勇者とニナの個人授業
「大事なことなので二度言います。私が、救国魔団の代表です」
「なぜそれをおれに?」
「身分を明かしておいた方が、この先の話を理解していただけると思うので」
「理解したうえで協力しろ、ということですか?」
ニナは頭を振った。
「理解はしていただきたい。けど、協力してください。とは言いません。話を聞いたうえでどうするかは、あなたがお決めになって」
そう言われてしまえば、聞かないわけにはいかない。
「少し長い話になるので、お茶を用意しましょう。どうぞ、座っていてください」
キッチンはすぐそこだ。おれなら数分で用意が出来る。けど、身重のニナはゆっくりと動いている。体力がないわけではない。ゆっくり動いている理由は、万が一にも転んだりすることがないように、だ。足運びを含めた身のこなしからそれが伝わる。
「持ちますよ」
茶器を用意したお盆はおれが運んだ。
「ありがとうございます」
ニナは本当に嬉しそうだ。
「聞いてほしいのは、この国の歴史と現状です」
お茶を入れながら、ニナが話し始めた。
「魔導皇国トゥーンは、遥か昔魔王を倒した女勇者、トゥによって建国されました。彼女は冒険を共にした男性と結ばれ、五人の女の子を出産しました。その先も子孫は続いていくのですが、生まれる子のほとんどが女児だったのです」
女系家族というやつだな。
ある家系に関して、女性もしくは男性に偏るということはままあることだ。
「それ自体が問題視されることは少ないのでしょうが、この国においてはそれが今の女尊男卑の礎になってしまいました」
「英雄であり建国の祖である女性が女の子だけを産んだから、女性が尊ばれた。ということですね」
「簡単に言えばそうですが、そこに加わる要素があります。トゥに加護を与えたのが、女神サラフィーネ様なのです」
女神を強調された。
なるほど。この国の歴史には、女性が深く関与しているのだな。
「でも、それだけなら女尊は理解できても、男卑にはならないんじゃないか?」
「普通ならそうでしょうね。一般的に見れば女性より男性のほうが肉体的に優れていますものね。でも、この国には魔法があります。魔法を使えば、女性であっても男性に力比べで負けることはありません」
負けることはない。この言葉は重要だ。
宗主アキネは、男のおれにも魔法の習得は可能だと言った。それはつまり、魔法の習得に男女の貴賤はないということだ。
同じ魔法を扱えるなら、元々の筋肉が多く身体能力の高い者が勝つ……はずだが、それは違うと言う。
この矛盾を解くとしたら、答えは一つしかない。
「女性のほうが使える魔法の質が高い」
「その答えでは、丸はあげられませんね。三角です」
「バツではないんだ」
「はい。バツではありません」
合ってはいないが、間違ってもいない。ということは、例外があるということだな。
…………ダメだ。わからん。おれは降参するように両手を上げた。
「うん。清宮さんは素晴らしいですね」
「いや、わからないから教えてほしいんですけど……」
「わからないのは当然です。もとより、この国に疎い清宮さんに解ける問題ではないのですから」
「それ、早く言ってよ」
「ふふふ、考えることが重要なのです」
昔よく言われたな。わからない問題でもまずは考えろ、と。そうすることで、自分がなにを理解していないのかが理解できるとも教わった。
「清宮さんが言うように、魔法の質は女性のほうが高いのです。けど、魔法を使うには魔素が必要なのです」
「質問! 魔素とはだれにでもあるのですか?」
おれはビシッと右手を上げた。
「量の大小はありますが、概ね保有しています」
「ということは、おれにもあるんですか?」
「あります。にわかには信じられない量の魔素を保有しています」
「そうですか」
理解や知識が増えていくのは楽しい。パソコンなどもそうなのだが、スペックを十分に生かせていないことはままある。用途を満たしているのなら問題ないが、実は必要以上の高スキル、ハイスペックな物を使用している人は少なくない。保有する本来の性能を活かせれば、やれることの可能性は大いに広がるのに。
つまりなにが言いたいかというと、おれはおれ自身をまだまだ探求できるということだ。
これは非常に嬉しい。
(どこから手を付けようか)
などと考えていたら、パンと音がした。見ると、笑顔のニナと目が合った。けど、笑っているのは口元だけで、目は据わっている。いかんいかん。話の途中だったな。
「話の腰を折ってすみませんでした。続けてください」
「どこまで話しましたっけ?」
抜き打ちテストだ。答えられなかったら折檻される。いまのニナの表情は静かに怒っているときの母ちゃんそっくりだ。
(ふっふっふ。でも大丈夫)
そんなに前の話ではないから、ちゃんと覚えている。
「魔法の質には魔素が関係している。というところです」
「正解です」
ニナの目尻が少し垂れた。よかった。ピンチは脱したようだ。
「では、なぜそれとこの国の女尊男卑が結びつくのでしょう?」
全然脱してはいなかった。むしろさっきよりはるかに難しい問題だ。
「少し時間をもらっていいですか」
「どうぞ」
ニナが快諾してくれたので、おれは思考した。
建国の祖とそこに加護を与えた神の両方が女性だった。力仕事など男手が必要な事にしても、魔法の補助があることで男女の差はない。それどころか、魔法の質が高い女性のほうが重宝する。
けど、個人によって魔法の質を決める魔素の保有量が違うので、一概にそうとも言い切れない。
途中まで存在している整合性が最後に崩される。
わからん。本質的な差別意識の根付き、以外の答えがあるのだろうか?
「生命の祖。それが鍵です」
ニナが言いたいのは、人類の起源ではない。そんなものは異世界人であるおれにはわかりようがないのだからな。
なら、ニナの言う生命の祖とは、男女のことだろう。
うん。それならなんとなく理解できる。
「建国以来、この国のトップは女性。だから女尊男卑」
「その答えではよくて三角。採点者によってはバツですね」
「でしょうね。ここで大事なのが、魔素の保有量なのです」
ニナが満足そうな笑みを浮かべた。
「魔素の保有量で魔法の質が変わる。そして、魔素の保有量はわかる。であれば、順位付けのようなものも出来てしまうわけですよね」
「その通りです」
肯定はしたけれど、ニナの表情は悲しげに曇った。
「そして、その順位付けにおいて常にトップが女性であるなら、女尊であることはうなずけます。男卑の理由は、劣る者と子を生さねばならないから、ですか」
「花丸をあげましょう」
正答なのだが、ニナはそれを認めたくないのだろう。痛みを伴っていると感じるほど、表情が歪んでいる。
「大変だ。母ちゃん、こんなものが出回ってる」
部屋に飛び込んできたアベルが、紙を掲げた。
文字は読めないが、そこに書かれていることはなんとなく理解できた。
「あらっ大変。清宮さん、指名手配犯になってしまいましたね」
やっぱり。似顔絵の下に巨大な数字が記載されたそれは、漫画や交番で目にするものと瓜二つだった。
理由はわからないが、おれは勇者から犯罪者にクラスチェンジした。




