勇者は聖法着の価値を知る
牢屋に入れられ、一週間が経った。
「この役立たずの駄馬が!」
「お前みたいのに与えるのは、干し草で十分だ!」
「いや、干し草だってもったいない! 霞でも食んでろ!」
みたいなことを言われ、無下に扱われるものだと思っていたのだが、実際はそこまで酷くなかった。
牢は四畳半ぐらいの広さがあり、腕立てや腹筋などの簡単な運動はできる。シャワーはないが、トイレとベッドは完備されいた。
食事も三食は出ないが、朝と晩の二食は保証されている。味はお世辞にも美味いとは言えないが、不味くもないので問題ない。メニューも日替わりで飽きることもなかった。
衛生的には大きなタライに汲まれたぬるま湯と体を拭く布が一日一回支給され、その際に着替えも渡される。
日がな一日寝て暮らしても文句は言われないし、取り調べのようなものも行われていない。
囚人にも優しい聖法母団。ではない。
おれの扱われ方が特別なんだと思う。
「あの、神の御使い様、そろそろお召し物を洗われてはいかがでしょうか?」
そう思う理由がこれだ。
食事や着替えの給仕などで、一日数回はシスターが現れる。手の空いている者が行っているのか、毎回違う者が姿を見せていた。
が、全員がさっきの言葉を発するのだ。
「衛生的にも着替えは必要かと思います」
シスターたちはそう言うが、おれ自身着替えていないわけじゃない。そして、汚れた服を返還していないわけでもない。おれがしていないのは……元々着ていた服を預けないこと。それだけだ。
なぜそうしているのか。それは、渡したら最後。二度とおれのもとには返ってこないと思うから。
牢に入れられて初日の明け方だったが、看守と給仕のシスターのコソコソ話が耳に届いたときがあった。その話の中では、どうもおれが召喚されたときに寝ていたベッドが大人気で、常時だれが使用するかで小競り合いが発生しているらしい。
そうなれば、当然触れることさえできない者も多く出る。雑用係なら見ることさえできないのかもしれない。
だが、おれの着ている聖法着なら話は別だ。洗うという口実で手に入れれば、どうとでもできる。仲間内で使い回すも良し。破砕して希望者に配るも良し。
「教会内の秩序を保つためにも、どうにかして聖法着を回収しろ!」
と、最後のほうは結構な音量で恐ろしいことを口にしていた。
大事なのは聖法着で、おれ自身は二の次。ただ、万が一の可能性として、おれが死んだら聖法着も消える可能性があるから、とりあえず生かしておけ。という話らしい。
ということは、渡したら最後。おれは放置される可能性が高い。だから、この服は死守しなければいけないのだ。そして、たまには袖を通さなければならない。
ただ、着れば汚れる。ということで、おれは今日も体を拭くために渡されたタライのぬるま湯を使い、聖法着を洗っていた。
「何をしているのですか?」
「洗濯」
牢屋の外から見下ろすマリアナに、おれはタライから持ち上げた聖法着を広げてみせた。
「なぜあなたがそんなことをしているのですか?」
「最低限自分のことは自分でしようと思ってね」
これは半分本音だ。認めたくはないが、前世でワーカーホリック気味だったことも加味され、寝ているだけというのは気持ち悪いのだ。健全な心と体のバランスが崩れてしまう。
……こんなはずではなかった。もっと悠々自適に暮らすはずだったのに。なぜ、こんな動いてないと死ぬマグロみたいな精神と肉体になってしまったのだ。
「聞いていますか!」
「おおっと、ごめんなさい。聞いてませんでした」
マリアナに怒鳴られ、おれは頭を下げた。
「素直ですね」
意外というような表情を浮かべられた。まあ、聞いていたフリをするのは簡単だ。これまでも何度かしてきた。
結果、毎度のように痛い目をみるのだ。知ったかぶりやわかったフリをしたところで、結局は再確認することになり、イヤミや小言を言われることになる。
いい年こいて、そんなのは御免だ。聞くは一時の恥。聞かざるは一生の恥だ。
うん。いい言葉だな。
「もう一度お願いします」
「宗主アキネからお話があるそうです」
「姿は見えないが?」
「宗主はこんなところに足を運びません」
なるほど。だから看守がカギを開けているのか。
「言っておきますが、逃亡はお勧めしません」
マリアナの後ろには武闘派らしきフル装備の従者がいる。仮にここを抜けたとしても、安全だという保障はない。それどころか、指名手配などの札付きになってしまう可能性が高いだろう。
それは嫌だ。おれは清い体でいたい。
「安心してちょうだい。そんな気はカケラもないよ」
「そうですか。では、外に出なさい」
「は~い」
牢屋を出た瞬間、手錠がかけられ、腰縄が結ばれ、足首に輪っかをはめられた。手錠と腰縄はわかるが、足首の輪っかは意味があるのだろうか?
「グラビ」
急に足が重くなった。なるほど。この輪っかはマジックアイテムなのか。たった一言、呪文を唱えられただけで、とんでもないことになった。
「歩けますか?」
試しに一歩踏み出した。重いが無理ではなかったので、おれはうなずいた。
「そうですか。宗主アキネの見立ても間違いではないかもしれませんね。では、付いてきてください」
歩き出すマリアナの背を追うが、彼女が三歩進む間におれが進めるのは一歩だけ。必然的に、二人の距離は広がる。
「急げ! この愚図が!」
従者に槍で小突かれた。
「これ以上は無理よ」
一歩進むだけで体力が激減している。
「あのぅ、もう少しゆっくり歩いてくれないかな?」
頼んでも、マリアナの歩く速度は変わらなかった。
「この駄馬が!」
「これだから男は駄目なんだ!」
「種馬としての価値しかないとは情けない!」
等々、あらゆる罵声を浴びせられながら、おれは宗主アキネのいる部屋まで歩いた。
勇者は耐えた




