勇者、美人兄弟と再会する
『サンドショット!』
別の声が重なり、周囲に岩の塊が降り注いだ。
「ちっ」
聖法母団の面々が散り散りに躱していく。
包囲網に穴は出来た。が、それは微々たる隙間で、負傷したおれがすり抜けられるものではない。
「失礼」
背後で声がしたのと、おれの首に腕が掛かるのが同時だった。
「あっ」
という間に、体が後ろに引きずられていく。
「ブースト」
一気に加速した。
(うっ)
足が宙に浮き、チョークスリーパーホールドが完成した。
(く、苦しい……)
気道を塞がれており、声にならない。
(もうダメかも……)
視界がブラックアウトし、おれの意識は飛んだ。
目が覚めると、辺りは静かだった。状況は理解できないが、見知らぬ天井が見えるのだから、寝かされているのだろう。
「って」
上半身を起こすと、鈍痛が走った。
原因である腹に開いた穴に視線を落とす。
「なんということでしょう。あれほど綺麗に貫通していた箇所が、見事に修復しているではなりませんか」
と、一人ビフォーアフターをしている場合ではない。でもそれぐらい驚いてはいる。触っても大丈夫だ。薄皮ではなくしっかりと肉の感触がある。
「足は……」
大丈夫だな。こちらも完全に傷が塞がっていて、元に戻っている。治療してもらったんだな。
「てことは、ここは病院か?」
冷静に見渡せば、おれのいる部屋は病室っぽい。寝かされていたのもベッドだ。
「おっ、起きたか」
おれがベッドを下りるのと、見知った顔が部屋に入ってくるのが同時だった。
「あんちゃん、調子はどうだ?」
粗野な口調とは反対に、煌びやかなドレスを着た少年が訊いてきた。この子は浮浪者に絡まれていた兄弟の兄だ。
「おかげさまで助かったよ。ありがとう」
「礼は父ちゃん母ちゃんに言ってくれ。おれは様子を見に来ただけだ」
なにをしてくれたかは問題じゃない。だれかに言われたのだとしても、その足を動かしてくれたことに感謝しているのだ。
「それだけで充分だよ。ありがとう」
おれは再度頭を下げた。
「へんっ」
恥ずかしいのか、兄はそっぽを向いてしまった。
「失礼します」
水とタオルが入った手桶を持って、弟が入ってきた。
「んん!? どうしたの? 兄さん」
微妙な空気を察し、兄に訊く弟。
「うっせい。なんでもねえ」
「なんだよ!? まったく」
眉をひそめ、弟が手桶を机に置いた。
ひょっとしたら、この子はおれに気づいていないのではなかろうか。
「よいしょ」
タオルを絞り始めた。
「はい。兄さん」
後ろ手に渡そうとするが、兄は受け取らない。
「取らねえの?」
「あれはあんちゃんの。おれには必要ねえもん」
「そうか。おれのか」
「何言ってるんだよ!? これは兄さんの……ひゃあっ」
タオルを取ろうとしたおれと振り返った弟の視線が合い、弟が飛び上がって驚いた。
やはり、この子はおれに気づいていなかったのだな。
「お、お、起きていらっしゃったんですね」
「ああ。いまさっき目覚めたよ」
「それはよかったです。あっ、これどうぞ」
「ありがとう」
差し出されたタオルを受け取ったが、どうすればいいんだ?
「体を拭くの。ここには風呂なんて高価なもんはねえからな」
「臭う?」
「若干な」
上着を脱ぎ、上半身裸になった。
「きゃあ!」
なぜか弟が赤面し、部屋を出て行った。
「なんだ?」
「あんちゃん、露出狂じゃねえんだから、急に脱ぐなよ」
呆れ顔で言う兄も、少しだけ顔が赤い。
「でもまあ、それだけ元気なら安心だ。身体拭いたら、部屋を出て左に真っすぐだ。そこに母ちゃんがいるから、会ってくれ」
速足に捲し立て、兄もそそくさと部屋を出て行ってしまった。なんだかよくわからないが、それを知るためにも行動しよう。
手早く体を拭き、おれは指示された部屋に向かった。
「お待ちしてました。あら?」
出迎えてくれた二〇代後半ぐらいの美女が小首をかしげた。
「きゃああああ」
その脇にいた弟が両手で顔を覆った。けど、指の隙間からおれを見ている。
「ななな、なんで裸なんだよ!?」
兄は本気で狼狽している。
失礼な。おれが露出しているのは上半身だけだ。下半身はちゃんとパンツとズボンを穿いている。それに、上半身裸なのにもちゃんと理由があるのだ。
「いや、臭いの原因がこれなんだよ」
着ていたシャツを掲げた。
意識のない期間も合わせ数日だろうが、聖法母団と戦ったり浜辺で寝たりした結果、まあまあの臭いを漂わせている。身体を拭いて再度着ようとしたとき、それに気付いた。
「では、これをどうぞ」
出された服を広げた。サイズ的には問題なさそうだ。
「ありがとうございます。ちょっと着替えてきますね」
ここで着替えるのはさすがにマズイ。なにせ、替えの下着もあるのだからな。おれは先ほどの部屋に戻り、着替えを済ませてとんぼ返りした。
「お待たせしました」
「主人の物ですが大丈夫そうですね。では、汚れたものはこちらへ」
驚きはない。目の前の美女に旦那がいることは予想済みだ。というより、大きくなったお腹には新たな命が芽生え、育まれているのだろう。
「洗い場に持って行ってちょうだい」
「はい」
おれが渡した服を母から受け取り、兄弟は部屋を出て行った。
「傷は治られました?」
「おかげさまで。ありがとうございます」
「礼にはおよびません。あなたには子供たちがお世話になっているので」
チンピラから救ったのとはわけが違う気がするが、母からすれば大差ないのかもしれない。マリアナ同様、彼女からも圧倒的強者の雰囲気がうかがえた。
「っと、恩人をあなた呼ばわりは失礼ですね。お名前を伺ってもよろしいですか?」
「この世界ではセイセイで通していますが、本名は清宮成生です。どちらでも好きな方でお呼びください」
おれは正直に明かした。理由は簡単。命を救ってもらったのだから、そうするのが当たり前だと思ったのだ。もしこれで不利なことが起こるのだとしても、それは甘んじて受け入れよう。
「では、家族といる場は清宮さんと呼ばせてもらいます。それ以外のところでは、セイセイさんでよろしいですか」
「どこでどのように呼んでいただいても問題ありません」
「そうですか。では、私のことはニナ。子供たちは兄がアベルで、弟をニコルと呼んでください。主人の名前は……ご存じですよね?」
その一言で理解した。おれがこの世界で出会った男性は複数人いるが、名前を聞いたのは一人だけだ。
「ツベルさん、ですね」
「はい。正解です」
ニナが笑顔で肯定した。
「ということは、ここが救国魔団の拠点ですか?」
「またまた正解です」
手を叩いて肯定してくれるのだが、怪しいマントの一団とニナたち家族が上手くリンクしない。
「そして私が、救国魔団の代表です」
胸を張って言われても……おれにはそれをすぐに呑みこむことは出来なかった。




