勇者対大魔王
「グルルルルルル」
唸る大魔王からは知性や教養は感じない。姿かたちは人間だが、それは理性を失った獣以外のなにものでもない。
「ガアアアア」
「せりゃ!」
大きく口を開き飛びかかってきた大魔王を、おれはハイキックで蹴り飛ばした。
後方にゴロゴロと転がり、止まったところでむくりと起きる。顔を真っ赤にして怒っているのは理解できるが、大魔王が言葉を発することはなかった。
前言撤回だな。こいつは獣じゃない。獣にも劣る、動く屍だ。
「おれはこの世界に来たとき、一つのルールを決めたんだ。敵味方に関係なく、出会った人たちと可能な限り会話をしよう。そして、行動を決めるのは最後の最後。ってな」
おれはだれにともなくつぶやいた。
「それが面倒臭いときもあったし、問答無用で殺されかけたときもあった」
「グアアアアア」
一瞬でおれとの間合いを詰めた大魔王が、半円を描くほど大きな反動で拳を地面に叩きつけた。
舗装された石畳は砕かれ、大きな窪みを穿つ。
そこにいれば、ペシャンコになっていたかもしれないな。まあ、簡単なバックステップで躱したけど。
「そりゃ、理不尽に感じるときだってあったぜ。なにせ、出会うやつのほとんどが説明してくんねえんだからよ。わかるか? ほぼ全員が、だぜ?」
聖法母団の連中に関しては百パーセントがそうだった。救国魔団にしても、隠し事は多かった気がする。
「そのくせ、おれを利用しようとしていることは隠しもしない。無茶苦茶だろ!?」
「ガアアアアア!!!」
「お前が怒るのも理解できる。おれも似たような気持ちのときがあったからな」
大魔王が繰り出してくる乱打を、おれは最小の動きで避ける。
「いっそ話を聞くのなんかやめちまおうかな? って思ったときもあるんだぜ。いままで通り、力技でどうにかるんじゃねえ!? なんて考えも消えなかったよ。けど、おれはそれをしなかった。なんでかわかるか?」
「グルアアアアア!!!!」
大魔王が大きく開いた口の内部で、魔素の集約が急速に行われている。
「わかんねえよな。まあ、当然だわな。お前はおれじゃねえし、考えるのもやめたんだもんな」
「グアア」
「フォールシールド」
大魔王が光線を放とうとする直前に、おれは大魔王の口をマスクで覆うように盾を顕現させた。
その結果、魔法は口内で炸裂した。ダメージを負ったのは大魔王だけ。街への被害はなしだ。
「おれがそうしなかった理由は……このままではいずれ行き詰まる。そうサラフィネに言われたことを、おれ自身も痛切に感じていたからさ。だから、魔法を覚えるというスキルアップだけでなく、異世界の知識や教養も知ろうと決めた」
正気を保つためか、おれの言葉を否定するためか。理由は知れないが、大魔王が大きく頭を振った。
「お前の姿は、まるで以前の異世界でのおれだな。行き当たりばったりの力技。唯一違ったのは、おれはそれでどうにかなったが、お前はならない。それだけだ」
「グルアアアアアアアアアアアア!!!!」
これまでで一番の咆哮を上げ、大魔王がおれを睨んだまま突進してくる。
「だれだって否定されればムカつくさ。けど、どうにもならねえこともあるんだぜ!」
魔素を集約させ、グローブのように拳を覆った。
「初めに言ったよな!? お前らの企みもろとも、粉砕するってよ!」
おれは大魔王の顔面を打ち抜いた。
確かな手ごたえがあり、大魔王の動きが止まる。
終わったな。神官によって与えられたかりそめの命が消えたのだ。
「お見事です」
賛辞と拍手が聞こえた。
消えたはずの神官がそれをしているのだとしても、驚きはしない。
「ファイヤーショット」
「なっ!?」
おれが大魔王の亡骸を燃やすと、神官は少しだけ目を見開き驚いた様子だった。
「二度とこいつをおもちゃにはさせねえよ」
「……ふふっ、意外とセンチなことを仰るのですね」
「お前がどう思ってるかは知らねえが、こいつの回収も企みの一つだろ? なら、それはさせねえ。ってだけさ」
「ファイヤーアロウ」
神官が上級魔法でおれの炎と大魔王を消し炭にした。
「気は済んだか?」
「まさか。正直、はらわたが煮えくり返っていますわ」
そう言いながらも、神官の顔には笑みが張り付いている。
「なら、決着をつけるか?」
「ご遠慮します。これ以上争ったところで、得るものはありませんもの」
「おれの命と魔導皇国トゥーンがあるだろ」
「ふふっ。勇者様の命を刈り取れるなら僥倖ですが、それをするには相応の覚悟を決めなければなりません。残念ながら、今の私にその覚悟はございません」
裏を返せば、覚悟さえ整えばいつでも死闘を演じる腹積もりがある。ということだ。
「この国だって欲しいんだろ」
「少し前でしたらね。女尊男卑に歪み、男を繁殖動物か下僕としか見ていなかった、魔導皇国が欲しかったのです」
「まだ間に合うだろ。おれを殺せば、歪んだ価値観に逆戻りだ」
「確かに。ですが、先ほども伝えました通り、勇者様を殺すには覚悟と準備が足りません。今無理に行えば、返り討ちです」
神官はあくまで自分が不利だと言い続けるが、おれはそうは思わない。神官には現状でも二重三重の奥の手があり、実際にやりあえば勝敗はどっちに転ぶかわからないだろう。
「なら、どうして戻ってきた」
「確認です。まずありえないとは思っていましたが、万が一ということも起こり得ますからね。でも、それも無駄足でしたので、今度こそ帰ります」
「逃がすと思うか?」
「護るべき者がいるのは大変ですね」
神官がおれの左斜め後ろを狙うように指先を向けた。
確認している暇はない。
「フォールシールド」
そこにいるであろうだれかのために、おれは盾を展開した。
神官が光線を放つ。次いで、ドンッ! という衝撃音と地響きが轟いた。
「残念だわ」
振り返った先には、アベルとニコルがいた。二人とも面食らったようだが、無事そうだ。よかった。
「手土産は諦めます。では、ごきげんよう。……ああそうだ。近いうちに決着をつけましょうね。勇者様」
そう言い残し、神官は姿を消した。
企みは潰せたのかもしれないが、しこりの残る結果になってしまった。
おれは唇を噛んだ。




