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勇者と聖法母団の間に火種が生まれる

 支払いは無事済んでいた。正確には後日怪人マントが支払いをするらしいが、なんにせよ無銭飲食はまぬがれた。


「ご利用ありがとうございました」


 おれを見送るメイドたちの顔には、心からの笑顔が張り付いている。さっきまでの逃がさないぞ! オーラは完全に消えていた。


「こちらこそありがとう。ごちそうさまでした」


 お互い笑顔で去る。

 気持ちはいいが、無一文のおれが再度ここに来ることはない。

 悲しいことだが、致し方ない。ここは気持ちを切り替えて、騒ぎのあったほうに行ってみよう。

 おれは部屋から見た方角に歩き始めた。

 遠くで叫ぶような声が聞こえるから、現場は騒然としているのだろう。怪人マントたちも大慌てだったしな。

 けど、この通りは平穏だ。取り乱している者はいない。隣を歩くご婦人は、見たこともない高そうな犬を優雅に散歩させている。

 目が合ったのでペコッと会釈をすると、嫌そうに表情をしかめ、そそくさとその場を立ち去った。

 理由はわかっている。おれの身なりと、通りの雰囲気が合っていないのだ。

 最上級のレストランがあったように、この通りは位が高い。日本でいうなら、銀座や神楽坂のような値段の張る店であったり、松濤(しょうとう)のような高級住宅が立ち並ぶ場所なのだろう。

 そこにみすぼらしい格好の男はお呼びでないのは理解している。足早に去るので、少しだけ大目に見てほしい。


「この貧乏人が!」

「ば~か。ば~か」


 ダメだった。肥えた性格の悪そうなガキどもが石を投げてきた。


「やめなさい!」

「うるせえ! ば~かっ」

「男の分際で冒険者気取ってんじゃねえぞ!」


 注意をしたが、聞く気はないようだ。

 ぶん殴ってやろうかとも思うが、それは大人げない。石も躱せばいいし、ガキは無視すればいい。


「この貧乏人! 生意気だぞ」

「ああ、反抗的だ」

(いや、反抗してないだろ)


 反論を心の中に圧しとどめ、おれは道を進む。少しずつだが、人の気配と声が大きくなってきた。


「お前みたいな反逆者には、サラフィーネ様の天罰が下るからな」


 投げられた石を避けた。……ガラスの割れる音がした。


「誰ですの! 家の窓を割ったのわ」


 おばさんが出てきた。逆三角形の形をした眼鏡と原色を組み合わせたド派手な衣装は目に良くない。


『こいつです』


 ガキどもが示し合わせたようにおれを指さした。


「ウソつくな!」


 イカン。咄嗟にげんこつを落としてしまった。


「うああああああああああ」

「ぎゃああああああああああああああ!!! うあああああああああん!!!」


 火が点いたように泣き叫ぶガキども。図らずも殴ってしまった子なら理解できるが、一緒にいたガキのほうが大号泣するのはいかがなものだろう。


「きゃああああ! 暴漢よ! だれか来て!」


 原色おばさんまで騒ぎ出した。


「うああああんんん」


 泣きたいのはこっちだ。


「何事だ!?」

「どうされました!? マダム」


 張り込みでもしていたのかな?

 そうツッコみたくなるほど、聖法母団のシスターたちが電光石火で現れた。


「子供が襲われ、わたくしの家も襲撃されました。早くあの暴漢を捕まえなさい」


 ガキが泣き、窓が割れている。状況証拠はバッチリだな。


「待て。誤解だ。話せばわかる」

「問答無用。神の裁きを受けなさい」


 どこから出したのか、シスターの手には巨大なハンマーが握られていた。


「天誅!」

「どわわわわわ」


 振り下ろされたハンマーを大慌てで避けた。

 ドンッと音がし、ついさっきまでおれがいた地面が陥没した。


「運のいい男だな」

「うん」


 バカにしたわけではない。ちょっとした遊び心だ。けど、それは通じなかった。


「殺すっ!」


 シスターの表情が鬼のそれに変化した。

 そんなに怒ることないじゃないか。ただうなずいただけなのに。


「ブースト!」


 呪文かな? うん。間違いないな。地面を蹴ったシスターの動きが加速された。一瞬で間合いを詰め、ハンマーを振り下ろしてくる。

 ヤバイ。ギリギリだ。いや、もしかしたら躱せないかもしれない。

 おれは全力で回避した。


「ちっ」


 シスターが舌打ちをした。

 間一髪だったが、おれが無事なのがお気に召さないらしい。


「男のくせにやりますね。益々目障りです! マルチ・ブースト!」


 二重掛けできるのか。これはダメだな。正面から戦っても勝ち目は薄い。なら、逃げの一手だな。


「逃がしませんよ」


 他のシスターたちが通りを塞ぐ。彼女たちも身体強化しているのだろう。

 さて、どうしたものか。……やりたくはなかったが、致し方ない。


「ふううううう」


 深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。

 よし。覚悟はできた!


「くらえ!」


 走りながら、おれは石を蹴った。


「そんなもの当たりません」


 避けるシスター。計算通りだ。


「けど、スカートはどうかな?」


 シスターが移動したことで翻ったスカートに、おれの蹴った石が当たった。


「だから何だと言うのです」


 穴が開いたことを気にも留めない。


「覚えておくんだな。穴が開いた生地は、簡単に裂けるんだぞ」


 距離を詰めながらスカートの裾を掴み、思いっきり横に引っ張った。

 ビリビリビリッと破壊の音がした。


「もう一声!」


 さらに引くと、スカートが完全に破けた。シスターたちが身につけているのは、ワンピースタイプの修道服だ。

 そしていま、その修道服は上下に分断された。


「最後だ!」

「きゃあっ」


 引き抜くようにした結果、スカートに足をかられる格好になったシスターがひっくり返った。


「さらばだ」


 おれはスピードを緩めず、上空に跳んだ。


「追えっ!」


 パンツ丸出しのシスターの命令に数人が反応する。


「その前にパンツを隠してやれよ」


 おれはスカートを明後日の方向に投げた。

 一瞬ためらいながらも、仲間意識の強い彼女たちはそっちを優先する。これも計算通り。というより、彼女たちからすれば、男のおれに辱められたままというのは許容できないはずだ。

 たとえこの場は逃がしたのだとしても、仲間の名誉を守ることのほうが大事だろう。


「この屈辱は忘れません」


 言ったのはおれにスカートをはぎ取られたシスターだったが、全員が同じ表情を浮かべていた。


(なら、二度と会わないようにしよう!)


 おれは心の中でそう誓い、その場を逃走した。


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