勇者はマリアナに置いて行かれる
「神の御使いよ。我々はここでお暇させてもらいます。後のことはマリアナに一任しておりますので、彼女に何なりとお申し付けください」
アキネたちはそう言って部屋を出て行った。電光石火の早業だ。残されたおれとマリアナの間には、微妙な空気が流れている。
「あ~」
「付いて来てください」
なにか言おうと思ったが、マリアナはそれを聞くことなく立ち上がり、出口に向かった。
「はあぁぁ」
これからこんなギスギスした雰囲気なのか。そう思ったら、ため息が漏れた。
まあ、牢屋暮らしよりは幾分マシか。そう思考を切り替え、その背を追おうとした。
「オッモ!」
忘れていた。足の輪っかが重たいんだった。
「何をしているのですか?」
睨むマリアナに、おれは足輪を指さした。
「ああ、そうでしたね。忘れていました。アンパ」
それが呪文なのだろう。アンパと唱えた瞬間、足輪が軽くなった。最早なにもつけていないのと同じだ。
「では、行きましょう」
「は~い」
文字通り足取り軽く、おれはマリアナの後に続いた。
教会内を歩く。
女性比率が高いな。というより、すれ違う人全員が女性だ。小間使いにすら、男性の姿はない。
「ここって男子禁制?」
「いいえ、そんなことはありません」
「じゃあ、男とすれ違わないのは偶然?」
「そうですね。偶然です」
はっきりと言い切られた。ということは、男もいるわけだ。
なら、考えよう。
おれがこの世界で出会ったのは女性のみ。それだけを切り取ればおかしな話だが、教会と謁見の間だけにしか行ったことがないのだから、出会った人数も十かそこらしかいない。
まあ、さほどおかしな話ではなく、十分に考えられる話だ。
ただそれは、世界が狭かったからそう思うのだ。
マリアナについて教会の外に出れば、そこかしこに人がいた。容姿も服装もバラバラ。共通点などない。
ただ一つ。女性であることを除けば……。
さすがのおれも、これが異常であることは理解できる。
でも、それだけだ。
レンガ造りの家が建ち並び、街ゆく人の多くは笑顔を浮かべている。そこに男の姿がないだけで、異常事態だと決めつけるにことはできない。
「神の御使いよ、これよりお名前であるセイセイ様と呼ばせていただいてもよろしいですか?」
「別に構わないけど、急にどうした」
「今はまだ神の御使いが降り立ったことは、内密にしておきたいのです」
無用な混乱を避けたいということだろう。
「なんなら様もいらないし、ニセイと呼んでもらってもかまわないよ」
「ありがとうございます。私も立場がある身ですので、公衆での言葉遣いは難しいのです。セイセイ様にそう言っていただけるなら、敬称は省かせていただきます」
「あいよ」
「では、参りましょう」
マリアナが教会の階段を下り市中に足を踏み入れた。
「きゃあああ。マリアナ様よ」
「見目麗しいわ」
などの賛辞の声が広がり、街行く人たちから黄色い歓声が響き渡った。中には目がハート型に変化している子までいる。
宝塚にも階段下りという演出があったなぁ。
おれはそんなことを思いながら、マリアナの後に続いた。ただ、邪魔にならないように間隔は十分に開けた。
「マリアナ様、これをどうぞ」
「あたしのもお受け取りください」
「あたしも」
「わたしも」
人気がエグいな。マリアナが動けば人波が動く。一流芸能人みたいだ。ただ、マリアナのそれは芸能人のそれを上回っている気がする。
というのも、全方向人垣に囲まれているにもかかわらず、マリアナは歩くスピードを変えていない。警備員も誘導もないのに、だれ一人ぶつかることも倒れることもない。
いつドミノ倒しが起きても不思議ではないはずだが、それが起きる気配は皆無だ。
信じられない光景だが、受け入れるしかないな。
露店が並ぶ市場のようなところに差し掛かってからは、人垣の数は倍ぐらいに膨れ上がっているのだから。
そんな状態だから、おれからマリアナの姿は確認できない。
「ちょ、ちょ待てよ!」
言ってみた。
すると、最後尾にいた数人が振り向いた。
一瞬振り向いただけなのだが、なんだろう。ちょっとだけ嬉しい。
「ちょ、ちょ待てよ!」
二回目はダメらしい。完全に無視だ。だれも反応すらしてくれない。もっといえば、一瞥すらない。
「あの……ねえ……待って! お願い」
懇願も無視された。というより、声が届いていない。
(あれ!? おれっていないのかな?)
試しにおれは足を止めてみた。
人垣は前に進んでいく。おれとマリアナの距離は開いているわけだが、最後尾にできたスペースにはすぐに人が入り込み、人垣とおれの距離は離れない。
ダメだな。
地球にいたころからそうなのだが、おれはあまり人混みが好きじゃない。行く理由や価値があるなら文句はないが、必要もないのに混雑しているところに身を置きたくない。
それに、いまこの人垣に突っ込めば、図らずも民衆のあんなところやこんなところに触れる可能性が高い。
痴漢だなんだで糾弾されたくはない。
よし。退避だ。
回れ右をして、おれは通りを離れた。
それだけでマリアナの影響力の大きさを知った。
人がいない。というより、多くの者がマリアナの後に続いているのだろう。移動した通りは閑散としている。
ただ、全員が追従しているということもないらしい。露店商たちはきちんと店番をしている。
「あっち行きな!」
「ここはあんたが来る店じゃないよ! 欲しけりゃ裏通りに行きな!」
品物を見ただけでそんなことを言われる。どうやら、女尊男卑は王妃の特権じゃないらしい。
まあ、金のないおれは欲しくても買えないんだけど。
悲しいことだが……無一文でも動じなくなったな。神経が図太くなったとみるべきか、貧乏人が板についたとみるべきか。
どちらにしても、喜ばしいことじゃないな。
「おいガキッ! 金出せ!」
裏通りの入口でカツアゲが行われていた。
浮浪者のようなおっさんが可愛らしい格好をした姉妹を脅している。
これを目撃したことも、喜ばしいことじゃないな。
「魔法……覚えられるのかな?」
ぼやきながら、おれはカツアゲ現場に足を向けた。




