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勇者は決断を迫られる

「まずは食事を楽しみましょう。では、始めてください」


 一礼し、メイドたちが部屋のドアを開けた。

 廊下にはすでにコックが控えており、ワゴンを押しながら入室してくる。


「ホンツラカンタラのスッペケペーです」


 全然違うことを言われたのは理解しているが、おれにはそう聞こえた。いまもコックが料理の説明をしてくれているのだが、それが食材のことなのか調理法のことなのかがわからない。聞いたことのない単語が多すぎる。

 ダメだ。ここは無になろう。無になって、料理と向き合うのだ。

 説明を終え、コックが下がった。皆が食べ始めたので、おれもそれに倣う。箸はないので、ナイフとフォークだ。

 見た目は白身魚のマリネ……だろうか。

 白身魚をカットし、口に運んだ。


「美味しい」


 おれの感想に、コックたちは胸をなでおろした。

 そんなに不安がらなくてもいいんじゃないかと思うが、そうもいかないのだろう。彼らからしたら怪人マントは上客であり、おれはその連れだ。機嫌を損ねれば、貴重な上客を失うことになりかねないからな。

 その後、全七品のコース料理を堪能した。

 料理名とその説明はちんぷんかんぷんだったが、なんの問題もない。質、量ともに完璧だ。食事中の会話も世間話程度で気構える必要もなかった。

 いまは食後のお茶を楽しんでいる。薄緑の緑茶っぽいのだが、色味に反して苦みが強い。最初こそ飲みにくさを感じるかもしれないが、後からくる甘みがなんともいえない。香りも強く後味も良い。人生で最高のお茶を飲んだな。

 メイドの給仕も素晴らしく、欲しいと思ったときにサービスを提供してくれる。視線は合わないが、おれのことをよく見てくれているのだろう。

 怪人マントがここを選んだのがよくわかる。おれもデートや接待の際には、ぜひ利用したい。

 実に満足だ。けど、油断は大敵だ。相手は手練手管の猛者であることが証明されたからな。


「お名前を伺ってもよろしいですか?」


 早速きた。どうしよう。なんて言おうかな。

 この世界ではセイセイと名乗ってしまったが、おれの本名は清宮成生だ。

 先の立ち振る舞いを考えれば、名前は統一すべきだろう。だが、この手厚い待遇をしてくれている怪人マントたちに偽名で接していいものだろうか?


「ご所望の書面を用意しようと思いましたが、肝心のお名前を伺っていないことに気づきました」


 怪人マントが紙を持ち上げた。

 我ら救国魔団は…………に対し、殺人、誘拐、テロ行為の実行を求めません。代表代理ツベル・クリン。

 そう記されていた。

 うん。統一しよう。


「セイセイです」


 おれは偽名を告げた。というより、この世界ではセイセイになろう。サラフィネのところに帰るまで、清宮成生という名前とはサヨナラだ。


「わかりました。セイセイ様ですね」


 空いている部分におれの偽名が記され、書面を渡された。


「ありがとうございます。大切に保管させていただきます」


 両手で受け取り、四つ折りにして懐に仕舞った。


「では、仕事の話をさせていただいてもよろしいですか?」

「どうぞ」

「単刀直入に言いますが、セイセイ様には聖法母団を壊滅していただきたいのです」

「殺人、誘拐、テロ行為はいたしません!」

「存じております」


 怪人マントが薄笑いを浮かべた……ような気がした。


「なら、壊滅というのは無理じゃないかな?」

「確かに、一番手っ取り早い方法は惨殺でしょう。ですが、あなたほどの人物であるなら、先の三つの方法を取らずとも可能なのではありませんか」


 結果は重視するが、過程は問わない。ということだな。

 組織の下のほうの者を焚き付けてクーデターを起こさせたり、他の価値観を植え付けて離反させたり……等々。それなりに方法はあるだろう。


「評価してもらっているのはありがたいけど、その評価には齟齬(そご)がある」


 前記したことは可能だ。けど、それを行うには時間、実績、信頼が必要だ。


「どのような齟齬があるのでしょう?」

「組織にいる全員に向上心があるわけじゃない。下支えなんだとしても、それに喜びを感じている者もいる。もちろん不満を持っている者もいるだろうが、それが本当に不当に扱われているのか、正当な評価をされた結果の措置なのかはわからない。それを知るには、聖法母団を時間をかけて観察する必要がある。でないと、殺人、誘拐、テロ行為を行わずに、組織の瓦解は不可能だ」

「時間ならおありでしょう? 魔法を覚えなくてはならないのですから」


 ご存じらしい。


「なら、おれが厚遇されていないのも知ってるよな?」

「あそこは女尊男卑の傾向が強いですからね。ですが、あなたが隠している能力に気づけば、その考えは簡単に覆ります。つまり、あなたが積極に動けば、現状に変化を与えることは難しくありません」

「能力を隠しているつもりはないよ。それと、おれのことを知っているようだから言うが、洗濯や逃走において素晴らしいものを発揮したろ」

「ええ。聖法着が輝いていましたね」


 怪人マントが肩を揺らす。

 ここで逃亡のほうでなく洗濯を褒めるということは、聖法母団に間者がいる可能性が高い。と、思わせる作戦かもしれない。


「はぁ~っ」


 ため息が漏れてしまった。


「ダメだな。腹の探り合いは得意じゃないから、本音を言わせてもらうよ」


 おれは覚悟を決めた。


「家事能力については多少の自負がる。まずはその能力で雇ってみないか?」

「貴様っ! 黙って聞いていれば調子に乗りおって! 殺すぞ!」


 一緒の席についていた一人が、怒声を上げた。声からして、こいつは男だな。中にはナイフを握っている輩もいる。


「仕舞え! でなければ、お前らを殺す!」


 怪人マントのドスの利いた声に、場が凍った。

 発言も恐ろしいが、おれに殺気を見せていた全員が即座にそれを消した。それはつまり、従わなければ実行されると、骨身に沁みて理解している、ということだ。

 う~ん。家事手伝いでの就職は考え直した方がいいかもしれないな。


「愚か者たちが失礼しましたこと、お詫びします。ですが、当方としましては聖法母団の壊滅以外で、セイセイ様のお力は必要ありません」


 就職は失敗だ。まあ、願ったり叶ったりだけど。


「もし助力が叶わないのであれば、これ以上部下を止めるのは無理かもしれません」


 脅しだ。

 そして、我が意を得たりとばかりに、(いき)り立った連中がおれに戦意を向けてくる。

 これ以上のらりくらりと躱すのは無理だ。腹を決めなければいけないな。

 聖法母団に与するか、弓引くか。


「じゃあ……っと!?」


 決断を話そうとした瞬間、建物が揺れた。続いて、外から悲鳴が上がった。


「なんだ!?」


 窓の外に目を向けると、遠くのほうで土煙が立ち上っていた。なにかが崩れたのは間違いないな。


「お前ら! 至急確認に向かえ」

「はっ!」


 マントマンたちが次々部屋を出ていく。中には窓から飛び出していく強者までいた。


「話の途中で申し訳ありませんが、緊急事態が発生しました。お答えは、後日改めて伺います。では、失礼でします」


 怪人マントも窓から出て行った。

 残されたのはおれだけだ。いや、メイドたちもいるな。


「ここの支払いって……済んでます?」


 恐る恐る訊くおれに、メイドたちが張り付けたような薄い笑みを浮かべた。

 心臓が縮みあがるほど怖かった。


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