勇者とニナの内緒話
ニナが王女。
それは衝撃的なカミングアウトであった。
だからこそ……おれには確認しなければいけないことが二つある。
「ニナ……様。おれはこの世界に召喚されて間もなく、王妃様と謁見しています。その際、お姿は紗幕のようなもので遮られて拝見はしていませんが、声は別人だったように感じました」
「それは当然でしょう。私と清宮さんは、今が初対面ですからね」
「じゃあ、あれは王妃様を騙る偽物だったのでしょうか?」
「断言はできません。可能性は皆無に等しいのですが、先代王妃に目通りしたのかもしれなせんからね」
なるほど。それはまあ、そうだな。その場にいなかった人間が判断できる話ではないか。
それに、現もしくは元であっても、王妃は王妃だ。
「ではニナ様、もう一つよろしいですか?」
「質問はいくつしていただいてもかまいませんが、敬称は外してくださいね」
「それはさすがに不敬ですよ。王妃様を呼び捨てにはできません」
「アベル、ニコル」
『ニナ』
兄弟が揃って母親を呼び捨てにした。
「いや、それは家族だから出来るのであって、おれには無理ですよ」
「意外と常識人なのね」
失礼な評価だ。フリーランスで働く以上、最低限のマナーを持ち合わせるのは当たり前だ。
「ですが駄目ですよ。いままで普通に話していたじゃないですか」
「あれは王女様だと知らなかったからですよ」
「なるほど。清宮さんは相手に合わせるのですね。なら、尚更敬称は不要です。私の今の肩書は救国魔団の代表であって、王女ではありません」
どちらにせよ身分というか地位は高い。けど、そんなことを言っても無駄なのだろう。
第一、おれのしたい話はこれじゃない。こんな押し問答をしている時間ももったいないし、ここはおれが折れたほうがいいのかもしれないな。
「わかりました。ニナさんと呼ばせてもらいます」
「……まあ、いいでしょう」
間が空いたのは気になるが、納得してくれたようなので、このまま話を続けよう。
「魔導皇国は世襲ですか?」
「実力主義ではありますが、勇者トゥの一族を上回る力の持ち主は、この国の歴史上現れていません」
「ということは、いま現在ニナさんが一番の実力者。ということですよね?」
「アベル、ニコル。夕飯の買い出しを頼めるかしら」
ニナの言葉に、おれとアベル、ニコルは面食らった。
「話の途中だぜ、母ちゃん」
「そうなんだけど、話が終わるころには店が閉まっちゃうのよ。ねっ、お願い」
気づけば、窓から差し込むのは夕日だ。
「だけど母ちゃん」
ぐぅぅぅぅ、とアベルの腹が鳴った。
「ちっ、仕方ねえな。行ってくるよ」
折れるのは思いのほか早かった。
それでいい。よく食べてよく寝る。子供の成長にはそれが一番だ。
「お願いね」
「お母さん、何を買ってくればいいの?」
「任せるわ。好きなものを見繕ってきて」
ニナがアベルたちに硬貨の入った布袋を渡した。
『いってきます』
二人揃って買い物に出かけて行った。
「続きを話しましょうね」
玄関のドアが閉まったのを確認し、ニナがおれと向き合った。
「あの二人には聞かせられない話なんですか?」
「やっぱり気づきますよね。ふふっ、自分でも少し強引だな、と思ったんですけどね」
困ったような、悲しいような、なんとも複雑な表情をニナが浮かべた。
「子供を想ってのことなら仕方ないですよ。その想いが通じたからこそ、二人も素直に従ったんだと思いますよ」
「ありがとうございます。でも、あの子たちに隠すつもりはないんですよ? ただ、今はまだその時じゃないと判断したのです」
「わかりました。ここから先の話は他言しません」
それがおれに言える精一杯だった。
「ありがとうございます」
頭を下げてから、ニナがとつとつとしゃべりだした。
「魔導皇国トゥーンには、一つの不文律が存在します。それは、魔素の保有量が最高の男女が結婚すること。そうすることで、トゥの一族は繁栄してきました」
配合理論とでも呼べばいいのだろうか。地球ではサラブレッドに当てはめられることはあるが、それだって確実ではない。血統は劣るが、きら星のごとく活躍した稀代の名ホースが誕生することは稀じゃない。
「仰りたいことはわかります。けど、事をトゥ一族に限れば、それがまかり通ってしまったのです」
よほどおれは不満そうな顔をしているのだろうな。イカンイカン。冷静にならなくては。
それにしても、恐ろしいことだな。魔素の保有量が人の優劣を決めるのだとしたら、人類をコントロールすることだって可能だろう。
「ですが、私はその不文律を破りました。生涯のパートナーに、ツベルを選びました」
許されないことなのだろうけど、ニナから後悔は感じない。
「ツベル自身魔素の保有量に突出したものはありませんでしたが、私の世話係の息子さんで年が同じだったこともあり、多くの時間を共に過ごしました。その結果、私たちは結ばれ、アベルを授かりました」
そこにいるのはアベルではないが、大きくなったお腹を愛おしそうに撫でる姿は、そのときから変わっていないと思う。
「周囲は産むことに反対しましたが、私たちはアベルを生みました。ふふっ、可愛かったんですよ。まあ、今も可愛いですけどね」
親バカであるのだろうが、アベルたちの容姿を鑑みれば間違いではない。
「でも、アベルが生まれたことで私は王宮に居れなくなりました。アベルが男の子だった。たったそれだけのことで、アベルは殺されそうになったのです」
行き過ぎた女尊男卑というやつだろうか。だとしたら、悲しすぎる。
「アベルを守るために王宮から逃げた私は、この国を変えるために救国魔団を創設したのです」
なるほど。これでよくわかった。
一番強いはずのニナが、なぜ逃げなければいけなかったのか。
「地位や身分より大事な子供があった」
「ええ。あの子たちがいれば、何もいりません」
ニナが賛同した。
「ただいま」
宝物が帰ってきたようだ。
「おかえり」
玄関に目を向けると、そこにいたのはツベルだった。アベルとニコルではなかった。
正確な時間はわからないが、そこそこの時間は経過している。
「遅くないか?」
窓から差し込む陽はなく、夜のとばりが下りている。
「まさか……子供たちがいない?」
ツベルの疑問に、ニナが震えながらうなずいた。
「探しに行ってくる」
「私も行きます!」
「ニナはここで待っていてくれ。子供たちも心配だが、身重の君に万が一があっては困る」
「……わかりました」
断腸の思いなのだろう。唇を噛み、ニナが渋々承知した。
「少しの間、留守を頼めるかな?」
「任せてください」
「ありがとう」
ツベルは玄関を出て行った。
おれたちは帰りを待った。けど、彼らが帰ってくることはなかった。




