えるついでに、短い休暇を楽しんでいただくはずでした」
ぶーっ、っとお茶を吹き出してしまった。
「汚いですね」
機敏に避け被害はなかったが、サラフィネは眉をしかめた。
「わりぃ、わりぃ。驚いちゃって」
ゴホゴホとむせながら、おれは謝罪した。よだれのように口からこぼれているお茶も拭った。
情けない。あの泰然自若とした気持ちはどこにいってしまったのだろう。
正直、責任とかはどうでもいいが、休暇は聞き捨てならない。
「あそこで羽伸ばせたの?」
答えを言わず、サラフィネがお茶を拭くように手を払った。すると、いつだったかと同じようにお茶が綺麗に消えた。
「凄い力だね。でも、いま知りたいのは休暇の件だから」
「わかっています。けど、放置しておくと染みになってしまうので」
意外と綺麗好きだな。まあ、わからなくもないが。
「サラ様、こちらにどうぞ」
素早く新しいテーブルセットが運び込まれ、おれたちは席を移った。
これで大丈夫だ。話を続けられる。
「わたしは神託を授けたときに、出来る限り勇者をもてなしてほしい。とも告げました」
なるほど。脅威のない世界で、自分の影響力が強い場所で魔法を覚えるとなれば、ゆっくりはできるな。
「マリアナ……許せねえ!」
休暇を潰した張本人が脳裏に浮かび、おれは拳を握った。
やはりこいつを叩きつけておくべきだったな。
まさに臍を噛む思いだ。
「すべてはわたしの責任です」
なにを言っているのだろう?
「あの世界はわたしの加護を受けていました。彼女たちの暗躍に気づけなかったのは、わたしの落ち度です」
そういうことか。
「なら訊くが、加護を与えた世界のことは、すべて把握できるのか?」
サラフィネが苦そうな表情を浮かべた。
「おおよそですが……」
歯切れも悪い。
「なら、謝る必要はねえだろ」
「ですが……」
「自分で言ったじゃねえか。おおよそのことしか把握できないって。地球の海に墨汁を一滴垂らした程度のこと、わからなくて当然だろ」
「及ぼす影響が違います。彼女たちの存在は、海を黒く染める力がありました」
その通りだとは思う。放っておけば、あの世界は彼女たちのモノになっていただろう。
「けど、そうはならなかった。それに、おれが言っているのは規模の話だ。海に墨汁を垂らしたことを理解するには、その瞬間を目撃する以外に方法はない。違うか」
「その通りです。しかし、彼女たちが悪意をばらまく場所としたのは聖法母団です。あそこはわたしの影響力が特に強い場所です。気づかねばなりませんでした」
「気づいたらどうなんだ? お前が行って粛清するのか?」
「それは出来ません」
サラフィネははっきりと否定した。
「なら、おれが行ってよかったじゃねえか」
「それは結果論です!」
たしかにその通りで、過程を完全無視した物言いだ。
「でもいいじゃねえか。そのおかげでおれはツベル一家と出会えたし、あいつらの笑顔も守れた。おれはそれだけで満足だよ」
結果だけを注視してはいけない。過程も大事。
さんざん自分に言い聞かせてきたことだが、それすら吹っ飛ばすこともある。
「だから、もう謝るな!」
謝罪はお腹いっぱいだ。
ツベルたちを思い出し、幸せの別腹も膨れた。それで充分だ。
「ありがとうございます」
サラフィネも笑顔になった。
これで一件落着だな。




