勇者対ラジ
「ニセイのくせに、意外とやるじゃないか」
おれの拳を掴んだ手を、ラジが引き寄せる。その力は強く、下手に踏ん張れば肩から先が持っていかれそうだ。
「よっ」
力に逆らうことなく跳躍し、おれは前方宙がえりの要領で着地した。
「やるねえ」
背後を取ったわけだが、ラジに慌てた様子はない。
「まだイクよ!」
再度手を引かれた。耐えてはダメ。風に揺れる柳のように力を受け流すのだ。
「そりゃ」
ジャンプした。今度は後方宙返りだ。
「やっぱりあんたはニセイだね」
嘲るような声がし、手を離された。
空中にいる以上、急な動作変更は出来ない。ということは、このまま着地するしかないわけで……
「くらいなっ!」
地面に足が着くのと同時に、脇腹に強烈な蹴りが突き刺さった。その威力は絶大で、おれは吹き飛ばされた。
「きゃあああああ」
人垣に突っ込んだ結果、またも巻き込まれた者たちから悲鳴が上がった。
「ごめんごめん」
謝りはしたが、助けている暇はない。ラジがツベルたち目掛けて走り出しているからな。
攻撃魔法の使用があるかどうかはわからないが、ラジなら打撃でもおれのシールドを破壊することは可能だろう。
あわてて走り出した。間に合うかどうかはギリギリだな。
「遅いね」
拳を振り上げるラジ。
ダメだ。間に合わない。
仕方ない。さっきと同じように、衝撃の方向を変えよう。
「でりゃあ!」
「残念!」
ラジの横腹めがけて飛び蹴りを放ったが、予測されていたのだろう。身をよじって交わされた。
なるほど。拳を振り上げたのもフェイントだったんだな。
「どりゃ!」
振り下ろされた拳を顔面に受け、おれはラジの魂胆を知った。
「ふんっ! 大したことないね! マリアナ、あんたもこんな奴にやられるようじゃ、まだまだだね。はっはっはっはっは」
後頭部が地面にめり込んだおれを見下し、ラジがマリアナを挑発した。
仲間のようだが、仲は良くないのだろうか?
「大体あんたは魔法に頼りすぎなんだ! あたしやフジを見習うんだね」
マリアナのほうを向き、ラジは鍛え上げられた二の腕を叩いてみせる。
「フジって隣にいた人?」
気になったので、立ち上がって訊いた。
「なっ!?」
ラジが目と口を大きく開いた。
後ろから声をかけたことに驚いているわけじゃないだろう。おれがほぼ無傷だったことに驚いているはずだ。
「ねえ、フジって謁見の間で一緒にいた人だよね?」
セリフだけだと、おれが浮気相手を追及しているように聞こえないか? 甚だ遺憾ではあるが、気になっているので仕方がない。
もし仮にフジがラジの片割れなのだとしたら、ラジを倒した後もしくは、その直前にフジ参戦。ということになるのだろう。それは面倒臭い。どうせ出てくるなら、いますぐ参戦を表明していただきたい。
「その通りだ!」
合っていた。ラジが放ったハイキックを受け流しながら、おれは内心喜んだ。
これで敵のおおよその戦力が把握できた。
勝てるな。
冷静に判断し、おれはそう思った。
「ホーリーブロウ!」
弾道を逸らし避けるしかできなかったマリアナの魔法も……
「フォールシールド」
いまは盾を展開させれば相殺できた。
「もう少し固くしないとダメか」
完全に防げると思っていたのだが……やはり魔法に関してはマリアナが一枚上らしい。けど、対抗することに四苦八苦することもなくなった。
魔法はイメージ。一度でも成功すれば、再現は難しくない。それどころか、威力や強度を上乗せしていく事も可能だ。
ただ、その微調整が恐ろしく難しい。防御魔法だったからまだいいが、攻撃魔法だったら大規模な二次災害を引き起こす可能性もある。
「注意しよう」
おれは自分にそう言い聞かせた。
「隙だらけだ!」
ある程度ブーストの効果をコントロールできるようになったおかげで、ラジが打ち込んできた右拳も難なく躱せる。
だから、これはすきではない。余裕だ。
フジのことはわからないが、ラジやマリアナを大きく上回る実力の持ち主ということはないだろう。
だからこそ、おれは勝てると思ったのだ。
「女を殴る趣味はないんだよな」
ポリシ―というほどのことではない。正直、向かってくるなら容赦なく拳を振るえる派だ。けど、弱い者イジメみたいなことはしたくない。
「殺す」
おれの漏らした一言が、ラジの逆鱗に触れたようだ。雷神のような恐ろしい形相で、拳の乱打を繰り出してくる。勢いは凄まじいが、我を忘れてやみくもに拳を前に突き出しているだけ、とも感じる。
冷静に一つずつ対処していけば問題はない。
このまま相手が疲れるのを待てば、反撃しなくてもいいかもな。
「はあ、はあ、はあ」
すでにラジの息が切れてきている。あと少しだな。
『前!』
ツベル、アベル、ニコルが揃って声を上げた。
おれの前にいるのはラジだが、三人が言っているのはその先だろう。
「マジか!?」
目を疑った。視線の先にいたのはマリアナだった。
「ハアアアアアアア」
独特の呼吸法を用いて、これまでにない魔素を集約している。攻撃魔法なのだとしたら、とんでもないことになるぞ。広場はおろか、魔導皇国トゥーンが無くなっても不思議じゃないかもしれない。
「冗談だろ!?」
「男に負けるくらいなら、全てを無に帰してしまうべきです!」
極論もいいところだが、マリアナは本気らしい。魔素の集約をまだ続けている。
「ラジ、お前も死ぬんだぞ」
「あたしは死なないよ。死ぬのはニセイ! あんただけさ!」
「バカを言うな。あんなもんぶっ放せば、無事で済むわけねえだろ」
「あたしたちにはとっておきがあるのさ。今だ! フジ」
ラジが飛び退くと同時に、声がした。
「グラビティシールド」
四方を囲む盾が顕現した。中にいるのはおれだけだ。
「ぐへっ」
強烈に床に圧しつけられた。まるで、空から重石が降ってきたようだ。
「へえ~、凄いじゃないか。フジの重力操作に抗えるんだね」
なるほど。この盾の中だけ重力が増しているわけだ。どうりで立っているだけでひざがブルブル震えるはずだ。
「消え去りなさい! ホーリーサンダーブロウ!」
光の矢が雷となって降り注ぐ。通常の状態であれば周りに被害は及ぶかもしれないが、盾で四方を囲えば二次災害は抑えられるし、おれの逃げ道を塞ぐこともできる。
殺意をピンポイントでおれに向け、魔法の効果も最大限に活かす。一石二鳥とはこのことだな。
うん。賢いじゃないか。
だが、これはラッキーでもある。頭上には誰もいないのだ。
「はああああああああ」
見よう見まねの呼吸法で、魔素を集約させる。
時間はかけられないし、出たとこ勝負だ。
「はああああああああ」
前の世界でベイルが見せてくれた魔法をイメージした。
手の中に熱量を感じる。
火種は生まれた。後は信じるのみだ。
「頼む! 出てくれ! ファイヤーボール!!!!」
魔素を頭上に放った。
ダメか……と思ったが、ボッと小さな炎が点った。
「よしっ!」
瞬く間に周りの空気を取り込み、炎は急速に拡大していく。膨張は収まらない。ぐんぐん成長し、フジの張った四方の盾を外へと押し広げる。
「あちっ!」
炎の塊がおれのほうにも膨れてきた。これはイカン。このままでは丸焼きにされてしまう。
どうにかしなければ。と思ったが、その必要はなさそうだな。
フジの張ったグラビティシールドにはヒビが入っている。割れるのも時間の問題だ。
バンッ、と音がし、盾が砕けた。
『馬鹿な!?』
揃って声を上げるラジとマリアナ。立場が同じならおれもそう思ったはずだ。
それほどファイヤーボールの威力はすさまじかった。ホーリーサンダーブロウを無に帰し空高く消えていった様を見れば、だれしもがそう思うのではなかろうか。




