勇者は異世界の疑問を説明される
「おかえりなさい」
サラフィネに笑顔で迎えられはしたが、気分は優れない。
「おかえりなさい!」
「いや、聞こえてないわけじゃねえよ」
「なら、挨拶くらいしてもいいんじゃないですか?」
その通りだな。どんなときも礼節は大事に。社会人の基本だ。
「ただいま」
「はい。おかえりなさい」
帰還を喜んでもらっているのは理解できるが、これでいいのだろうか。
「なあ、サラフィネよ。おれはまだ、なにも達成していないはずだが、このタイミングで戻っていいのか?」
「勇者よ。わたしにはあなたのおっしゃっていることが理解できません」
サラフィネが首を傾げ眉間にしわを寄せた。
「いや、だから、おれは大魔王を倒してもいないし、三号も発見してない。それはマズイだろ!? って話だよ」
「それこそが理解しかねます。あなたはどちらも達成したではないですか」
「ええっ!? いつよ」
「ついさっきです」
ということは……
「あの竜が大魔王だったのか?」
「正解です」
お見事。というように、サラフィネが拍手した。眉間のしわも綺麗に消えた。
その可能性はあると思っていた。だから、それほどの驚きはない。むしろ、あれ以上強い敵がいないことに安堵した。
「けど、おれは三号に会った覚えはないぞ」
「あれほどはっきりと会話を交わしておきながら、あなたはなにを言っているのですか?」
サラフィネの眉間のしわが復活した。今度はさきほどより深い。
おれが異世界で会話を交わしたのは数人だ。
なるほど。そうか。あいつがそうだったのか。
「ベイルが三号だったのか……」
「違います!」
間髪入れず、サラフィネに否定された。眉間のしわもより深くなり、目も吊り上がっている。怒っているようなので、おれは慌てて口を開いた。
「わかってる。わかってるよ。いまのは冗談。三号は甲冑騎士でしょ」
「あなたの冗談は面白くないうえに不快です」
面白くないのは認めるが、真っ向から言われると腹が立つな。
「大体あなたは馬鹿なのですか? 現地人とコミュニケーションを取りたいと言うから、あの世界に送ったに……」
こめかみを押さえ、サラフィネが頭を振った。
「ろくに村人と会話をすることもなければ、明らかに好意を寄せられている娘とのフィジカルコンタクトはおろか、普通の交流すら避ける。あげくサヨナラすら言わせない……もはや鬼畜の所業です! 同じ女性として心底辟易しますね」
文字通り、吐き捨てられた。
「待て! 会話をしなかったのはおれの落ち度だが、フィジカルコンタクトは必要ないだろ」
はああぁぁぁぁぁぁ。と、盛大なため息を吐かれた。
「必要でした。というより、あなたがあの娘とのフィジカルコンタクトを行えば、物語の進行は格段に速かったのです」
断言された。ということは、理由があるのだろう。
おれは口をつぐみ、サラフィネの言葉を待った。
「あの世界において、太古から竜は邪神でした。勇者が耳にした、六本のご神木は太古の時代に竜神様がその身を変えた。といった村人の話は、すべて真実ではありません」
「マジか」
「ええ。ではなぜそもそもそんな伝承が生まれたのか。それは、竜神様の神通力は凄まじく、一か所に留まることは生命のバランスを崩してしまう。といった眉唾ものの話をでっちあげた者がいたからです」
それはなんとなくわかる気がする。
人は説明できないものを恐れるのだ。心霊現象などがその筆頭だろう。理解できないことが起きるから恐怖を抱くのだ。けど、それはわからないから恐ろしいのであって、理屈や根拠が舞い核になれば納得できてしまう。そうすると、人は過剰に恐れることはしなくなる。
それと同じことが異世界でも起きたのだ。
「そこに、ご神木には人々を護る結界があるから、大事にしなさい。けど、折れても大丈夫。折れたら勇者が尻拭いをします。などというふざけたお告げを残す馬鹿者がいました」
後乗りや二匹目のどじょうを狙う輩はどこにでもいるということだな。
「善良な市民はペテン師の言葉を鵜呑みにし、竜とご神木は守り神であり、それを脅かすモンスターは敵。そんな図式が生まれてしまったのです」
「間違っているのか?」
「ええ。先ほどから何度も言っていますが、竜は邪神です。あれがあの地に縛られたのは、自業自得です。好き勝手に暴れ回る姿を見咎められ、上級神に封印されたのですからね」
なんとも言えない話だ。ただ……
「どの社会においても、こういうはみ出し者みたいなやつはいるものなのだな」
目を瞑ると、思い出したくもないかつての同僚が浮かんだ。なぜ嫌な思い出しかないやつのことをこんなにはっきり覚えているのだろうか。
まあ、忘れたくても忘れられないほど、迷惑をかけられたからな。道ですれ違うことがあったら、さりげなく殴ってやろうと心に誓ったこともあった。
「そうですね。どこの世界においても、馬鹿は一定数いるものです」
サラフィネの言葉にも実感が込められていた。意外と苦労してきているのかもしれないな。
「ただ、そういった連中の傾向として、一筋縄ではいかないということがあります。あの邪神もそうでした。あいつは上級神に封じられる直前、六つの呪いの樹を出現させたのです」
「ご神木か」
「そうですね。後にご神木と崇められるあの樹です」
「だけど、なんであれが呪いの樹なんだ?」
モンスターを呼び寄せることはあったが、村人たちで対処できていたはずだ。それが出来なくなったのは、おれやベイルが樹を伐り倒した結果、モンスターがパワーアップしたからだ。
「あの樹の本来の役割は、人と魔物の持つ生命エネルギーを邪神に届けることでした。そのためにあの森に住まう者を魔物に変え、人間と殺し合いをさせていたのですからね」
なるほど。そう言われれば五の村の住人が魔物に変わるところを見ているし、ロナウドが大柄なおっさんになったのも目撃した。
「そのために、呪いの樹は両者と一定の距離を取る必要があったのです。自らを中心に村が出来ることをご神木が嫌がる。という話がありましたよね」
それは六の村の村長から聞いた。
「あれにも理由があります。呪いの樹は人を魔物に変えるのです。それを知られたら、森から人はいなくなるでしょう。邪神はそれを恐れたのです。理由はわかりませんが、呪いの樹は人と魔物の生命エネルギー以外は吸収できませんでしたから」
「土や樹ではダメなのか」
サラフィネがうなずいた。
なら、理には適っているな。付かず離れずいることで、呪いの樹は人間を魔物に変えやすいし、人間は守ってくれていると勘違いするわけだ。万が一切り倒されたとしても、復活の術があったしな。
「いま話したことは、多くの村人たちと話すことで知り得た。もしくは、推測できたことです」
その通りだと思う。よくよく思えば、おれもずっと違和感を覚えていたのだから。
本当に数多くの会話をこなしていれば、あんなに動き回らなくてもよかったのかもしれない。
そう思ったら、どっと疲れてしまった。
「ダメだ。立ってられない」
おれは床にへたり込んだ。
「無理もありませんね。では、一度休憩しましょう。残りの話はそれからでも遅くありませんからね」
「助かります」
「礼には及びません。奥に湯浴みする場所と寝室がりますので、しばしくつろいできてください」
サラフィネが指をパチンと鳴らすと、真っ白な空間に穴が開き、道が生まれた。
「お言葉に甘えます」
迷わず、おれはそこに向かった。




