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勇者は心置きなく帰還した

「よっ。無事だったか?」


 おれはアベルたちに声をかけた。


「ああ。あんちゃんのおかげで助かった」

「ニコルは?」

「僕も大丈夫」

「そっか。それはよかったな」


 歩いて近づき、二人の頭を撫でた。


「や、やめろよ」

「えへへ」


 嫌がるそぶりを見せるアベルと、はにかむニコル。リアクションは対照的だが、二人ともおれの手を払うことはしなかった。


「父ちゃんは?」

「母ちゃんに付き添ってる」

「そうか。なら、母ちゃんは無事か?」

「うん。僕たちが戻ったときには、意識も取り戻していました」


 ほっと息をついた。


「赤ちゃんは?」

「今産んでる」


 よかった。けど、二人はそんな中ここに来たのか。悪いことをしたな。


「って、なんでお前ら戻ってきたんだ?」

「国の行く末が係っているのだから、その目で見て来なさい。って、母ちゃんに言われた」


 次代を担うという意味では、おかしなことではないと思う。けど、スパルタすぎやしないだろうか? おれが勝てるとは限らないだろうに。


「絶対に清宮さんが勝つから、その雄姿を目に焼き付けてきなさい。とも言われました」


 厚い信頼だな。そして、一国の主だけあって肝が据わっている。


「そんな大したもんじゃねえよ」

「いや、あんちゃんはすげえよ」

「僕もそう思います」


 アベルとニコルが目をキラキラさせている。

 背中がむず痒い。これはダメだ。耐えられない。


「よし。戻ろう」


 ……とは言ったが、道がわからない。来るときは豪華な神殿を目指せばよかったからな。


「こっちですよ」


 ニコルが手を引いてくれた。


「おっ、ありがとう」


 礼を言うと、ニコルが満面の笑みを浮かべた。

 可愛らしい。これは将来、凄いことになるかもしれないな。モテまくる魔性の王子様。なんて二つ名を獲得する日もそう遠くないだろう。


「ずるいぞ! ニコル」


 おれのアホな感想を遮るように、アベルが声を上げた。ずるいもなにも、手を引いて先導しているだけだろうに。


「兄さんもやればいいじゃないか」

「は、は、は、はずか……い……ないか」


 所々聞き取れなかったが、言いたかったことはわかる。

 べつに恥ずかしいことはないだろうに。シャイなやつだ。アベルはあれだな。ツンデレ王子様だ。


「安心しろ。手はもう一本ある」


 おれからアベルの手を握った。


「べ、べつに嬉しかないやい」


 そう言ってそっぽを向いたが、アベルの足取りは軽い。わかりやすいやつだな。これではツンデレ王子様になれないぞ。

 でもまあ、これはこれで人気者になれそうだ。

 護れたモノを確認しながら、おれは広場を後にした。



 家に戻ってから数時間後、赤ちゃんの産声が聞こえた。


「おぎゃー! おぎゃー!」


 元気いっぱいだ。これなら大丈夫そうだ。


「生まれたぞ! アベル! ニコル!」


 出産に立ち会っていたツベルがすぐに報告に来た。


『やったー!!』


 二人揃って飛び上がって喜んでいる。微笑ましい光景だ。


「奥さんは?」

「大丈夫。母子ともに問題ない」

「そりゃ、よかったな」


 ツベルの言葉を聞けて、おれは心の底から安堵できた。

 信じてはいた。けど、出産前に気を失っていたのだ。最悪のことも起こりえたと思う。


「本当によかった」


 安心したら、急に力が抜けてしまった。立っていられず、おれは椅子に腰を下ろした。


「なさけねえなぁ」


 アベルに笑われた。

 まったくもってその通りだ。反論の余地がない。


「アベル。そんな風に言っては駄目だ」

「そうだよ、兄さん」


 ツベルとニコルは擁護してくれているが、これに関してはアベルが正しい。


「ちぇっ」

「間違っちゃいないよ。だからむくれるな」


 舌打ちするアベルを、おれは肯定した。


「べつにむくれてねえし」

「そうなのか?」

「ったりめえだろ。そんなガキじゃねえやい!」

「あら、私はまだアベルを子供だと思っているんだけどな」


 ニナが部屋に来た。足取りはしっかりしているが、産後すぐ歩き回っていいのだろうか。


「大丈夫かい?」


 ツベルも同じ思いなのだろう。気遣うように手を差し出した。


「ありがとう。でも大丈夫よ。回復魔法をかけてもらったから」


 なるほど。便利なものだな。

 それでも、その行為が嬉しいのだろう。ニナはツベルの手を取った。


「ほらよ」


 アベルが椅子を差し出した。


「ありがとう」

「おれは母ちゃんの子供だけど、さっきのはそういう意味で言ったんじゃねえからな。おれが言いたいのは、心の問題だ」

「わかってるわ。みんなと同じように、お母さんもほんのちょっと意地悪しただけなの。ごめんなさいね」


 アベルと視線を合わせ、ニナが謝罪した。

 大人子供関係なく、謝るときはきちんと謝る。それが出来るこの家族なら、この先も大丈夫だろう。


「あっ……」


 おれの身体が透けだした。


「わりぃ、さよならだ」

『えっ!?』


 子供たちは驚いたようだが、両親たちはある程度予想していたのか、そこまで驚いた様子はなかった。


「これは君のだ」


 ツベルが硬貨の入った布袋を差し出した。確かにそれはおれのだな。


「サンキュー。ほらっ」


 受け取ってすぐ、布袋をアベルとニコルに渡した。


「なにをしているんだ!?」


 これにはアベルも驚いたようだ。


「投資だよ。これから先この国が明るくなるように、おれはこいつらに託すよ」


 アベルとニコルの頭に手を置いた。


「無責任にな。だから、プレッシャーなんか感じるなよ。お前たちはいまのまま大きくなればいい。おれが願ってる明るさなんて、その程度だ」


 わしゃわしゃと撫でる。二人はなにも言わなかったが、小さくうなずいたような気がした。


「奥様」


 赤ん坊を抱いた助産師が現れた。その手に抱かれているのは、珠のようにかわいい子だ。


「抱いてあげてくれませんか?」


 ニナの申し出を、おれは首を横に振って断った。


「どうしても駄目かい?」

「抱いた瞬間におれが消えるかもしれないからさ。せっかく守った未来を、おれが消したんじゃシャレにもならないからさ。遠慮するよ」


 ツベルの願いも拒否した。


「では、この子にあなたの名前をいただいてもいいですか?」

「やめてくれ。勇者の名を冠す子なんていないほうがいいし、アベルやニコルのように、愛した子を想って名付けてよ」

「わかりました」


 完全に納得はしていないのだろうが、ツベルとニナは承諾してくれた。

 うん。これで思い残すことはない。


「バイバイ。元気でな」


 別れを告げ、おれは魔導皇国トゥーンから姿を消した。


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