勇者、街の外をうろつく
壁のすぐそばまで来て、おれは驚いた。
遠めに見て高いとは思っていたが、予想よりずっと高い。
五、六〇メートルはある気がする。
巨人の進撃でも止めるのだろうか。
そんな壁に比例するように、門もデカイ。二、三〇メートルはある。ただ、この門が開くのは特別なときだけだろう。
通常は大門の脇にある小さな門を使用するようだ。いまも、門を潜るために大勢の人が並んでいるから、間違いない。
時間がかかりそうだな、と思ったが、列の進みは意外なほど早い。
「兄ちゃん、なんか買ってかねえか」
列に並ぼうとしたおれを、やせ細った露天商が呼び止めた。笑顔を浮かべる口元からこぼれる歯は、欠けたり抜けている。服もペラッペラの貫頭衣だ。
確認しなくても、貧民であることがわかる。
だが、この露天商がなぜここにいるのかがわからない。
城の近くになればなるほど魔物との遭遇率は減ったが、いないわけじゃない。
おれに話しかけてきた露天商が魔物に勝てるとも思えないし、商品を置いて逃げることもできないだろう。
ここで商売をする理由もしくは、メリットがあるのだろうが、それが知れない。
いざとなれば、少し離れたところにいる警備隊が助けてくれるのだろうか。
「へっへっへ。さては兄ちゃん、モグリだな。なんで俺がこんなとこで商売してるのか、教えてやるよ」
頼んではいないが、露天商が勝手に説明しだした。
ありがたい。
好意を無下にせず、おれは黙って聞くことにした。
「この街は、昔から工業が盛んでね。その要となる機械とやらを動かすには、大量の金が要るらしいんだな」
その言い方だけで、この露天商が機械の仕組みを理解していないことがうかがえた。
「そのせいで、街に入るには入国税が取られるのさ。それだけじゃねえ。街に入れば住民税や居住税なんてもんまで請求されちまう」
憤懣やるかたないといった表情だったが、
「それが払えなけりゃ、追い出されるのさ」
と、諦めたように笑った。
なるほど。
ということは、持ち合わせのないおれは門前払いということだ。
それは困った。
なんでもいいから、情報を集めようと思っていたのに。
「おい……おい……兄ちゃん」
ズボンを引っ張りながら、露天商が睨んでくる。
「聞いたろ。ほら、情報量よこせよ」
カツアゲじゃねえか。
しかも、なんの役にも立たねえ話じゃねえか。
文句を言ってやりたいが、不必要なコミュニケーションは禁止されている。
これ以上用はないので、おれは足を振り、ズボンから露天商の手を振りほどいた。
「あっ」
思わず声が出てしまった。
というのも、ほんの少し力を入れすぎたのか、おれの足から弾かれた露天商が、盛大な音を響かせ壁に激突したのだ。
ピクピクと痙攣しているから、死んではいないだろう。
だが、衝撃は凄まじかったらしく、壁に微細な裂傷が生じている。
「なにごとだ」
すぐさま警備兵が駆け寄って来る。
選ぶ選択肢など他にない。
おれは脱兎のごとく逃げ出した。
当然だが、いまのおれに追いつける者はいなかった。五割ぐらいの力で走っても、余裕で警備兵を撒けた。
その逃走時、塀沿いに走ってわかったことだが、先ほどの露天商みたいなのはたくさんいるようだ。
服装や風貌に大差なく、皆一様にガラクタを売っている。
まあ、おれがガラクタだと思うだけで、貴重なアイテムなどがあるのかもしれないが……身なりの汚い露天商たちから買うものは、少ない気がする。
露天商たちの先行きも心配だが、まずは己が先だ。
どうにかして、路銀を手にしなくてはならない。
でないと、なにもできない。
存在するすべての村や町が入国税を取っているわけではないだろうが、大都市では当たり前なのかもしれない。
もしそうなら、おれは大都市に立ち寄れないことが確定してしまう。
万が一それでも問題はないかもしれないが……旅において、出来ないことが増えていくのはマイナスだ。
大魔王討伐を控える身としては、それは避けたい。
さあ、困った。
そう思っていたとき、三〇メートルくらい離れたところに、美女がいた。
漆黒の神官着に身を包み、露天商となにやら話している。
買い物かもしれない。もしそうなら、物価が知れる可能性がある。
ただ、盗み見は嫌がられる可能性があるので、おれは足音を消し、そっと近づくことにした。
ここにきて、やらないという選択肢はない。
「これとこれをください」
「ありがとうございます」
品物を指さす神官に、露天商が頭を下げた。
やはり買い物のようだ。
「代金はこれで足りますか?」
神官が懐から取り出した巾着袋から、数枚の銀貨を渡した。
「いけません。これはそのような大金が支払われるものではありません。銅貨一枚で十分です」
「そうですか。ですが、あいにくと銅貨の持ち合わせがないので、これでお願いします」
そう言って、神官は銀貨を一枚渡した。
「申し訳ありませんが、お釣りがご用意できませんので、それは受け取れません」
露天商が取引を拒否すると、神官は慈悲深い笑みを浮かべた。
「お釣りは不要です。ですから、これをおまけしてください」
茶目っ気のある笑顔で手に取ったのは、並べられた商品の中で一番汚れている品物だった。
素人目にも、一生売れることはない物だろうな、と推測できる品だ。
「価値ある物をありがとうございます」
残りの二つの商品も手に取り、神官はその場を離れた。
「うううううう。あ……あ……ありがとう……ございまず」
去り行く背に、涙を流しながら感謝し、土下座で見送る露天商。
その姿から察するに、神官の行った行為は、破格なものなのだろう。
銀貨と銅貨の価値がわからずピンとこないのがもったいない。
ただ、彼女の行為を観察すれば、貨幣価値と同時に、この国の一端が知れるかもしれないな、と思った。
だから、おれは神官の後をつけることにした。
重ねて言うが、やらないという選択肢はないのだ。




