勇者、絶体絶命
「イデッ」
着地をミスするほど、衝撃的だった。
その原因である右手の剣を見た。柄は無事だが、刃の部分はダメだ。綺麗に折れている。残った刀身は二〇センチ~三〇センチあるかないかだ。この短さでは、武器としては使えない。
「やっちまったが、仕方ねえ」
おれは剣を鞘に仕舞い、二、三度軽くジャンプした。その際、刀身が抜けることはなかった。
一安心だな。いくら壊れたからといって、その辺に放置はできない。それに、この剣があったからここまでこれたといっても過言じゃない。恩に報いるためにも、持ち帰りサラフィネに直してもらおう。
けど、困った。
竜を相手にする武器がない。死んだモンスターたちが使っていた武器はそこらに落ちているのだが、素人目にもそれが粗悪品だとわかる。ほぼ一〇〇パーセントで刃こぼれしているし、中には刀身が錆びている物まである。
あれを使ったところで、致命傷は与えられないだろう。
「いや、決めつけてはいけないな」
頭をもたげる弱気な思考を追い出すように、おれは頭を振った。
「何事もチャレンジあるのみだ」
気持ちを高めるため、あえて言葉にした。
「ダメでもともと。幸い数だけはある」
言いながら、手に馴染む物を探す。
「よし! やるか!」
フィットはしていない。けど、無駄に時間も使えない。
空にいるモンスターの数は、刻々と減っているのだ。
視界の外から仕掛けた方が、攻撃は当てやすい。
「それっ」
竜の背後に回り、おれはジャンプした。
「よっ」
鳥の背中を蹴り、もう一段上空へ進む。
おれがいるのは、竜の頭の上だ。落下加速をプラスし、武器の性能を補う。
「でりゃあああああ!」
柄を両手で持ち、頭上から振り下ろした。
剣は竜の鼻っ柱を捉えたが、パキッ。と、なんとも貧相な音を立て砕けた。粉々だ。なにをどうすればこうなるのか、おれには皆目見当がつかない。
「グゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
わかっているのは、ノーダメージの竜がおれを食べようとしていることだけ。大きく口を開け、丸呑みにしようとしている。
「一寸法師……」
鬼の体内に入り込み、中からやっつけるという有名なおとぎ話だ。
「ないな」
おれは即座に否定した。不確定要素が多すぎる。体中に入ったはいいものの、胃酸で溶かされました。では話にならない。
いまはまだ、そんなギャンブルに手を染める場面じゃない。
「仕方ない。仕切り直しだ」
竜の口に飲み込まれる前に、牙を蹴って逃げた。
「覚えてろ! ちくしょう」
捨てゼリフを残し、おれは地上に舞い戻る。
「おいっ!」
着地と同時に、肩を掴まれた。
振り返るとそこには、ベイルがいた。
「その腰にぶら下げている剣って伝説の品?」
「ああ。次代の勇者を生み出す魔法の剣だ」
「いや、ここでそんな下ネタは望んでねえよ」
「軽い現実逃避だ。あんなのを見せられたらな」
ベイルが竜を指さした。
「グゥアアアアアアアアアアアアア」
吠える。翼をはためかす。爪で薙ぐ。そのすべてで大気が震える。
その迫力に、竜の周辺を飛んでいたモンスター群が遠ざかった。
巨大なものを本能的に恐れるのは、生物の必然なのだろう。
その気持ちはわからないでもないが、それをしている場合じゃない。
「で、どうなのよ?」
「そこらで売っている物よりは上等だが、伝説と言うにはほど遠い」
「そうか」
「おれの見立てでは、お前の剣のほうがよっぽど伝説に近い」
「折れちゃった」
表現出来る精いっぱいの可愛らしい仕草で、剣を鞘から抜いてみせた。
「あれに折られたのか?」
「正解! だから、剣貸して」
「嫌じゃ、ボケ! お前に貸したら、折れる未来しか浮かばねえ」
心の狭いやつだ。しかも、ベイルはおれから隠すように剣を遠ざけた。
「頼むよ。あの竜を倒すには、強い武器が必要なんだよ」
「うるせえ! 嫌だ! ったら嫌だ!」
近づきながらそっと手を伸ばしたが、ベイルにその手を叩かれた。
「じゃあ、どうやってあいつを倒すんだよ」
「見てろ」
両足を肩幅に開き、ベイルが腰を落とした。
「はああああああああああああ」
細く長く息を吐き出す。その仕草は、体内にあるすべての息を吐きだそうとしているように見受けられた。
「ふうううううううううう」
次いで大きく息を吸う。
「はああああああああああ」
吐いて。
「ふうううううううううう」
吸う。
それを繰り返している。独特の呼吸法によって、ベイルの体内になにかが生まれている。
「契約せし火の精霊に命ず! 我が体内に宿りし魔力を炎に代えよ!」
ベイルが言うのと同時に、その体から熱波が生まれた。
「魔力集中!」
両の手首を合わせた状態で腕を伸ばすと、そこに小さな火が灯った。
「ふううううううううう」
ベイルが息を吸うと、火も周りの熱波を吸い込むように肥大化していく。見る間に小さな灯が、巨大な炎へと姿を変えた。
「くらえ! ファイヤーボール」
「ネーミングは普通だな!」
おれのツッコミを無視して、火球が撃ち出された。
そして、竜に直撃した。
「グゥアアアアアアアアアアアア」
炎に包まれた中から、苦しそうな声がした。
「よしっ。キイてるみたいだ。勇者ベイル、もう一発お見舞いしてやれ!」
「無……無理だ」
疲労困憊な様子で、肩で息をしている。心なしか顔色も青くなっている気がする。
「グゥアアアアアアアアアアアア」
炎に巻かれ姿は見えないが、声が聞こえるということは健在なのだろう。
「よっ」
地面に落ちていた剣を掴み、やり投げのように投げた。
炎の中に入りはしたが、そこから先がわからない。
やはり、追撃するにしろ、ダメージの有無を確認するにしろ、近づかなければならないようだ。
そうと決まれば、頼んでみよう。
「ロナウド。この鳥一羽貸して」
モンスターの背に跳び乗り、おれはそう声をかけた。
「ふざけるな。即刻そこから消えろ」
「ちょっとぐらい」
いいじゃないか。とは言えなかった。
「貴様から殺すぞ」
ロナウドの表情から本気がうかがえた。
武器がない状況で多面交戦は避けたいな。
「わかったよ」
降りようとしたとき、竜を包む炎の中から光が生まれた。
それはたぶん、竜が放つ光線だ。
「ヤベッ」
鳥を下に蹴り落とし、おれは上空に跳んだ。
予想通り、竜から放たれた光線が、おれたちがいた場所を通過した。
「助かった」
胸をなでおろすおれをあざ笑うように、炎の中から竜が姿を現した。
そして……いまだ光線が放たれたままの口を上にあげた。
おれに逃げ場はなかった。




