表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/157

勇者と聖法母団

 ドサッと、おれは前屈みに倒れた。

 左胸にあてた両手を眼前に運び……


「なんじゃこりゃ!」


 いつか言ってみたいと思っていた言葉を解き放った。

 …………周りからのリアクションはない。

 けど、満足だ。

 それにしても、痛くないというのはどういうことなのだろうか? 出血もない。


「嘘でしょ!?」

「信じられない……」

「神の御使いだわ」


 等々、シスターたちも驚いている。


「静粛に」


 場が困惑に包まれる中、下半身丸出しシスターことマリアナが戻ってきた。

 その隣には、腰の曲がった老婆がいる。マリアナが老婆の三歩後ろに付き従っているのだから、老婆のほうが偉いのだろう。彼女の姿を見ただけで涙している者までいる。


「神の御使いよ。どうかご無礼をお許しください」


 ひざを折り、老婆が深く頭を下げた。

 それは異例のことなのだろう。場がざわめいている。


「申し訳ありませんでした」


 マリアナは動揺を見せず、同じように謝罪した。

 その後は俊敏だった。


『申し訳ありませんでした』


 全シスターがマリアナ達の後方に移動し、同時に頭を下げた。

 こうなってしまえば、嫌でも老婆の影響力の強さを認識する。話の窓口は彼女に絞られたな。


「顔をお上げください」

「神の御使いのご尊顔を直視するなど、不敬に当たります」


 いや、最初おもいっきり目、合ったよね? なんて野暮なことは言わない。こういう場でこそ、大人の配慮が必要なのだ。


「不敬などとんでもありません。その有り余る配慮に感謝します。ですが、それだと話がしづらいので、どうか顔をお上げください」


 神の御使いなどではないが、それっぽい話し方をしてみた。いや、神の御遣いなのだから、もっと偉そうにするべきなのか?


(あの程度の些事を咎めはせん。安心して面を上げよ)


 こんな感じか? ……うん。なんかそんな気がする。

 フルフルと老婆に首を横に振られた。

 違うんだ。

 まあ、老婆の否定はおれの発言を拒否したのであって、立ち振る舞いを否定したのではないだろうが。

 とはいえ、こうしていても埒が明かない。


「じゃあ、こっちから話してもいいかな?」


 フランクな言葉遣いにしてみた。これなら、少しは親近感も生まれるのではなかろうか。


「どうぞ。なんなりとおっしゃってください」


 ダメらしい。心の距離は離れたままだ。

 仕方ない。しばらくこのまま進めよう。


「なんで撃たれたの? どうして無事なの? おれは」


 胸に手を当て何度も確認するが、まったく痛くない。けど、心臓に銃弾を受けたのは間違いないのだ。


「すべては私の監督不行き届きです。どうか怒りをお鎮めください」

「いや、べつに怒ってないよ。それより、質問に答えてくれないかな」

「ありがとうございます。神の御使いの広い心に感謝します」


 老婆は地面に頭を擦りつけるように、何度も何度も頭を下げている。

 話が通じない。というより、会話をする気が見受けられない。

 ここまでくるとあれだな。


「あのさ、慇懃無礼(いんぎんぶれい)って言葉を知ってる?」

「勉強になります」


 よくわかった。そっちがその気なら、こちらにも考えがある。

 壁に衝突しひっくり返ったベッドを元に戻し、おれは横になった。

 こうなればふて寝だ。会話などしてやるものか。

 仰向けになり、目を閉じた。

 …………見えない。けど、間違いない。老婆を含めた全シスターが、おれをガン見している。

 無言の圧力が凄い。凄すぎてダメだ。まったく寝られない。


(よし。一、二の三!)


 目を開き、ガッとシスターたちの方へ視線を向けた。

 一瞬目が合ったが、全員が顔を伏せた。


(だるまさんが転んだなら、圧勝だな)


 おれは毛布を頭からかぶった。

 当然、シスターたちに背を向けることも忘れない。気持ちとは正反対の敗者の行動にも思えるが、気にしたら負けだ。

 いまはひとときの休息に身をゆだねよう。


「起きてください! 神の御使い!」


 瞬時に布団を引っ剥がされた。


「いや、寝てねえよ! てか、寝れねえよ!」


 そのあまりの早業に、思わずツッコんでしまった。


「それはなによりです。さあ、体を起こしてください」


 おれの側にいるのは老婆だけ。ということは、彼女が布団を剥いだのだな。…………彼女が土下座していた場所からベッドまでは数歩だが、一瞬で詰めたのだと思うと感心する。

 元気な証拠だな。

 問題は、なぜ寝てはいけないのかだ。

 老婆はいまも絶えることなくおれの身体を揺すっている。それはもう必死で、絶対に寝かさないぞ! という断固たる決意がうかがえるほどだ。

 やべっ、ちょっと気持ち悪くなってきた。


「わかった。起きるから、揺らさないで」


 上体を起こしたおれを、老婆が真っすぐ見つめる。


「鑑定の結果が出ましたので、お伝えします」


 いや、頼んだ覚えはない。とは言えない雰囲気だった。それほど、教会内の空気が張り詰めていた。

 一瞬でここまで変わるのだから、よほど大事なことなのだろう。

 おれは唾を飲み、黙って次の言葉を待った。


「神の御使いと断定することは出来ませんでしたが、お召しになっている衣は聖法着であると認定されました」


 両手の指を組み、膝立ちになった老婆が言葉を続ける。


「これより我ら聖法母団(せいほうぼだん)は、心より神の御使いに服従いたします」

『服従いたします!』


 全シスターが同じ姿勢を取り、その声に追従した。

 これが、おれと聖法母団との出会いだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ