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勇者対黒幕

 大気が震え、熱風が吹き下ろしてきた。


「あちっ」


 空気に触れる肌が熱い。呼吸した喉もちょっと痛い。

 上空なのか、大気圏を越えた宇宙でなのかはわからないが、これがファイヤーボールが炸裂した影響なのだとしたら……ヤバイ。

 それ以外の感想は思いつかなかった。

 広場にいる全員が同じ思いなのだと思う。だれも言葉を発する者がいない。

 この空気を利用しない手はないな。


「まだやるか?」


 マリアナやラジ、フジだけではない。おれは広場にいる全員に対して訊いた。


「ひっ!」

「きゃあああああ」

「わああああああ」


 見物人や下っ端シスターたちは、蜘蛛の子を散らすように消えた。

 残ったのはツベル、アベル、ニコルの三人と、マリアナとラジだけ。フジはいまだに姿を見せていない。


「あんたみたいな男がいるとはね。嫌になるよ」

「なら、もうやめようぜ」

「そうもいかないさ。この国は建国以来、女が一番強くなきゃ駄目なんだ!」


 ラジがおれに突進してくる。その表情には、覚悟と使命感が張り付いていた。

 多様性だなんだといったところで、それを選ぶのは個人だ。折り合いのつくモノとつかないモノが必ずある。

 ラジにとって、『男に負ける』というのは、死んでも許容できないのだろう。


「狭い考えだな」


 それこそ、つまらない意地の代表ではなかろうか。


「狭かろうが何だろうが、国の根っこは変わっちゃ駄目なんだ!」


 ラジが魂をぶつけるように拳を振るってきた。


「それには賛成だ」


 時代や文化が変わろうと、それに影響を受けるべきでないモノは存在する。と、おれも思う。

 だから、ラジの拳と想いを掌で受け止めた。


「あんたはあたしに倒されるべきなんだ!」


 拳に想いと体重が加わり、押し込まれてくる。けど、押し切られることはない。おれの心と体、両方の踏ん張る土台が揺らぐことはなかった。


「否定はしねえよ。けど、その先にあるのが選民思想の女尊男卑なら、おれは認めねえ! 男だ、ってだけであいつらが虐げられるのは、我慢ならねえ!」

「うるさい! トゥ一族が築いてきた歴史は絶対だ」

「なら、おれが否定してやるよ! 男のおれが勝てば、歴史は覆るだろ!?」


 覚悟を持って振るったおれの拳が、ラジの顎を捉えた。

 覚悟と使命感を宿していた瞳は白目をむき、ラジは糸の切れた人形のように膝からくず折れた。

 脳震盪で意識を失ったのだ。これでしばらく戦線復帰は無理だろう。


「お前も負けを認めるよな?」


 歯噛みして、マリアナはなにも言わない。


「この処刑はお終い。無かったことにしていいな?」

「そうはいきません」


 フジが姿を見せた。


「遅いではありませんか」


 非難めいた口調ではあるが、マリアナの表情には安堵の色が濃く現れている。


「準備は整ったのですか?」

「たった今」

「では、やってしまいましょう」


 マリアナとフジが魔素を集約させていく。


「余裕を見せた事、あの世で後悔なさい!」

『ダークネスカッター!』


 呪文からして、闇属性のかまいたちかな? と思ったが、違うらしい。

 マリアナたちの詠唱に呼応するように、おれの足元に魔方陣が生まれた。


「出でよ死神! 汝の鎌を振るい、セイセイを地獄に誘え!」


 魔方陣が紫に輝き、煙をあげだした。禍々しい。

 …………けど、それ以上の反応がない。というか、次第に煙も紫の光りも消えてきている。


「出でよ! 死神!」


 フジが必死に命令するが、終いには煙と光りはおろか、魔方陣まで消失してしまった。

 なんだったんだ?


「まさか……準備が不完全だったのですか?」

「いえ、そんなはずはないわ。絶対に完璧で間違いはなかった!」

「じゃあ、なぜ失敗したのですか?」

「それは……」


 マリアナの追及に口ごもるフジ。仕掛けた本人が説明できないのだから、他人がわかるはずがない。


「簡単よ。魔法が不完全だった。それに尽きるわ」


 その声には聞き覚えがあった。


「お久しぶりね。勇者様」


 現れたのは、漆黒の神官着に身を包んだ美女。スタイル抜群で見目麗しい。唯一の難点は常に顔に張り付いた冷笑だろうが、受け取る者にとってはそれもまたプラスに変わるだろう。

 まあ、なんにしろ美女であることに間違いはないし、忘れるわけがない。

 最初の異世界で大魔王を生んだ神官。忘れるには、インパクトが強すぎる。

 出来ることなら二度と再会したくなかった。


「王妃様!? なぜここに」

「危険です。お下がりください」


 神官を守るように、マリアナとフジが前に出た。


「王妃?」


 眉をひそめるおれを見て、神官が相好を崩した。


「流石に聡明な勇者様でも理解できませんか。でも、彼女たちは嘘は吐いていませんよ。正真正銘、私が魔導皇国トゥーンの王妃です」

「じゃあ、謁見したとき会ってるの?」

「いいえ、あの時は影武者に対応させていました」

「王妃様!」


 叱責するようなフジの口調に、神官は不快そうに眉根を寄せた。


「やれやれ。まだ体裁を気にしているのですか? 本当にこの国の人間は度し難いですね」

「お前がそのトップだろ?」


 流れに乗って訊いた。

 不自然ではなかったはずだが、答えは得られなかった。


「本気で仰っています?」


 返ってきたのは、懐疑の目。

 おれは首を左右に振った。


「ですよね。ふふっ、安心しました。これでも少しだけ心配したのですよ。勇者様もこの国の民同様、馬鹿なのか……と」

「王妃様! 口を慎んでください!」

「い・や・よ。だって本当だもの。この国がどうしようもなく愚かなのは」


 神官が意に介す様子はない。フジの叱責も軽く流されてしまう。


「王妃様!」


 その叫びは懇願に近い。言いたいことはあるのだろうが、言葉にならない様子だ。


「キャンキャンうるさいわね。鳴くのはベッドの上だけにしなさい」

「黙るのは貴様だ!」


 意識が戻ったのか、ラジが憤怒の表情で神官を睨んでいる。ただ、ダメージは残っているらしく、膝が笑っている。


「王妃だろうと、国を侮辱することは許さん!」

「素晴らしい忠誠心ね。でもそれが本当なら、私に国が乗っ取られたことに気づかない時点で、愚かとしか言いようがないわね」

「ニナを暗殺しようとしたのはお前なのか?」

「流石勇者様。理解が速い。ですけど、犯人は私ではありません。マリアナです」

『なっ!?』


 おれはそれほどでもなかったが、ラジとフジは驚いていた。

 まあ、仲間に裏切られていたわけだからな。わからないでもない。けど、冷静になればそれも予想の範疇だ。


「その節はご迷惑をおかけしました」


 マリアナが神官にひざまずいた。


「失敗はありましたが、計画自体は順調でしたからね。なんの問題もありません。けど、あの勇者を放置したのはいただけませんね」

「申し訳ございません」

「許します。彼の勇者に気づかなかったのは、私も同じですからね」

「話の途中で申し訳ないが、訊いてもいいか?」

「なんです? 勇者様」

「お前らの目的……いや、お前らの上にいる神の目的を教えろ」


 一瞬ではあるが、神官とマリアナの表情が強張った。

 間違いないな。直接的か間接的かは不明だが、夢の中であった神様とマリアナたちは繋がっている。


「僕の推しに殺される」


 と、神様が言い残した時点で、次に殺されそうになったマリアナがそうであるというのは理解していた。

 ただ、推し方にも色々ある。陰ながら推す者もいるのだ。神様もそういうタイプかなと思ったが、違うらしい。

 まあ、あれだけ自己主張が強いからな。ある意味納得だ。

 けど、わからないこともある。夢の神様はおれを助けようともしていた。シナリオは違うが、おれが魔法を覚えればいまと変わらないことになっていたはずだ。

 国盗りと救済。この矛盾がわからない。


「あたしたちを無視するな!」


 ラジの怒声がおれの思考を中断させた。


「まだいたのですか?」

「当たり前だ! お前ら全員、殺してやる!」

「いいでしょう。その願い、叶えて差し上げましょう」


 神官がラジに指先を向けた。


「死なないでくださいね」


 指先から放たれた光線が、ラジの腹を貫いた。


「ぎゃああああああ」

「きゃあああああああ」


 痛みに転げまわるラジを見て、フジが悲鳴を上げた。


「うるさいですね。あなたもですよ」


 神官がフジの腹を撃ち抜いた。


「おいおい、そりゃあんまりだろ」

「勇者様ともあろう方が何を言っているのですか。私は彼女たちの望みを叶えて差し上げるのですよ」


 意味がわからない。ラジが望んだのは自分の死ではなく、おれたちの死だ。


「この子を覚えていますか?」


 酷薄な笑みを浮かべながら、神官が顕現させたのは、先の異世界でおれが初めて倒した大魔王だった。


「私のような若輩者では蘇らせることは出来ません。ですが、ほんの少しの間、かりそめの命を与えることは可能です。リライブ」


 呪文と同時に、大魔王が起き上がった。


「ガアアアアアアア」


 吠えた大魔王が身近にいたフジの頭を掴んだ。


「痛い。痛い。痛い」


 泣くフジを引きずり、大魔王はラジのもとに進む。

 なにをする気だ?


「グアアアアアアア」


 吠え、大魔王がラジとフジを犯しだした。

 それはさすがに見るに堪えない。助けるべく、おれは地を蹴った。


「ホーリーグロウ!」


 足元に魔法を放たれ、足が止まる。


「てめえ!」


 睨むが、マリアナは意に介さない。すでに次の射撃体勢に入っている。


「アンロックシールド」


 神官が唱えた。

 魔力が生まれたのは大魔王の周辺。


「これで手出しは出来ません」

「ファイヤーショット」


 神官の言葉を証明するように、おれが放った炎の矢はシールドにかき消された。


「一つアドバイスを差し上げましょう。あれをどうにかするには、先ほど放ったファイヤーボール以上の魔法が必要です。勇者様に撃てますか?」


 可能か可能じゃないかの話ではない。神官が言いたいのは、倫理観の話だ。

 撃とうと思えば撃てる。けど、コントロールに不安のあるおれでは、二次災害が起こる。それを許容するかどうか、と訊いているのだ。


「では、私たちは失礼します。彼女たちの願いである、全員に含まれたくはありませんからね」


 神官とマリアナが消えた。


「くそっ」


 地団太を踏むが、それどころではないな。

 いまや大魔王はラジたちを犯しながら、その体を喰っている。

 おれはツベルたちのもとに行き、三人の拘束を解いた。


「早く逃げろ!」

「だが」

「いいから! あんなもんを子供に見せるな!」


 アベルたちの視線は体で隠しているが、十分ではない。


「わかった」


 ツベルが二人を抱えて走り去った。

 これで広場にはだれもいなくなった。残されたのはおれと大魔王だけ。

 残念ながら、ラジとフジは助けられなかった。


「グアアアアアアアアア」


 カギが解けたのか、中から大魔王が出てきた。


「あいつらは絶対許さねえ! 国盗りだろうがなんだろうが、お前もろとも粉砕してやる!」


 大魔王の前に立ち、おれは硬く拳を握った。


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