勇者は鞭で叩かれる
「はあぁ~」
大きな湯船に浸かり、おれは手足を伸ばした。温度は少し熱めだが、それが好きなおれとしてはちょうどいい。
「極楽だぁ~」
筋肉が弛緩し、疲れも抜けていくような気がする。
この状態で冷酒でもチビチビやれれば最高なのだが、残念ながら用意する伝手がない。
諦めよう。それに、五人~十人は楽に入浴できる大きさの湯船に浸かり酔うのも危険だ。
酔った末の溺死など、洒落にならない。いまはこの空間を独り占めできる幸運に酔いしれよう。
心の泥酔ならなんの問題もない。
「最&高だね」
奥には打たせ湯もあるようだ。よし、後で行こう。
「ふぃぃ~」
吐く息すら脱力している。
洗い場も広いし、シャンプー、コンディショナー、石鹸など、各種用意されている。
その豪華さは、スーパー銭湯や立派な湯宿の大浴場にも引けを取らない。
「バババンババンバンバン」
陽気な歌を口ずさみながら、おれは風呂を堪能した。
「ふうぅぅぅぅ。いいお湯だった」
タオルを首にかけ、脱衣所に用意されていたオシャレな貫頭衣に身を包み、おれは浴室を後にした。
本当ならその横にある寝室で仮眠したいところだが、まずはサラフィネのところに戻ろう。感謝を言葉にしようというのが建前で、本音は湯上りで一杯やりたいから軽い食事と一緒に用意してもらおうと考えたのだ。
「お~い。サラフィネ~」
通路を抜け、声をかけた。
「遅い!」
「イデェ!」
叱責と共に飛んできた鞭を受け、おれは飛び上がった。
「この駄馬が!」
罵倒しながら、サラフィネが再度鞭を振るう。競馬の騎手が使う短鞭が、ピシャン! とおれの太ももを叩いた。
「ああああ!!!」
あまりの痛さに体から力が抜ける。
ダメだ。立っていられない。おれは両手と両ひざを地面に着いた。
「土下座ですか。そうですか。一応謝罪の気持ちはあるようですね。……けど、わたしは許しません!」
三度目の殴打。
「ぎゃあああああ!!!!」
土下座なんかしてねえよ。謝ってもいねえよ。もっと言えば、お前の許しを乞うてはいない。等々、言いたいことは山ほどあるが、ダメだ。
おれの口からは悲鳴しかあがらないし、こんなことをされる意味がわからない。
わかるのはただ一つ。これに耐えうるサラブレッドたちは半端ない。ということだけだ。
「勇者ともあろう者が情けない! 恥を知りなさい!」
ピシャン! ピシャン! と鞭で打たれるたび、おれの身体がビクッと反射する。
マジで勘弁してほしい。
「ちょっと待て! なにがそんなに不服なんだ」
「それを理解していないことが不服です」
「倦怠期のカップルみたいなことを言うな! ああああああ! やめて! ぶたないで」
強気に出てみたものの、痛みには勝てない。鞭を振り上げられただけで、白旗を上げてしまう自分がいる。
「では、チャンスをあげましょう」
「女神様」
理不尽極まりないが、サラフィネが鞭を下げただけで物凄い慈悲を賜ったような気がしてしまった。
御免被りたいが、こうして人は洗脳されていくのかもしれないな。
「あなたの犯した罪を懺悔しなさい」
「えっ!? 罪?」
ピシャン! と鞭が振るわれた。
「イデェエエ。お前、これ虐待だぞ!」
ビュン! ビュン! と鞭をしならせるサラフィネ。扱いに慣れてきたのか、その鋭さが増している。
ダメだ。これを受けたら確実に心が粉砕される。
「女神様。罪を理解できない私に、自らが犯した過ちをお教えください」
意地やプライドは大事だ。
しかし、それに固執してはいけない。歩み寄れるところは歩み寄ろう。
「お願いします」
おれは平伏した。
「よろしい。では、講義を始めます。セットチェンジ!」
サラフィネが鞭を振り上げると、部屋が変わった。
おれは顔を上げ、キョロキョロとあたりを見回した。
出入口は前後に2つ。床は板張りで、前と後ろの壁には大小異なるサイズの黒板が掛けられている。
「教室だな」
「雰囲気も大事ですからね」
なるほど。学び舎というぐらいだからな。納得だ。
納得がいかないのは、サラフィネの格好だ。いつ着替えたのかは謎だが、サラフィネはタイトミニのスーツを着ている。黒ぶちメガネのおまけ付きだ。
こんな教師は漫画かスケベDVDでしか見たことはない。こいつはいったい、なにから知識を得たのだろうか。
「下劣な視線を向けるな!」
「アホか! これは怪訝と言うんだよ!」
間一髪。サラフィネが振り下ろした鞭を横に転がって避けた。
羞恥があるのだろう。あれほど鋭かった鞭がその冴えを失っている。
「うるさい! 早く席に付きなさい」
鞭で指し示す場所には、椅子と机のワンセットが置かれている。
後の事を考えれば、ここは従ったほうが無難だろう。おれは席に着いた。
「今日の講義内容は……これです」
教壇に立ったサラフィネが、鞭で黒板を叩いた。
すると……
しくじり勇者。こうしておれは間違えた! と浮かび上がった。




