勇者と聖法母団
ドサッと、おれは前屈みに倒れた。
左胸にあてた両手を眼前に運び……
「なんじゃこりゃ!」
いつか言ってみたいと思っていた言葉を解き放った。
…………周りからのリアクションはない。
けど、満足だ。
それにしても、痛くないというのはどういうことなのだろうか? 出血もない。
「嘘でしょ!?」
「信じられない……」
「神の御使いだわ」
等々、シスターたちも驚いている。
「静粛に」
場が困惑に包まれる中、下半身丸出しシスターことマリアナが戻ってきた。
その隣には、腰の曲がった老婆がいる。マリアナが老婆の三歩後ろに付き従っているのだから、老婆のほうが偉いのだろう。彼女の姿を見ただけで涙している者までいる。
「神の御使いよ。どうかご無礼をお許しください」
ひざを折り、老婆が深く頭を下げた。
それは異例のことなのだろう。場がざわめいている。
「申し訳ありませんでした」
マリアナは動揺を見せず、同じように謝罪した。
その後は俊敏だった。
『申し訳ありませんでした』
全シスターがマリアナ達の後方に移動し、同時に頭を下げた。
こうなってしまえば、嫌でも老婆の影響力の強さを認識する。話の窓口は彼女に絞られたな。
「顔をお上げください」
「神の御使いのご尊顔を直視するなど、不敬に当たります」
いや、最初おもいっきり目、合ったよね? なんて野暮なことは言わない。こういう場でこそ、大人の配慮が必要なのだ。
「不敬などとんでもありません。その有り余る配慮に感謝します。ですが、それだと話がしづらいので、どうか顔をお上げください」
神の御使いなどではないが、それっぽい話し方をしてみた。いや、神の御遣いなのだから、もっと偉そうにするべきなのか?
(あの程度の些事を咎めはせん。安心して面を上げよ)
こんな感じか? ……うん。なんかそんな気がする。
フルフルと老婆に首を横に振られた。
違うんだ。
まあ、老婆の否定はおれの発言を拒否したのであって、立ち振る舞いを否定したのではないだろうが。
とはいえ、こうしていても埒が明かない。
「じゃあ、こっちから話してもいいかな?」
フランクな言葉遣いにしてみた。これなら、少しは親近感も生まれるのではなかろうか。
「どうぞ。なんなりとおっしゃってください」
ダメらしい。心の距離は離れたままだ。
仕方ない。しばらくこのまま進めよう。
「なんで撃たれたの? どうして無事なの? おれは」
胸に手を当て何度も確認するが、まったく痛くない。けど、心臓に銃弾を受けたのは間違いないのだ。
「すべては私の監督不行き届きです。どうか怒りをお鎮めください」
「いや、べつに怒ってないよ。それより、質問に答えてくれないかな」
「ありがとうございます。神の御使いの広い心に感謝します」
老婆は地面に頭を擦りつけるように、何度も何度も頭を下げている。
話が通じない。というより、会話をする気が見受けられない。
ここまでくるとあれだな。
「あのさ、慇懃無礼って言葉を知ってる?」
「勉強になります」
よくわかった。そっちがその気なら、こちらにも考えがある。
壁に衝突しひっくり返ったベッドを元に戻し、おれは横になった。
こうなればふて寝だ。会話などしてやるものか。
仰向けになり、目を閉じた。
…………見えない。けど、間違いない。老婆を含めた全シスターが、おれをガン見している。
無言の圧力が凄い。凄すぎてダメだ。まったく寝られない。
(よし。一、二の三!)
目を開き、ガッとシスターたちの方へ視線を向けた。
一瞬目が合ったが、全員が顔を伏せた。
(だるまさんが転んだなら、圧勝だな)
おれは毛布を頭からかぶった。
当然、シスターたちに背を向けることも忘れない。気持ちとは正反対の敗者の行動にも思えるが、気にしたら負けだ。
いまはひとときの休息に身をゆだねよう。
「起きてください! 神の御使い!」
瞬時に布団を引っ剥がされた。
「いや、寝てねえよ! てか、寝れねえよ!」
そのあまりの早業に、思わずツッコんでしまった。
「それはなによりです。さあ、体を起こしてください」
おれの側にいるのは老婆だけ。ということは、彼女が布団を剥いだのだな。…………彼女が土下座していた場所からベッドまでは数歩だが、一瞬で詰めたのだと思うと感心する。
元気な証拠だな。
問題は、なぜ寝てはいけないのかだ。
老婆はいまも絶えることなくおれの身体を揺すっている。それはもう必死で、絶対に寝かさないぞ! という断固たる決意がうかがえるほどだ。
やべっ、ちょっと気持ち悪くなってきた。
「わかった。起きるから、揺らさないで」
上体を起こしたおれを、老婆が真っすぐ見つめる。
「鑑定の結果が出ましたので、お伝えします」
いや、頼んだ覚えはない。とは言えない雰囲気だった。それほど、教会内の空気が張り詰めていた。
一瞬でここまで変わるのだから、よほど大事なことなのだろう。
おれは唾を飲み、黙って次の言葉を待った。
「神の御使いと断定することは出来ませんでしたが、お召しになっている衣は聖法着であると認定されました」
両手の指を組み、膝立ちになった老婆が言葉を続ける。
「これより我ら聖法母団は、心より神の御使いに服従いたします」
『服従いたします!』
全シスターが同じ姿勢を取り、その声に追従した。
これが、おれと聖法母団との出会いだった。




